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帰りたい vs いらっしゃいませ

オーダーストップ1分前の、あの複雑な気持ち。

オーダーストップまで、あと1分。
厨房の中では、数分前から既に片付けモードに入っており、天ぷら鍋と釜の火こそ消してはないものの、ある種の賭けのような勢いでガンガン閉めていく。一分一秒でも早く帰りたい一心で。

『よし、暖簾を取り込もうかな』


その瞬間。


ガラッと引き戸が開く。

一瞬、時が止まる。


「いらっしゃいませ」と口は動く。そりゃプロですから。でも心の中では、小さな嵐が起きている。
ああ、ギリギリだ。
怒れない、というのが一番しんどい。お客さんは何も悪いことをしていない。オーダーストップの時間前に入ってきた、それだけだ。ルール上は完全に正当なお客さんだし、こちらが決めた時間を守ってくれてもいる。文句を言う筋合いなんて、どこにもない。
だから心のざわざわは、全部自分の中で飲み込むしかない。「早く来てくれたらよかったのに」とも言えない。ただ笑顔で、「何になさいますか」と聞くだけだ。これが見知らぬ他人ならまだしも、常連さんだったりするから余計に複雑だ。

しかし、私が逆の立場なら絶対にラストオーダーギリギリで入店はしない。相手の気持ちが痛い程分かるし、『早く食べて帰ってくれないかなー』感が店全体から滲み出てくるのが見えるから。ラストオーダーから閉店時間までの制限時間の中で食事を済ませなきゃいけないと思うと、美味しい物も美味しく感じないと思う。

蕎麦というのは、正直、時間がかかる。券売機でさっと注文を受けて、ぱぱっと出して終わり、というわけにはいかない。湯を沸かす時間、茹でる時間、締める時間。一杯のそばが出来上がるまでには、それなりの工程がある。しかもお湯の管理というのが地味にやっかいで、営業終盤になると状態が変わってくる。麺の仕上がりにも関わってくる話だから、手を抜くわけにもいかない。
ギリギリ入店のお客さんに、ギリギリの状態で出す、というのが一番避けたいことだ。と言う事は片付けはさらに後ろ倒しになる。

…本当はありがたい。

個人店の一杯というのは、チェーン店のそれとは少し意味が違う。薄利でやっている分、一杯一杯の積み重ねが、そのまま店の体力になる。閉店間際の一杯も、昼のピーク時の一杯も、売り上げとしての重さは同じだ。店を続けられているのは、こういうギリギリのお客さんも含めて、来てくれた全員のおかげだということ。
「もう少し早く来てくれたら」と思いながらも、帰り際に「ごちそうさま」と言ってもらえると、さっきまでのざわざわが、すっと落ち着く。現金なものだと自分でも思う。でもそれが、個人店を続けるということの、正直なところだと思う。

あのギリギリ入店の瞬間の、怒りとも感謝ともつかない、あの妙な気持ち。名前のつけようがないけど、確かにある感情。

オーダーストップまで、あと1分。

今日もどこかの店で、誰かが時計を見ながら、引き戸の音に耳をすませているはずだ。

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