そもそも、療育・発達支援とは?
おはようございます😊ふくまるです◎
前回の記事で、児童発達支援士の試験に合格したことを報告しました。
その中で改めて「療育って何だろう?」「発達支援ってどう違うんだろう?」と考える機会がありました。
今回は、厚生労働省の定義をもとに、私なりの言葉で“療育・発達支援”について書いてみようと思います。
---
厚生労働省の定義
厚生労働省の「児童発達支援ガイドライン」では、療育について以下のように定義されています:
障害のある子どもに対し、身体的・精神的機能の適正な発達を促し、日常生活及び社会生活を円滑に営めるようにするために行う、それぞれの障害の特性に応じた福祉的、心理的、教育的及び医療的な援助
つまり、療育は“障害のある子ども”を対象とした、包括的な支援のこと。
医療・教育・福祉など、さまざまな分野が関わる支援です。
---
発達支援との違い
療育が「障害のある子どもへの支援」だとすると、発達支援はもう少し広い概念です。
診断の有無に関わらず、発達に課題のある子どもへの支援も含まれます。
実際の現場では、診断がついていない子どもも多くいます。
でも、困りごとは確かにあって、支援が必要なことに変わりはない。
そう考えると、私がやってきたことは“発達支援”という言葉の方がしっくりくるのかもしれません。
---
私が現場で感じた“療育”とは
療育ってなんだろう?と悩んでいた頃、療育指導に来ていた先生に言われた言葉があります。
「療育はSSTよ」
その一言が、すごく腑に落ちました。
もちろん、場面の絵カードを使ったSST(ソーシャルスキルトレーニング)はよく知られていると思います。
でも、実際の現場では、もっと日常的で、もっと自然な形でSSTのチャンスが溢れていました。
たとえば——
• 「こういう場面でどう振る舞ったら良いか」
• 「こういう時はなんて言ったら良いか」
さらに具体的には
・前で人が話している時にはどうする?
・何をしたら良いか分からない時にはなんて言ったら良い? etc…
困り感のあるお子さんたちは、日常生活の中で上記のようなことが溢れています。
そんなことを、集団療育の中で、子どもたちと一緒に考え、伝えていく。
型にハマったSSTじゃなくても、“人と関わる場面”そのものが、療育のチャンスだったと思います。
そしてもうひとつ、私が感じていた療育の柱は「機能訓練」です。
作業療法士さんや言語聴覚士さんと一緒に仕事をする中で、体の使い方、手先・指先の使い方、口先の使い方など、
とても大雑把に言えば「不器用」なお子さんたちの困り感に向き合う時間がありました。
その困り感の“根っこ”にアプローチすること。
この子、手先が不器用だよねーって思うお子さん。
根っこは体幹?腕?眼?そんなことを観察して考察して、色々試す。
保護者や、幼保・小学校の先生たちに理解を促すこと。
便利な道具を使ってみること。
そうやって、その子が“生活しやすくなる”ことを目指す支援——それが、私にとっての療育でした。
---
まとめ
私がやってきたことは、療育という名前がついていたり、発達支援という言葉で呼ばれたりするけれど、
結局は「目の前の子どもが、少しでも生きやすくなるように」っていう想いで動いてきた。
その想いが、これからも私の支援の軸になると思っています。
余談ですが、児童発達支援士の勢いのままに、発達障害コミュニケーションサポーターにも合格しました🙆💯
