三十三の一 ②
皐 月
「課長に聞いた? あの話。」
何のことやら。
「保護所の職員、たまに殺されるんだよね。」
聞いてねえし。何で今さら? 大事な話は入庁式で言いなさい。
「全国で数年に一人か二人。新聞載っても『事故扱い』だけど。十四歳未満じゃ殺人罪にならないし。」
「それってコドモに‥‥」
殺られるの? は声に出さない。出したくない。
「色々さ。入所児童が逆上したり、仲間が夜中に侵入したり。」
宿直初夜を思い出す。春の夜長の夜明け前、全職員の体臭が染み込む布団の中まで響く、改造単車のフルスロットル。
宿直室の窓の外、金のトサカの雄鶏が特攻服を靡かせて児相の狭い中庭で大爆音のパレードラップ、哀愁のヤンキーホーンで愛のテーマを吹き鳴らす後輩思いの先輩が溢れるヨダレと酸化窒素を撒き散らし、片手に角材メリケンサック腰にはチェーン背中に昇龍花吹雪、純トロの餡麺麭吸って脳内はピンクと緑の渦巻が倍速再生ウルトラQ、後輩返せ職員出て来いブッコロス、天上天下唯我独尊喧嘩上等県警打倒警告指導馬耳東風一触即発怪我一生労災殉職精神破綻神経衰弱給与薄弱宿直一泊伍阡圓也。職員の命は安いねぇ。
「施設送致の時も危険だよ。公用車にチャイルドロック施錠して、後部座席に職員二人のサンドイッチで連行する時、車内でコドモが暴れてハンドル握られて‥‥」
警察に護送車借りろよ。ついでに手錠も刺叉も。
「保護所から脱走したい思いが余って、隣で寝てる職員の寝首を締めてカギを奪って‥‥まぁ、他県の児相の話だけどね。」
どこの県でもコドモは一緒。そんな話は入庁式で言いなさい。
指導員のお仕事は、児童の指導と行動観察。
入所児童一人ひとりの状況と能力に合った学習・生活指導に加え、一人ひとりの日々の行動・発言・一挙一動を観察日誌に記録する。
最大定員17名の入所児童と朝から晩まで8時間、日中それの繰り返し。
でも一日は24時間。残りの時間はどうするか。
「そのための宿直当番よ。所長以外の全員が十日に一度対応するの。ふだんコドモと関わりのない庶務の課長や一般の事務員さんが宿直の夜は、コドモに慣れてる保護課がサポートしなくちゃね。」
俺もその「一般の事務員さん」の筈だけど。
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