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増本綺良の卒業から考える達成感の功罪

 櫻坂46・二期生の増本綺良さんが、先日グループ卒業を発表されました。
 加入から8年弱となる二期生は遠からずみな卒業していくだろうと予想はしていて、それは、グループ本体への合流が1年ほど遅れた通称・新二期生の一人たる増本さんにしても、アイドル歴としては同じだけの期間を重ねていることから、彼女もまた卒業予想の一人には違いなかったものの、それでも少し、彼女の卒業発表は意外に感じてしまいました。
 井上さん、武元さん、そして増本さんの相次ぐ卒業。それが偶然なのか、揃って「サクラミーツ」発足のメンバーで。
 ここまでの経緯を見て、この度は彼女の卒業それ自体に対する感傷的な気持ちではなく、この度の経緯がなぜ生じているのか、という点についてあれこれ考えてみようと思い、記事にした次第です。


〇卒業の意外性

 二期生は近々卒業するだろうと考えていながら、それでも私が増本さんの卒業に意外性を感じてしまった理由、我がことながら分析するに、その一つは、年長者の方が卒業が速いのではないかという、まるで根拠のない推論が挙げられます。
 井上さん、武元さんは勿論のこと、かつての卒業生だって年齢順だったわけもなく、だからまったくもって根拠になり得ない年齢という理由。それでもどこかで、「まだ(相対的に)若いからグループにいてくれるだろう」という浅薄な考えが一欠けらもなかったかと言われれば、言い返すことはできません。
 憲法により職業選択の自由は保証されているのですから、山﨑さんだって、四期生だって、理屈の上では明日にも卒業できるのです。卒業予想の順番とは、どれほどそれを現実的に想像できるかの差と言ったところでしょうか。

 彼女の卒業の意外性についてもう一つ理由を挙げるとすると、それは「ファン目線において彼女の今後の進路が想像しにくいから」です。ファン目線、というより私の目線という方が正しいでしょうか。
 私的なイメージですが、アイドル、特に坂道グループにおいては、卒業後の進路が想像しやすい方程卒業が速いように感じます。
 卒業したら役者業をするのだろう、モデルだろうか、ダンサーもいいかも。
 実際にそんな活躍をするかどうか、それがどれほど大きく実るかはさておき、在籍中において様々な活躍をし、またその活動を深めていく様子を見て、卒業を迎えるころにはファン目線で進路が想像できるような方程、卒業していく印象があります。
 ただ、これは私の何となくのイメージで、卒業生を見比べれば、その実態はイメージから大きく乖離しているのですが、井上さんも武元さんも何となく芸能活動を続けてくれそう、続けられるだけの腕がありそうに見えたものですから、逆説的に増本さんの卒業はまだもうちょっと先だと予想してしまいました。
 失礼ながら「サクラミーツ」というレギュラー番組を抱えているとはいえ、同期と比べてテレビ出演が多いとか、役者業が多いとか、そういった様子の窺えなかった増本さんの卒業が何だか意外で、むしろこれから様々仕事の幅を広げ、その経験が熟してきたころに卒業するのではないだろうかと、私はぼんやり考えていました。
 とは言えそもそもこの想像、彼女が芸能人を続けることが前提のもので、卒業後芸能界から離れるとあれば、卒業は遠いだろうという予想の薄弱な根拠はさらに薄くなってしまいます。
 彼女の卒業は意外だった。というのは感情面ではその通りでも、論理的には意外性を感じる理由が見当たりません。最低でも在籍と卒業、その可能性は等価と評価すべきだったでしょう。

〇卒業理由が生まれた理由

 増本さんは卒業を発表するブログで、櫻坂46として「思い残すことは無い」「やり切った」と語っています。
 およそ多くのメンバーが、卒業にあたって同じような言葉を語ります。それはそうでしょう、「まだまだやりたい」と言うのなら在籍し続ければよいのですから。
 同ブログには「ここで出来ることはやりきった」ともあります。出来ないこともあった、という解釈を挟むこともできる言葉ですが。
 ここは一旦、彼女の言葉を真に受け、なぜ彼女はやり切ることができたのか、思い残すことがなくなったのか、そしてなぜ卒業を決めることができたのか、と言う点について、妄想を深めてみようと思います。

 まず、彼女が語る卒業理由に嘘偽りがない、ということを前提に置いておきたいと思います。
 「彼女はまだまだやりたいはずだ」「悔しい思いをしているはずだ」「思い残すことがあるはずだ」と、彼女の言葉を疑うこと自体はできるかもしれませんが、ファンと言う立場では、その疑念を立証する方法はなく、彼女の言葉をそのまま受け取る以外の行為は現実的・論理的とは言えないと思います。
 特に、彼女を応援し続けたファン、彼女の言葉を真摯に受け止め続けてきたファンであれば尚のこと、彼女のこの度の言葉を素直に受け取ることができるでしょう。今までの彼女の言葉に対するスタンスを、今回も一貫させればよいのですから。

 彼女の言葉を真に受ける前提に立ち、自分の人生を振り返れば、彼女の言葉に疑念と同等かそれ以上の説得力を感じられます。
 増本さんの言葉に限りませんが、スポーツ選手の引退などの場でも語られる「悔いはない」という言葉には「今現在において」という言葉が隠れていると思います。
 当時は悔しい思いもしたし、葛藤もあったし、あぁだったらこうだったらと考えたこともあるけれど、その想いの少し後に、ちゃんと悔しさを昇華させることができたり、あの時の後悔も次に生かすことができたし、「今現在から振り返れば」もう悔いというものは無くなっている。
 あの時から数々の経験を経て、年月に伴い体の状態も心の状態も変わり、「今現在においては」もう十分だと思えるだけの成果を上げたと思える。
 年を重ねるほど、今が幸せであるほど、かつての悔しさは滋味深いものになります。ただのサラリーマンなら、その境地に至るまで十年二十年三十年と掛かったとておかしくありませんが、十代から、数千数万のファンを相手に一人のプロとして仕事をしなければならないアイドルという仕事をしてきた増本さんなら、たった8年弱でも悟ってみせるものかもしれません。

 少し話題が逸れますが、増本さんは報われなかったのか、と言う点について私見を述べたいと思います。
 グループ内における彼女の人気ぶりと、しかしながら近頃選抜メンバー入りが叶わないことが続いている彼女の現状を引き合いに、それがアンバランスであると指摘するかのように、「もっと彼女は活躍できた」「もっと相応しい立ち位置があった」といったニュアンスの言葉が、近頃目の端に留まります。
 彼女は報われなかったのか否か。私の結論から申し上げますと、「それは増本さんにしか分からない」というものです。
 全く狡い言い回しのようで、しかしこれ以上に言えることがあるだろうかとも思うのです。
 確かに彼女は努力してきたことでしょう。ただ、それはどのメンバーも同じです。結果として、人気だけではない、様々な要素を加味して、随時選抜メンバーは決まってきました。
 その立ち位置の差は、メンバー間の才能の差でもあり、櫻坂46の運営方針やBuddiesとの相性という運要素まで絡んだ複雑で、そして非情なものであることでしょう。
 例えば、彼女が櫻坂46三期制として加入していたら、彼女の立ち位置も変わったかもしれません。彼女が日向坂46に加入していたら、表題センターを飾ったかもしれません。
 これらはたらればですが、そんな風に巡り合わせというものが、彼女の立ち位置を阻んだこともあったかもしれないということです。
 裏を返せば、彼女は巡り合わせに恵まれ、運を引き寄せ、勿論才能と努力の甲斐もあって、彼女は櫻坂46二期生に選ばれました。
 オリンピック銀メダリストはきっと、さぞ悔しいことでしょう。あと少しで世界一になれたかもしれないのですから。しかし世界二位と言う立場は、その努力が報われていないと言えるでしょうか。
 当人はともかく、当人以外から言える言葉ではないでしょう。寧ろ報われているように見えるかもしれません。
 オリンピック入賞はどうでしょう。オリンピック出場ならどうでしょう。日本一ならどうでしょう。その立場の輝かしさ、報われていると言いたくもなります。当人は実はものすごく悔しいと思っているかもしれませんが。

 話を戻して、櫻坂46の一員になったこと、センター曲を得たこと、「サクラミーツ」に選ばれたこと、国立競技場に立ったこと・・・どれも素晴らしい実績に見えます。それが重ねた努力に見合うものかどうかは、努力を重ねた当人のみぞ知るところでしょう。
 ファンが「彼女に報われてほしい」と思うのは親心のようなものでしょうが、少なくとも「報われていない」という評価を下せる立場には、きっといないはずです。

 意地悪なものの見方ですが。
 アイドルに対して、ファンが「報われていない」と感じるとしたら、それはファンによる「私の向ける熱意、私の投じたコストに対して、私に提供されている成果物の満足度が低い」という感想、評価の言い換えなのではないか、と言う邪推が浮かびます。
 「推しが選抜メンバーとして輝く姿が見たい」「もっともっと多くの人にその存在を知られてほしい」「グループを○○ランキングの1位にしたい」そんな自分の欲求のために、労力を、金銭を、時間を投じて応援し、しかしそれが叶わなかったときに「私の努力が報われなかった」と感じ、何せメンバーが、グループが頑張っていることも知っているからつい、「彼女達の努力に対する評価が見合わない」と、認知的不協和の解消と言いますか、感情をすり替えをしてしまっているのではないでしょうか。

・「『サクラミーツ』が卒業を早めた」仮説

 ちょっとタイトル詐欺と言いますか、誇大表現過ぎますが。
 「サクラミーツ」発足メンバーである井上さん、武元さんに続き、増本さんまで含めて3人続けて卒業する。そして増本さんが卒業にあたり「やり切った」「思い残すことは無い」と思えている。
 そんなことから、こんな大胆な仮説をぶち上げてみました。
 ちなみにこの仮説、簡単に崩すことができます。たった3つのサンプルでは、帰納的に相関関係があると、更には因果関係があるなどと結論づけるには早計過ぎます。アイスと水難事故の例えよろしく、因果や相関はまた別のところにあるかもしれないのです。
 次の卒業生が大沼さんだったしてもまだ弱い。三期生の最初の卒業生が谷口さんや中嶋さんだったとしたら、それでも「仮説」というより「ジンクス」に近いでしょう。
 とまぁ、理屈の上ではそうなのですが、感情的には「サクラミーツ」の存在が、増本さんの卒業に影響を与えているのではないかと、この番組があったからこそ彼女は「やり切った」と思えたのではないかと思い、この仮説を思いつきました。

 一部のファンが考えた通り、増本さんが「報われていない」と感じていたとして。
 ダンスメンと言われるメンバー程上手に踊れているわけではなく、もっと上手くなりたいと思いながらもなかなか儘ならず、上手いメンバーとの差は縮まらない。
 選抜に入れない悔しさ、もしかしたらそれ以上に、応援してくれるファンへの申し訳なさ。
 彼女が悶々と悩んでいたとして。
 「もっと上手くなりたい」「もっと評価されたい」「もっと輝きたい」向上心、上昇志向、野心。伴って生じやすくなる「悔しさ」「満足感の欠如」「未達成感」。彼女がそういった思いを抱えていたとして。
 こういった感情は、メンバーをグループ残留へ促す効果があるような気がします。

 遠藤光莉さんは、メッセージアプリで頻繁に悔しさを吐露しつつ、しかし決して表題メンバー入りを諦めていません。
 過去二度の休業を挟み、在籍年数に比べて実働年数は少なめですし、例外的な例かもしれませんが。
 グループ内では年長者であり、敢えて触れるところですが、仮に人気だけを尺度に持ち出すならば選抜から特に遠いメンバーである彼女が、誰より熱意に溢れているように見えるのは、悔しさや未達成感が理由かもしれないとも思うのです。(もちろんそれが、彼女が次の卒業者である可能性を否定できる理由になりませんが。)

 対して増本さんは、選抜メンバーに選ばれたことがあります。それだけではなくて。
 通常のグループ活動において仮に悔しさや未達成感を抱いていたとして、そんな彼女に巡ってきた「サクラミーツ」という番組で、そして番組イベントで、彼女は、見方次第では選抜メンバー以上の成果を上げたと言えるかもしれません。
 新番組の立ち上げメンバーとして、数多くのメンバーから厳選された4人のうち一人に選ばれる。それは彼女の名誉欲を満たしたかもしれません。
 そして番組を軌道に乗せたこと。そこに至るまでに数々の企画を経て、イベントまで開催したこと。自作のコントをプロの芸人さんに演じてもらったこと。自ら脚本を書き、半ば監督となってメンバー出演のドラマを作り上げたこと。そしてその一つ一つに、ファンから賛辞が送られたこと。
 彼女が達成感を味わったとしても、何の不思議もありません。
 そして、選抜メンバーに入れないこと、ライブで歌番組で活躍する姿をファンに見せられないことに、引け目があったとして。しかし「サクラミーツ」のイベントで、自分のファンに自分の活躍を見てもらえる機会を得ました。
 増本さんが、それを選抜メンバー入りに劣らぬくらいにファンを喜ばせることができた成果と捉えている可能性はないでしょうか。
 パフォーマンスの技量では追いつけなくても、他のメンバーに勝るものがあった。「サクラミーツ」が彼女に新たなやりがいや充実感、達成感を与えていたかもしれないと思うのです。
 増本さんの「やり切った」「思い残すことは無い」という言葉の下地に、「サクラミーツ」の存在、「サクラミーツ」での経験があるのではないかと私は想像しました。
 そして、そんな経験があったがために彼女は卒業を決意してしまった・・・そんな悲観的な書き方はしなくてもよいのですが、卒業を惜しむ立場としては、そんな言い方をしてみたくもなります。
 1期生全員卒業から少し間を開けて、(松平さん、関さんを例外にしてしまいますが)遂に二期生から卒業生がでた。それも井上さん、武元さん、そして増本さんに至るまで3連続で「サクラミーツ」メンバーが卒業した。
 「『サクラミーツ』が卒業を早めた」仮説は、彼女達の卒業に「サクラミーツ」が何がしかの影響を与えたのではないかと邪推から生まれたものです。仮説と言うにはあまりに仮定が多すぎる、薄っぺらいものではありますが。

〇卒業理由の反対、在籍理由について

 二期生は遠からず卒業する、と言う私の予想に同意してくれるファンの方は多いだろうと勝手に想像しています。
 同時に、まさか三期生や四期生がすぐにも卒業することは無いだろうという、実はれっきとした理由のない予想にも、同意してくれる方は多そうです。
 なぜそう考えるのか。まだまだ自身を未熟だと思っているからでしょうか。技術的には一部の二期生を超えるメンバーもいると思うのですが。
 では、達成感がまだ足りないのでしょうか。大舞台に立ったとて、まだまだ先輩たちのおかげ、先人たちのおかげという意識が強く、自分が、自分達こそが成果の中心であるとはまだ思えないからでしょうか。
 あるいは、まだまだ達成感を、満足感を味わいたいからでしょうか。国立競技場で得た充実感を、もっともっと繰り返し味わいたいと思っているからでしょうか。
 二期生ほどの年季を重ねれば、満腹が近くなってくるということかもしれません。

 井上さん、武元さん、増本さんよりも年長なメンバーもいます。彼女達は何を理由に、何をモチベーションに、未だ在籍しているのでしょうか。
 先程遠藤光莉さんの例を挙げましたが、「悔しさ」「未達成感」が理由(と想像される)のメンバーは他にもいるのかもしれません。
 国立競技場では無くて、アジアツアーのような世界の舞台が目標である。表題センターをあと〇回やりたい。あの番組に出演出来たら。
 瞬間瞬間の満足度に依存せず、とても具体的な目標が叶ったら卒業しようと、個人的な目標を抱えているメンバーもいるかもしれません。

 また、「責任感」が理由である、と言うメンバーもいるかもしれません。これは意外と、多くの社会人にも当てはまることだと思うのですが。
 私がやらなければいけない仕事がある。私がいないと、私がやらないと周りが困る。だから辞められない。ちゃんと後輩に引き継いでから辞める。
 健全とは言い難いですが、職場でしばしば見かけるような人が辞めない理由が、アイドルグループにもあったりしないでしょうか。
 松田さんなどは、実はそんな例だったりしないでしょうか。キャプテンとしての責任を果たすために、「グループがこういう状態になるまで、後輩がこういう状態になるまでは卒業を待とう。」とか。
 グループを引っ張るエース。そんなメンバーを、その責任感が縛ってはいないでしょうか。
 表題を任されたからには、私がグループを引っ張らなければならない。現在以上の場所に連れて行かなければならない。
 数々の外仕事を経て、次の進路が朧気に見えていたとしても、自分の今後を考えることを後回しにしてグループのために尽くしている。なんてことはないでしょうか。
 人気メンバー程、卒業を引き留められるという噂は聞きます。所詮噂ですが、何だか「あり得そうだな」と説得力は感じます。
 しかし、そんな直接的な引き留め方でなくても、選抜フォーメーションにおいてセンターやフロントを任せることで、メンバーのグループ内での活躍に対する意欲を煽り、責任感を煽り、またそのポジションをある種の報酬のように用いて、間接的に卒業の意識を遠ざけさせるなんて手段を運営が使っていたりしないでしょうか。
 そのポジションが二列目、三列目と後ろの方になり、その場所が長くなるほどに、責任の重しは軽くなり、次に歩む道が見通しやすくなることもあるのかもしれない、とも思うのです。

〇長く在籍してもらうには・・・

 ファンとしては、推しメンに少しでも長くグループに在籍してもらいたいと思うのは、当然の人情だろうと思います。
 では、ここまで書いてきたことを踏まえて、メンバーが長く在籍してくれる条件とはどういうものかを考えてみますと、メンバーが以下のような状態にあればよい、とは言えないでしょうか。

パターンA:グループのために私がやらなければ、という責任感を感じている。または責任あるポジションを任されたと思っている。
パターンB:
① 個人的目標が叶っていない。
② 活動の中で悔しい思いを抱えていて、消化し切れていない。
③ 「やり切った」と達成感、満足感を得られていない。
④ ファンに対して恩返しができたと言えるものを提供できていない。メンバー目線で、ファンが満足してくれていると思えていない。

 パターンAの場合、後輩に託せると思ったときに卒業していくことでしょう。つまり、後輩が素晴らしければ素晴らしいほど、推しメンの卒業は早まります。
 パターンBは、長く在籍している≒苦しい時期が続いている、ということになるでしょうか。
 メンバー目線において「報われた」と思える、「叶った」と思える、「やり切ったと」思える、幸福感を得られば得られるほど、卒業は早くなりそうだと考えられないでしょうか。
 そして、ファンがメンバーを褒めるほど。「あのパフォーマンスは素晴らしかった」「あのイベントは楽しかった」「あの姿が見られて幸せだ」とメンバーに幸せな思いをさせてもらう程、その時の感謝をメンバーに届けるほど。
 それが彼女達のやりがいになり、達成感になり、満足感になり。そしてファンから担わされた、もといファンに対する自らの責任だと背負った、その責任を果たせたという思いになり。
 だから卒業が早まる。なんてことになるのでないかと、考えてみたりするのです。
 「メンバーに長く在籍してほしい」というこの一点だけを考えるのであれば、メンバーが達成感を抱えると、長く在籍してほしいファンにとっては不都合になるという図式になりはしないか。
 それが記事のタイトルを「達成感の功罪」とした理由です。

 ここまで、随分と極端なことを、随分と迂遠な言いまわしで語ってまいりました。ここまで書いてみて、もう一つ、思いついた仮説があります。
 メンバーの卒業発表は、そのメンバーがアイドル活動の中で幸せになれた、幸せを実感できた証拠であり、自分のファンを幸せにできたと、自分に胸を張れる日が来たことの証拠なのではないか。
 自身を不甲斐ないと省みながら「ファンに申し訳ない」と、メンバーはしばしば口にします。そしてファンは言います。「そんなことない」「謝らないで」と。
 ファンを喜ばせられたと、もうこの先ファンに返すべきものは無いと、謝るようなことは何もないと、そう思えるからメンバーは活動を区切り、卒業できるのかもしれません。
 すると、そのメンバーの心境は、ファンにとっても望むところだったのではないでしょうか。
 メンバー自身が目標を叶え、悔しさを晴らし、満足感を得て、自分を誇らしく思える。そんな風にメンバー自身が幸福に至ることは、ファンにとって何より嬉しいことの一つでしょう。
 そしてメンバー目線でも、ファンを幸せにできたと思えるようになった。だから卒業するのだとしたら。
 卒業発表は、「私は幸せです。」「あなたも幸せだよね。」というファンへの嬉しい報告なのかもしれません。

 ・・・と、ここまで考えることはできても。
 バラエティでの活躍を何より重視する私から見て、「そこさく」「サクラミーツ」のボケ筆頭、チーム大不思議の一角が欠けることは惜しい限りです。
 そして、推しメンを問われた時にあまり名前は挙げずとも、トークを取り、ミーグリに通い、懸命な彼女のパフォーマンスに惹かれてきた私としては、卒業発表はやはり寂しいのです。
 彼女を推しメンとする方々の心中は察するに余りあります。ファンとはどうにも、ジレンマから逃れられない生き物です。

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