26/8/11(火) トレーニングベンチを組み立てる
トレーニングベンチを組み立てた。それは今年の3月にAmazonの倉庫から発送されて、自室の入口に墓石のようなサイズの段ボールに包まれたままの姿で鎮座していた。いつか組み立てよう、いつか組み立てようとベッドに寝そべって眺めていたが、やる気がみなぎることはなく、いつの間にか真夏を迎えた。部屋の掃除どころか洗濯さえもままならない日々の中で、興味のない段ボールを開梱する時間なんてあるはずがない。部屋を退去するまでこのままかもな、と他人事のように思っていたが、昨日、信じ難いほどの退屈に襲われて、じゃあそれならと段ボール箱に貼られたセロハンをカッターナイフで切り裂いた。
トレーニングベンチの組み立ては想像していたよりも遥かに簡単で、ものの15分で完成した。座面の角度を調整してピストンを差し込むと上から乗ってもびくともしない。緩衝材やレンチを片付けると、部屋には再び静寂が戻った。当初の想定では1時間はかかると踏んでいた。作業用にテレビで流し始めたかが屋のコントはまだ中盤で、オチを迎えるには程遠い。手持無沙汰になった俺は、部屋の隅に置いていたダンベルを取ってきて、ダンベルローを10回行った。
何かを片付けることと、何かを継続することがとにかく苦手だ。すぐに片付ける必要がなければいつまでも部屋の床模様は形を変えず、命がかかっていない場合には何も続けることができない。記録をとるのも面倒で、流されるがままに生きている。それってまずいんじゃあないかなあ、と頭の片隅では分かっていても、休んで働いてを繰り返すうちに、取って付けたような危機感は遥か彼方へ消えていく。しかして昨日、トレーニングベンチを短時間で組み立てることができたように、思いのほか低いハードルが転がっているのかもしれない。逸る気持ちを抑えたままで、握りたいときにダンベルを握る。まずはそれで良いような気もするし、それ以外の生き方をできる自信もほとほとない。
背中を鍛えてベッドに寝そべり、かが屋のコントを巻き戻した。目を瞑ると瞼の奥には蛍光灯の光が霞んでいる。少しだけ広くなった部屋の入口に満足して大きく一つの息を吐くと、呼応するかのようにエアコンの冷風が顔を撫ぜた。

