中華粥と狡猾なデュカ
とつぜんだけど、「長期滞在している人」はちょっと特だ。特と言っては差し支えるかもしれないけれど、じっさいそうだ。もっと言えばズルい。いつか去りゆく存在は、ズルい。教育実習の先生はその最たるものだ。ずっとつきあうわけじゃないから、いいところばかりを見てしまうし、それでいい。春を思う子らの、誰の心の、おいしい部位を、動かさない教育実習生なんて居ないんじゃあないかなと思う。かの小泉八雲もそうだったかもしれない。異国と異形への憧れとともに。まわりの人は親切を捧げる。
ずっとつきあう人だと、いいところも、いやなところにも対峙することになる。ぎゃくに一週間未満の滞在だったら、そんなに関心を持つ気にもならない。誰も私を知らない土地に長期滞在して料理人をしてみたいと思う。美術家のアーティスト・イン・レジデンス、ならぬ、シェフ・イン・レジデンスというのがあったら面白い。やってみたい。みんなの心の、おいしいところを動かすのだ。けど、家には五人の子らと夫がいるから今は無理。あ、けどわたしがオルタナティヴ・スペースを間借りしてやっている店も言うなれば、シェフ・イン・レジデンスかも。この半島はもう地元になってしまったし、家から通っているから違うわ。
わたしの屋号はナップレディ。午睡する婦人じゃない。レディというのはインドの英語で「食堂」を意味する、らしい。食事が準備されていますよーということで「Ready」。これは吉祥寺の北のはずれにある南インドベースのミールス屋さんの真似。わたしは、二種類のモーニングセットと3種類のランチセットを用意して、週に三日間営業している。
最初に土坂さんが来たのは去年の十月だったはず。モーニングにフォカッチャとコーヒーを召し上がった。結人くんが土坂さんに「お近くなんですか」とお冷やを出しつつ声をかけてくれた。結人くんはスペースのオーナー。客席でパソコン作業をしながら、なんとなくの店番をしてくれている。キッチンは奥まっているから助かっている。土坂さんは「ここの駅で降りるのも初めてです。これから仕事の下見なんです。」と言っていた。あれから三ヶ月が過ぎた。土坂さんは十二月から滞在制作とかいって、喫茶店の内装を造っている。どっかに寝床を借りているらしい。ときどきランチに来る。
今日、中華粥を啜りながら土坂さんはわたしに「瑠華さん、デュカってなんですか?」メニューをみて尋ねてきた。彼はちゃっかりわたしの名前を訊いていた。「そのお粥に載っている、それです。ふりかけです。中東のふりかけ。」「へぇっ」と眼を丸くしてどんぶりの粥の表面を凝視した。匙でデュカがかかる部分を掬いて舐めた。猟犬のような注意深さを感じるが、彼はどちらと言えば、ヤギだ。ブォーーン!ドドドド・・・。四トントラックがお店の前の県道を通り過ぎる。テーブルが少し揺れる。土坂さんの耳はその二十秒くらい前からインターチェンジのほうを向いていた。窓の外に雪が舞っている。小さな氷の粒はトラックの往来で渦を巻くように振る舞っている。
わたしのつくる料理はよくカラフルだと言われる。じっさい色どり鮮やかな食材をよく選ぶ。がんばって色彩豊かな食材を探すというよりは、おいしく栄養のあるものを考えていると必然的に皿が絵の具のパレットみたくなる。写真の画面にも映えるけれど、単にわたしは派手好きでもある。食用花も使う。今日はビオラをお粥に鎮座させた。日によっていろいろだが、金魚草やらマリーゴールド、パンジーあたりがレギュラーだ。もちろん菊も。彩度が高いとテンションもあがる。
ランチセットはスパイスカレーとルーロー飯と中華粥。今日のお粥ランチの付け合わせはフェネグリークを使ったカリフラワーのピクルス。根菜のフリット。おなじ皿には八朔を一房ぶんちぎって加えた。果汁が衣に染みていく。オーダーが入ってから揚げるものを必ず載せるのがわたしのこだわりかも。それからゆで鶏。この枕には葉っぱのサラダ。あと南瓜とさつまいものサラダ。これには黒マスタードシードとターメリック。まっ黄色の固まりに、黒い粒が妖しく光る。その補色にあたるトレヴィスの漬物の小鉢を隣に置いた。
「これはクミンの粗挽きですか?」土坂さんがたずねる。「そうです!クミンと白ごまと塩です。」「塩。」「デュカはナッツ類とスパイスと塩を混ぜたふりかけなんです」「こっちは山椒だ。あ、花山椒だ。これはピーナッツ?」正解。「あたりです。ホアジャオと白ごま。もう一つのデュカは、ピーナッツを砕いたのとパセリとコリアンダー。」「はー。おもしろい」もぐもぐ。「おもしろいし、おいしい。こんなにうまい粥を食ったことはありません。」わたしは誇らしく「評判いいんですよ。いったん生ま米をごま油で煎ってるのがいちばん大きいかも。あとは鶏の出汁も入っています」「少しゼラチン質をかんじたのはそのためか」この大工さんはちょっとうるさい。辣油もココナッツ入りの手製と見抜いた。「そうです。」と言ったら、にかっと笑って、あとは黙々とたいらげた。雪の描く線が太く、多くなってゆく。
粥とデュカの組み合わせは一般的ではないと思う。この盛り付け作業には、ちょっと作庭のような感覚がある。枯山水の砂利のように均らされた粥の表面に、鮮やかな自家製辣油とデュカでデコってく。こうすればお粥を作るのが楽しくなる。いやお粥づくりは楽しいのだ。ちなみに辣油は二種。「ココナッツ辣油」には、醤油と米油、花椒、レッドペッパーにごま油を混ぜている。これは中華街の餃子屋のものを真似てみた。「麻辣ココナッツあまみそ」には、にんにく、たまねぎ、とうがらし、花椒、ごま、醤油、八角、シナモン、フェンネル、クローブ(ほぼ五香粉に近いかな?)、ごま油。こっちの辣油は、イベント出店でおでんをつくったときに開発したもの。美味しいモノを沢山いれて、脳に響くかんじにしている。デュカの使い道は自在だ。なにしろこれは、ふりかけだから。それだけじゃなくて、デュを軸にして料理のイマジネーションは拡張されるのです。
十四時半。看板をCLOSEDに裏返し、シンクと作業台を拭き上げる。勝手口から出て、ラクダのマークのたばこに火をつける。雪が降るときのたばこの旨さは別格だな。さっき土坂さんは、ホットチャイをゆっくりと飲みながら「デュカって響きなんかズルいですね」と言っていたけど、ズルいのはあんただよ。とわたしは思ってた。料理で非日常をつくるのがわたしの仕事だ。料理の材料や作り方について、お客さんに質問されるのは、うれしいこだ。けど、漫然と「これどうやってつくるんですか。」と問われるのは疎ましい。質問は具体的な方が答えるのに、楽だ。けど、やっぱり土坂さんは、個別具体的過ぎて、かつ、ちょっとうるさい。あなたは記者か何かですか。
たばこは、あと二十秒で灰になる。雪は本降りになってきた。白いものは、きれいでうれしいけれど、末っ子のお迎えの時間にかかるのは、少し気がかりだ。予報ではこの小さな町にも五センチ積もる。
*この作品はフィクションであり、実際の人物、出来事、町とは一切が無縁の産物です。
*高円寺のオルタナティブスペース、HoiPoiには「シェフ・イン・レジデンス」という企画がある。もしかしたら、シェフインレジデンスはあちこちにあるのかもしれないが、調べていないからわからない。
半島シリーズ
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それでは、瓶ビールとぬか漬けを頂きます。
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