在宅勤務中の怠業疑いや旅費不正請求を理由とする懲戒解雇・普通解雇の有効性 ― 東京地判令和8年1月23日
企業が従業員に対して「懲戒解雇」を言い渡し、それが認められない場合に備えて「普通解雇」を予備的に主張するケースは実務上散見される。
東京地方裁判所令和8年1月23日判決は、在宅勤務中の怠業、家族休暇の不正取得、手当の不正受給、および出張日当の不正請求などを理由に行われた解雇(懲戒・普通)の有効性が争われた事案である。
事案の概要
原告は、不動産業等を営む被告に勤務し、完全子会社への出向時には営業部長を務めていた者であり、令和4年4月以降、会社が設けていた遠隔地での在宅勤務制度(テレさとワーク)を利用し、仙台の自宅を中心に就労していた。
被告は、令和6年6月11日、原告に対し、主位的に「懲戒解雇」、予備的に「普通解雇」とする即時解雇の意思表示を行った。
被告が挙げた主な解雇理由は以下の通りである。
・無許可での副業(不動産賃貸や民泊の経営)
・在宅勤務制度(テレさとワーク)および家族休暇の不正利用(親の介護実態がない虚偽の申請)
・在宅勤務日の怠業と勤務時間の虚偽申告(パソコンの稼働ログ等を根拠とする職務専念義務違反)
・出張日当の不正請求(午後出発の出張であるにもかかわらず、全日出張として日当を過大に請求・受領した行為3回、差額計7,500円)
・単身赴任手当の不正受給(コロナ禍において仙台の自宅に滞在し、社宅の居住実態がなかった期間の受給)
原告は、出張日当の過大請求については不注意による誤りを認めたものの、それ以外の理由はすべて事実無根、または社内ルールに反する認識はなかったと主張し、解雇は無効であるとして、労働契約上の地位確認、未払賃金(バックペイ)、および夏季賞与の支払いを求めて提訴した。
裁判所の判断
裁判所は、被告による懲戒解雇および普通解雇のいずれも「解雇権の濫用」として無効と判断し、原告の地位を認めるとともに、未払賃金と夏季賞与の支払いを命じた(一部の重複請求部分等を除く)。
◎被告が主張した各解雇理由の検証
・副業、在宅勤務・家族休暇の不正
無許可副業については客観的な証拠がないとされ、在宅勤務や家族休暇については、親が要介護認定を受けていた事実や、高齢の父親を実家から連れ出して自宅で世話をしていた実態が認められ、これらを「虚偽の申請」とみることはできないと判断された。
・在宅勤務日の怠業疑い
被告は「パソコンの動作ログ上、停止時間が長かった」と主張したが、その原資料となる客観的な証拠が提出されなかった。
また、法律や法律実務が絡むコンサルティング業務の性質上、文献調査や書類検討などパソコン操作を伴わない業務も想定されること、さらに原告が一定の業績を上げて「業績加算給」を得ていたことなどから、怠業の事実は認められなかった。
・出張日当の不正請求
3回の出張において、本来は半日日当(2,500円)となるスケジュールであったにもかかわらず、全日日当(5,000円)を請求・受領していた事実は認められた。
原告は「不注意」と主張したが、裁判所は「真実と異なる行程を記載すれば過大な日当が支給されるかもしれない」と認識しつつ提出した「未必の故意」があったと認定し、懲戒事由(刑罰法規に該当する行為)への該当性を認めた。
・単身赴任手当の受給
コロナ禍という特殊な社会情勢下でなし崩し的に在宅勤務が広がった時期の出来事であり、形式的に規定に沿わない面があったとしても、私利を図る意図などの悪質性は証明されていないとされた。
◎懲戒解雇の相当性
裁判所は、唯一認められた「出張日当の過大受領(計7,500円)」のみを理由に懲戒解雇とすることの相当性を検討した。
被告の社内基準(懲戒処分基準表)では、故意による旅費不正請求の処分の上限は「諭旨解雇」とされており、懲戒解雇は選択肢に無かった。
また、不正の態様自体が稚拙であり、金額も1万円未満と少額であることから、悪質性は高くなく、基準を逸脱して懲戒解雇とすることは社会的相当性を欠き、無効とされた。
◎予備的普通解雇の相当性
懲戒解雇が認められない場合に備えた「普通解雇」の主張についても、同様に検討された。
出張旅費の精算業務において、被告が従前から厳密な確認を行わず決裁を通すという「安易な運用」に流れていた感も残ると指摘し、従業員への信頼に基づく運用であったとしても、その実態を踏まえると、本件の不正を原告一人の責任として解雇に処することは行き過ぎであるとし、過去に処分歴がないことや、相応の業績を上げていたことも考慮され、普通解雇も権利の濫用として無効とされた。
◎賞与およびバックペイの容認
解雇が完全に無効となったため、解雇日(6月11日)の直後である6月14日に支給日を迎えた夏季賞与について、支給日時点での在籍が認められ、被告が自社基準として算定していた121万円の支払いが認められた。
また、解雇期間中の賃金(バックペイ)についても、解雇予告手当との充当関係を整理した上で、月額58万4,000円をベースとする未払分の支払いが命じられた。
実務上のポイント
本判決は、在宅勤務の労務管理や、複数の解雇理由(主位的・予備的解雇)を並べる実務対応について、以下の重要な教訓を示している。
◎予備的普通解雇の限界と慎重さの要求
懲戒解雇の理由が認められない場合に「普通解雇」として処理する手法は実務で多用されるが、当然ながら普通解雇であっても「客観的に合理的な理由」と「社会的相当性」が厳格に求められる。
本件のように、主な理由とされていた怠業や不正申請の多くが崩れ、数千円程度の金銭的不正(旅費請求の誤り・未必の故意)のみが残った場合、それが懲戒処分(減給や出勤停止等)の対象になり得るとしても、一足飛びに「普通解雇」を正当化することは法的に極めて困難である。
解雇という最終手段を選択する際の手続きと評価の慎重さが、使用者側に改めて求められる。
◎在宅勤務における「怠業」の立証ハードル
在宅勤務中の従業員の不適切な執務態度を理由に処分等を行う場合、単に「パソコンの操作が止まっていた」という稼働ログの数字だけでは、怠業の直接的な証拠として不十分とされるリスクがある。
業務内容(デスクワーク、調査、書類検証など)に応じた業務実態を精査する必要があり、また、営業職のように成果が数字に表れる職種であれば、実際の業績や成果物の有無と矛盾しない一貫した立証(客観的な動作ログの提出や具体的な業務支障の証明)が不可欠となる。
◎社内処分基準(規程)の遵守と運用の適正化
自社で定めた懲戒処分の目安(基準表)が存在する場合、裁判所はその基準を重視する。
基準の上限を上回るような重い処分を下すためには、過去に例を見ないほどの極めて悪質な背信行為などの特段の事情が必要となる。
また、旅費精算などの金銭管理において、社内チェックが形骸化していた場合、従業員の「未必の故意」による不正であっても、会社側の管理体制(運用の甘さ)が考慮され、解雇の相当性を否定する一因となり得る点に留意すべきである。
おわりに
本件は、遠隔地での在宅勤務や家族の介護という、近年の多様な働き方の中で生じ得る労務トラブルの典型例といえる。
被告は、従業員の勤務実態や休暇取得、手当の受給に対して多くの疑念を抱き、それを理由として懲戒解雇および普通解雇へと踏み切った。
しかし、裁判所は、主観的な疑念ではなく、個々の事由に対する客観的な証拠の有無を厳しく検証した。
結果として、明確な違反と認められたのは少額の日当過大請求のみであり、社内基準や会社の管理実態に照らして、解雇という選択は相当性を欠くとの判断が示された。
複数の理由を重ねて解雇の正当性を補強しようとする場合であっても、それぞれの事実認定と処分の量定には、客観的かつ厳密な精査が求められることを示す事例である。
