地味だから、心の奥底に。
ラジオが好きだ。
いや、好きというより空気のようにあるのが「当たり前」かもしれない。
一緒に住んでいた祖父母は、紳士服の仕立て屋だった。
幼い頃から仮縫いをしたりアイロンをかけたりする祖父母たちの横で、お絵描きしたり本を読んだり。
食事もテレビのない部屋だったので、1日のほとんどラジオがお供。
ニュースを聞いて、時々祖父母や母が話すのも聞きながら育った。
テレビももちろん好き。
ただどうしたって見続けたくなる(私だけ?)。
ラジオは、それに比べ聞き続けたい欲求を刺激されない気がする。
だから、聞き手に行動の選択権があると感じられるのもいい。
控えめでいて、時にするどい情報を届けてくれるのも好きだ。
映像がない分、話し手は言葉だけで伝わるように工夫する。いわば究極の言葉だ。
そして聞き手も脳内で映像を作りながら聞く。
見えない分、自由がある。
さらに自分が何かに没頭すると、ラジオから音はしても邪魔はしてこない。
かと言ってひとりぼっちでもない。
いろいろなことに気が散り、気まぐれな自分に合ったメディアなのかも。
逆に言えば、日常になじんで流れてしまい、記憶に残りにくいのがラジオとも言える。
でも、私には一つだけ忘れられない番組がある。
もう5年近く前の日曜日。
数年ぶりだろうか。
「そうだ、あの番組まだやってるのかな?」と、ふとスマホでラジオをつけてみた。
子どもの頃、朝ごはんを食べる時に流れていた『音楽の泉』(NHK第1放送)。
クラシック音楽を紹介する55分の番組だ。
聞いている感覚も、積極的に聞きたい気持ちもなく、ただかけていた。
朝ごはんを食べながら「終わったらお習字行かなきゃ〜」と思ったことくらいしか、覚えてはいない。
進学で実家を出てからは全く聞かなくなった。
社会人数年目に、やはりふとラジオつけてみたら、放送が続いていてなんだかほっとしたこともある。
そして2020年春。
あの日もふと、つけてみたくなった。
何かに呼ばれたのだろうか。
その日は偶然、長年『音楽の泉』のお話(解説)を担当した皆川達夫さんの最終回だった。
当時、御年92才。
そんな年齢だったか!?と思いつつ、小学生の頃からずっと同じ方の声なんだから、高齢なはずだと自分につっこむ。
確かに話し方など多少の衰えを感じさせるものの、昔と変わらず安定の穏やかな口調。
「まさか最終回をたまたま聴けるとは…」と思いながら聞く。
皆川さんは、私の恩人だ。
ちなみにお会いしたことはない。
勝手に思っているだけ。
家族が歌好きなくらいで特に音楽の素養のない家で育ち、ピアノは祖父の反対で習えなかった。
そんな私が吹奏楽部へ入り、大学でオーケストラへ入り、今に至るまでずっとクラシックが好きなは、確実に皆川さんと番組のおかげだ。
番組ではバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス…と、毎週いろいろな曲が取り上げられた。
もちろん、一生懸命聞こうとしたことはない。
けれど、皆川さんが選んだ曲に触れていたことで、知識ではなく感覚で音楽の基本や楽しみ方が耳から脳に自然と溜まっていったと感じている。
そんな恩人の最後の放送を聞き、シメに定番の「ごきげんよう、さようなら」の挨拶を聞いて涙が出た。
皆川さんは宗教音楽が専門だから、音楽の父と呼ばれ宗教音楽の大家・バッハの登場回数が特に多かった気がする。
最終回はやはりバッハだった。
もの悲しいメロディのヴァイオリンの曲が続き、もうお別れなんだなと悲しくなったが、最後の曲は淡々としつつも少し明るい舞曲。
実際はわからないが、選曲に皆川さんの「別れは淡々と湿っぽくしたくない」という気概を感じた。
そして、確実に一つの時代が終わったと思った。
皆川さんは1927年生まれ。
祖父は1921年、祖母は1926年生まれ。
祖父母はとっくに亡くなっているが、同世代の皆川さんが元気でいることは、祖父母との時間がまだ続いているような感覚があったのかもしれない。
皆川さんは3月の最終回放送ののち、4月に亡くなった。
収録は3月以前だったようだが、番組でさよならを告げ後進も決まってからの旅立ちに、すごい方だと思う。
ラジオは地味なメディアかもしれない。
記憶にも残りにくい。
けれど、その声は心の奥深くにとどまって、見えない形で私を支えてくれている。
そう、思う。
