見出し画像

君の声がぬくもりがそれだけが消えないよう

妻と出会う前、半年くらい付き合った女の子がいた。
彼女は職場の後輩で、確か3歳下だったと思う。記憶が曖昧だけれど。
彼女は、とりたてて美人というわけではなかったけれど、キャミソール無しで白やピンクのワイシャツを着てくるものだから、いつもブラジャーが透けていた。俺や他の男の同僚たちは彼女のワイシャツ越しにブラジャーを見て「今日は黒か」だとか「今日は赤か」だとか「うわ、今日は紫じゃん。デートかな」だとか、休憩時間にしょっちゅう話題にしていた。もちろん、彼女にバレないように。我ながらセクハラまっしぐらだけれど、まぁ、もう15年くらい前のことなので許してほしい。

ある夜、横浜で会議を終え、エリアごとに飲み会をするとか何とかで、みんな連れ立って居酒屋に向かう時、俺が一団からそっと抜け出して駅に向かって歩いていると、彼女が後ろから追いかけてきた。
「飲み会、行かないんですか?」と彼女が訊ねた。
「行かない」と俺はきっぱり言った。「俺は酒がダメだし、どうせ仕事の話になるし、そんなの面白いわけない。俺は退勤した後は1秒も仕事のことなんて考えたくないんだよ。どっかで牛丼でも食って帰るつもり」。
すると、彼女は少し考えてから、「私も一緒に牛丼食べて良いですか?」と言った。
「良いけど・・・マジで牛丼食って帰るからな」
俺が言うと、彼女は頷いた。

我々は本当に2人で牛丼を食べて(吉野家が無くて松屋に入ったはず、確か)、彼女の行きつけのバーで飲み(俺はウーロン茶)、ホテルに行き、セックスした。牛丼を食って帰るはずだったのに。
バーで飲んでいる時、たまたまホラー映画の話になり、2人ともホラー映画が好きなことが発覚して話が弾んだ。バーを出て、近くのレンタル屋でホラー映画のDVDを1枚レンタルして(確かRECを借りた)、「近くでDVDが観れるのってここしかないよね」というような感じでホテルに入った。
一緒にシャワーを浴び、「スペシャリスト」のスタローンとシャロン・ストーンよろしくシャワーに打たれながらキスをした。風呂場から出て、タオルで身体を拭くのももどかしく、びしょ濡れのままベッドになだれ込んだ。

2回セックスして、「DVD観る?」と俺が言うと、「雰囲気ぶち壊しなんでやめときます」と彼女は笑った。
「また会えますか?」と彼女が訊いた。
「職場で会えるじゃん」と俺は答えた。
「そうじゃなくて」
彼女が俺の目を覗き込んだ。
俺は「会えるよ」と言った。
彼女は「私、先輩のこと、ずっと好きでした」と言った。
先輩のことずっと好きでした。男なら一度は言われてみたいセリフだ。でも、何だかバカみたいだなぁ、と思った。

そんな風にして我々は付き合い始めた。
一緒に群馬県まで旅行して東照宮を見たり、職場の倉庫で隠れてキスしたり、仕事の後に彼女の車で毎晩毎晩ひたすらドライブしたり、カーセックスして筋肉痛になったり、なかなか楽しい半年間だった。

別れようと言ってきたのは彼女の方だった。理由は長くなるから省略する。
俺が何を口にするべきか考えていると、彼女は「私は先輩よりも大切にできる人を見つけるようにします」と笑った。

彼女が結婚したのは、それから数年後のことだ。相手は別の部署の男性社員で、彼女の後輩だった。
結婚祝いの飲み会で、その男性社員はすっかり酔っ払ってしまい、「彼女とエッチすると、今までの男とのエッチはぜんぜん気持ち良くなかったけど俺とするとめちゃくちゃ気持ち良いって言ってくれるんですよ。かわいいっすよねぇ」と言い出した。
まわりの同僚たちは「下ネタでのろけてんじゃねーよ」なんて言いながら盛り上がっていたけれど、俺はその輪に加わらなかった。その彼女の言葉は、俺も何度も言われたことがあったからだ。
ま、そんなもんだよな、と思った。

なぜ、こんなことを書いたかと言うと、先日、布団に倒れ込んでSpotifyで邦楽のプレイリストを聴いていたら、GRAPEVINEの「指先」が流れてきたからだ。彼女と夜のドライブをしていた時、カーステでしょっちゅう流していた曲。彼女はユーロビートが好きだったのだけれど、「先輩の好きな曲を聴かせてください」と言われ、車内で「指先」を流した。
彼女は気に入って、職場で口ずさんだりしていた。それを聴いて俺が口もとを綻ばせると、彼女は悪戯っぽく俺に目配せした。
何もかもが遠い思い出だ。男はバカだから、この手のことはいつまでも忘れずに覚えている。
さっさと忘れればいいのにね。

指先を伝わって今さら感じていた
何度も忘れて思い出して卑しい程 繰り返そう
何も変わらなくたっていい
このままでいられる様
誰がそれを笑えるだろう
笑われてかまわない
きみの声が ぬくもりがそれだけが消えない様
ここで突っ立っていよう

いいなと思ったら応援しよう!