マシューの代わりに軽トラが走る理由
マシューが軽トラに乗っちゃう理由、それは、わたしの記憶の風景にある。
わたしは、河岸段丘の村で育った。
下の段は田んぼ。中の段には家々が並び、そして上の段には、「原畑(はらはた)」と呼ばれる果樹園が広がっていた。
そこに植えられていたのは、二十世紀梨。
今ごろか、もう少しあとだったかもしれない——
花つけと呼ばれる人工授粉の時期には、大人たちはみな忙しく働いていた。
その頃、幼いわたし(小学校低学年くらいか、あるいは保育園児だったかも)と、
『赤毛のアン』との出会いのきっかけをくれた幼なじみ姉弟たちは、軽トラの荷台に載せられて(今思えばアウトですね)、原畑へ連れていかれた。
果樹園の奥にある林で、わたしたちは秘密基地ごっこに夢中だった。
そこには、ちいさなこんもり山の上に、たしか——お稲荷さん?の祠があった気がする。
そして、二十世紀梨には、実が大きくなる前に、一つひとつ袋をかける作業がある。
中学生になると、それを手伝うことで生徒会費をまかなうという仕組みがあった。
目標額を超えたぶんはお小遣いに。
季節とともに手のひらにのる、「ごほうび」だった。
いま、その原畑には、わたしの母もお世話になった特別養護老人ホームが建っている。
記憶の中の果樹園の道に、軽トラが走るのも——
きっと、無理のないことなのだろう。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
追記:
サムネイル画像はお借りしたものです。ありがとうございます。
「果樹園」で検索して出てきた梨の画像は、残念ながら?赤梨(←二十世紀梨以外を、そう呼んでいました)でした。
そこで、「梨」で検索してようやく見つけた、**唯一?二十世紀梨(だと思われる)**の画像をお借りしました。
(↑左側のものです)
二十世紀梨も、もう少し暑い時期に旬だったら良かったのに…。
品種改良、あまり進んでいないのかな~。
