見出し画像

【姉のこと|エピソード28】病を盾にする姉と、私の静かな諦め


母との決別から、ようやく自分の
人生に静寂を取り戻しつつあった
頃のことです。

あの電話から2年間、
一度も連絡をよこさなかった
姉から、突然の電話が入りました。

受話器越しに聞こえてくる、
今にも消え入りそうな、弱々しい声。

またか‥
ああ、また始まった。

「私はこんなにかわいそうなの。
だから、あなたは私を助けなきゃいけないでしょ」

言葉にせずとも、その消え入りそうな声が、そう語っていました。

姉に乳がんが見つかった。
早期発見で部分切除も可能だったはずなのに、彼女はあえて「全摘」と
いう、より大きな欠落を伴う選択を
しました。

それから5年後。
姉の乳がんが再発しました。

医師からは抗がん剤治療を勧められたそうですが、姉はそれを拒みました。
理由は、「髪が抜けるのが嫌だから」。
その代わりに選んだのは、
体への負担がより大きく、副作用も重い別の薬物治療でした。

なぜそんな辛い道をあえて進むのか
それなのになぜ死にたくない
辛いと泣くのか‥
私には理解できませんでした。

そして、それらの大きな決断のたびに、私の元には
「手術の同意書の欄に名前を書いてほしい」という連絡が届きました。

母には言いたくない。
母はきっとまた私を見放すに
違いない。
精神病院に有無を言わさず
強制入院させられ、乳がんに
なって私にはこれ以上、母の口
から出る言葉を受け止める
余裕はない。
妹は頼りにならない。
私があなたにしたことは
謝って許されることじゃない事
はわかっている。
でも私は病気で苦しんでいる。
許してほしい。
そして、病気に免じて名前を書いてほしい。


姉は、私が「死」や「病」という
カードを出されれば、決して
拒めないことを熟知していました。
私は姉が言うところの「偽善者」
だから。

謝罪という形をとりながら、
私を逃げ場のない場所へ追い込み、
自分の都合のいいように
コントロールしようとする。
それは、昔から変わることのない、
彼女なりの「生存戦略」でした。

私は、何も言いませんでした。
「許してほしい」という言葉に
対しても、頷くことはありません
でした。

ただ、静かにペンを走らせる。
これさえ書けば、この場は丸く
収まる。

これさえ書けば、この人は満足して、私を支配したという錯覚の中で
生きていける。

「なんて、可哀想な人なんだろう」

名前を書く間、私の心には冷めた
哀れみしかありませんでした。

姉もまた、母という猛毒に侵され、
自分を「永遠の被害者」とする
ことでしか、自分自身を
保てなくなってしまった一人の
犠牲者です。

大人になっても、死の影が
ちらついていても、他者を搾取する
ことでしか生きられない。

そのあまりにさみしい生き方が、
ただただ、悲しかった。

名前を書き終えた瞬間、私の中の「姉」という存在は、その輪郭を
失いました。

家族としての情も、かつての
わだかまりも、憎しみも‥
もうどうでもよくなりました。

名前を貸す。それだけ。

それが、毒親という嵐の中で
共に育った「戦友」であったはずの
姉に、私ができる私なりの『偽善』
でした。

こうして、私の中にある、
姉の場所にはだれもいなくなりました。


いいなと思ったら応援しよう!

softly.beyond                         〜そっと‥そのさきへ〜 最後までお読みいただきありがとうございます。 もしこの記事が少しでもお役に立てたり、心に響くものがあったりしたら、チップで応援いただけると嬉しいです。 いただいたご支援は、クリエイターとしての活動費に使わせていただきます

この記事が参加している募集