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不登校だった彼が太陽の下を歩き始めるとき 〜ふわり舞い込んだ朝日(生い立ちpart4)

こんにちは、そらです。
ひらがなで自己紹介するのも悪くないですね〜ちなみに本名です

今回は、前の宣言通り、不登校の暗闇の中、思索・YouTube・音楽・おばぁちゃんなどのヨスガを頼みづなとしながら、人生に差しこんだ光り輝く暁をどのように活かしたのか。

ちなみに今回の記事は、史上初めて10000文字に到達してしまったため、皆さんにおかれましては自らのペースでゆーーーーーっくりと読み進めることをオススメします。(↑この伸ばし棒は文字数稼ぎではありません🤔)

ご興味の向くトピックごとに流し読みするのも良いと思います。


さぁ、まだまだ落ち込んでは立ち直っての波しぶきは続きます。まさに北斎。では、いってみましょう!


1.メタトロンとの邂逅 〜セラピストさんは元ホステス!?

先日述べた波動医療に関して、私はその元祖とも呼べる、50年ほど前に誕生したロシア発の「メタトロン」という量子力学メソッドの機器について、具体的に知ることになりました。

もう少し述べると、先日挙げさせていただいたNaokimanさんのオンラインサロンにですね、メタトロンのセラピストさんが出演なさっていて、そのセラピー体験のヒストリーがあまりに好奇心をくすぐる、私にとってホームラン級のものだったからです。しかも満塁です。


とはいえ購入するとしたら原価1000万近い精密機器ですから、容易に手は出せない。というか宝の持ち腐れまっしぐらの運命をたどることになるでしょう(かわいそうなメタトロンちゃん..(T . T))
そんなわけで、近場にメタトロンを体験できる施設はないのかと調べたら、これまたちょうどよい近場にあるではありませんか!


いちおう実名は伏せますが(🙄< ここまで色々と出してきて?)大阪市住吉区の我孫子(あびこ)という土地にある歯科クリニックに、美容系に特化したさまざまな補完代替医療を受けられるサロンが併設されていたんですね。

その中にメタトロンやバイコムといった先端の波動医療機器がラインナップされていて、「こんなの...こんなの....居ても立っても居られない!」という気持ちが噴出したので、早急に予約を取り付け向かいました。

そしてその時は『おばぁちゃんといっしょ』でした。
おばぁちゃんはかつて我孫子で“ニッセイレディ”を務めていた過去があるので、久々の来訪。
お互いに示し合わせたようにウキウキしながらその場所へと向かったのでした。


Sola「と、その前に腹ごしらえだね! ばぁちゃんと一緒に魚べい(お手頃で美味しい寿司チェーン!←宣伝費はもらってません)でお寿司食べてチューニングしたら、さぁいざメタトロン!」


...着いたサロンは大きめの筋に沿ったところにどん!と現れる、非常に木目があたらしめの穏やかな空気が流れる場所でした。
私たち以外に、その日はひとっこ一人いないちょっと寂しい空気が漂っていましたが、その分セラピストさんと長話が盛り上がる中で、緊張をほぐし、楽しく測定することができました。

というか、そこで機器のオペレーションを担っていたセラピストさんがオモシロいのなんの!
彼女は三十路にあって、キタ(梅田のこと)の元ホステス。酒を飲んでは吐いてのルーチンをこなしていた彼女が、ひょんなきっかけでメタトロンの診療者に。「どんな運命の糸!?😲😯😬と言いたくもなりますね〜
初めは怪しんでいたおばぁちゃんも、そんな経歴と自分の経験を重ねたのか(おばぁもよくバーに飲みいっていた)、打ち解けてしゃべり合うようになっていました。


ホステスさんのことももっと紡ぎたい気持ちですが、また別の記事に頼むとして、メタトロンの内実について、実体験を交えながらさわりだけご紹介したいと思います。

メタトロンで分かることは、ざっと並べるとこんな感じ。
・現在炎症を起こしている部位
・これからなり得る疾患
・身体に合う食べ物、鉱物(パワーストーン)
・アレルゲン
・体内のウイルス、細菌
・抑圧した感情
・チャクラの活性化具合、経絡や経穴
・DNA/RNAの調査、染色体の調査 etc...


そしてさらに、いろいろな情報をつまびらかにしちゃった後で、本当の意味で病気になる前に、それを食い止めるべく周波数による身体調整をすることもできます。

ここまで聞けば多くの人は常識的な枠組みからみて、「周波数だぁ!? なんだぁそれ? 怪しいなぁ〜〜🧐となる話ですが(私もなってました笑)、いろいろと調べれば、もう先端科学の領域や海外の医療業界ではあたりまえのおはなしになってきているんですね。


その思い込みはまさに、“視野狭窄による井の中の蛙”という、私たちの現状の本質を突くかのようなものだと思います。


とはいえ、いままでいくら西洋医学的な見地に基づく検査に右往左往してもわからなかった身体的不調が、“なりやすい疾患” “炎症部位” “感情”などを通して「なるほど」と腑に落ちていくなかで、波動医療が根本的に人々の世界観を塗り替え得る可能性を感じ始めました。

また、本来は継続的なセラピーをすることが肝心の波動医療ですが、それを機器を使わず続けられるように、“転写水”なるものをもらいました。
転写水とは、何をただの水に転写すると言うのか?
それはきっと、何らかの周波数的な情報です。
それを込めた水は、飲用することでその情報通りの効果を身体に与える、というふうに私は解釈していますが、これもまた随時、新しい解釈があれば記事化してお届けしたいですね〜。

なぜそこまで詳しくわかってしまうのか、私にはまだまだ探求しがいのあることなので、これからは、波動機器ではメジャーなメタトロンの家庭版とも捉えられる、ホームセラピーシステム(通称、HTS)さんを使った体験記を、詳しめに投稿していくつもりです。
そしてそのHTSさんとの出会いはこの記事後半部で詳しくご紹介☆


このようにメタトロンを通じ、心をほどいてくれる優しい心を持ったお姉ちゃんにも出会え、私はとても満足感を覚えていました。

そんな彼女は、歌でたとえるなら「こ~い~しちゃったんだ~ たぶん~ 宮古島に~♪」という感じで、LOVE宮古島🫶 沖縄の宮古島への移住を夢に掲げていました。
(それを聞いたおばぁちゃんは大阪の都島と思ったようで爆笑していた。そら笑うわ!😆)

そして2ヶ月後の7月9日。私も水を得た魚のように、沖縄へ弾丸一人旅行に行くことを決めました。
それは母がためてくれていた学費のための貯金
約¥900,000を「あんたの人生に活かしてね」と、自由に用いる権利を譲ってもらえたこと
に起因します。


この場を借りて、大いなる感謝を捧げ奉りたいと思います。本当にありがとう! おっかさん!!💞


2.旅する惑星 〜ゆきたい場所へゆく遊行の記録!


と、沖縄旅の記録を綴り始める前に、すこし前夜談を書いてみます。
私は昨年の11月から、今までずっと引きこもっていたにも関わらず、なぜか突然アウトドア派に転じるのです。

というのも多くの革新的な情報に触れて世界観が更新されていく過程(※前回を参照)で、パパの生駒山の会社にいってお手伝いをしたり、初めて会う人たちと家族ぐるみで飲み会をしたりと、選択肢は限られているものの、そういう社交的な体験を通じて、発泡スチロールから段ボールくらいには心の強度を高めていたからだと思います(そんなに強くなってなくない..?)

ある日突然、いつものように家で目覚めてハッと閃くのです
「わたしには、お小遣いがある!そして電車に乗ったら、好きな場所へゆける。それはすごい自由なのでは!?」
まだすこし怖さはあったものの(玄関の前でためらって立ち尽くすことも何度かありましたよ〜!)、大阪メトロに揺られて堺の「なかもず駅」へ。
そう、百舌鳥(もず)といえば、古墳ですね。

応神天皇陵古墳! この辺り、なんだか心が清々しくなる場所でした

でも大事なのは行った場所よりも、「はじめて自発的に、誰かの意思に頼らずいきたい場所を設定して旅をした」ということ。
非常にココロオドル、新鮮さと清々しさに満ちた旅。

そこで気づきましたよ。

本当のわたしは、家の中で引きこもっているよりも外で清々しい風に吹かれて深呼吸したり、木漏れ日にあたってただぼうっと時間の流れを感じたりしてる、そんな何気ない瞬間にささやかな幸せを感じ取れる人だった!という素朴な事実に。

きっと本当は誰もがそれを感じるはずだとも感じました。

それからというもの、
徒歩で大阪市を歩き回り住吉大社や磐船神社(パパの地元です^_^)へ行ったり、
電車では京都へ遠出し、三十三間堂・清水寺・八坂神社・平安神宮・知恩院・南禅寺etc..
別の日には叡山電鉄(えいでん)で鞍馬山を死に物狂いで登ったり。
奈良にも行きました。纏向遺跡や大神神社(おばぁちゃんの名前も“みわ”笑)など由緒ある聖域へ
また兵庫へは、父方の祖父の眠る西宮の甲山霊園へ足を運んだり。

三十三間堂 堂内は圧巻の仏像群! どんな精神力があればあの量の仏像さんを作れるんだろう!?
鞍馬駅前の天狗像 赤いソーセージみたい
大神神社の古式ゆかしい鳥居 年季入りすぎ!
河内長野から山道を歩く 帰りに警察の方に「帰れる?」と訊かれました
石上神宮 コケコケ鳴く鶏さんを間近で見れる
西宮・夙川のせせらぎ
甲山をダム湖畔から眺める 雲が天使のは~ね~みたい


この頃は、旅をすることがアイデンティティの端っこに記録され始めた時期として、振り返ることができます。

なぜこんなに外に出られるようになったのか!?
これは理由があって外出ができない方や出不精の人々にとって、ひとつの解決の糸口になるかもしれませんし、参考になるかもしれません。
もちろん、先ほど述べた通り外で感じられる空気とか太陽の光が私らしさの端緒だと感じるのも一因であることは間違いなさそうです。

でもこれに関して異なる側面から暴くなら、脳神経学的にいう、いわゆる“報酬系”の話にひとつの帰着を見ることができる気がするんです。

要するに、
「外に出られるのは、すごい!そして、褒められるべきものだ!」

...実際に褒められるかどうかは別として、たんにこう信じていたからこそ、おばぁちゃんや誰かに“褒めてもらえるえらいこと”という定義をその行動に付与することでようやく、心の赴くままに外の世界を浴びることが叶っていたのかもしれませんね!

そして、なにより自由を感じられたからでしょう。
家の中では不自由を感じたからこそ、それに対するレジスタンス(反抗)から招いた結果である感もあります。

とはいえ、ここからは別側面からの考察ですが、
不登校と一口に言ってもきっとその原因はネガティブなものからポジティブなものまでさまざまで(もちろんその出来事をどのように扱うかはその人次第であることは了解しています!)、Solaの場合は学校を"監獄のような空間"として定義していて、そこに縛り付けられることを拒む無意識のアラートが不登校を引き出したとするならば.....


外見のコンプレックスから母に「死にたい」とLINEを送ったり鏡に電動カミソリを叩きつけたりして布団に倒れ込むといった絶望の渦中にあった時期は、外出困難だった頃もありましたが、あるいはそれらを経験した上で、周りにあるものの多くに支えられて自分の足で立つという完膚なきまでに仕組まれたシナリオが用意されていたのだとすれば、ここにひとつの学びの道のりがあって、お膳立てがあったように感じるのです。


すなわち、どんなつらい出来事も、“もっとも自分らしくこの宇宙で輝くための要素がなんであるかを知るために経験すること”、なのだとすれば、前々から言っていますが、本当に無駄なことはないように思えます。


だから、いま引きこもりのお子さんを抱えている方や、自身が外出困難であるという境遇の人も、そこでの体験は「かけがえのない財産」としてこの先認識されることになるから、絶対に大丈夫! いつかの伏線回収のために今の出来事はある。だからモーマンタイ! そう信じる限りは絶対に大丈夫だよ!!(大切なことなので3回言いました!)


わたしの行き当たりばったりな旅の記録については、NoteとAmebaブログを行ったり来たりで軽快に綴っていく所存です♪
興味が向いたらぜひのんびりとご覧ください。

3.いざ沖縄 〜歯車の動きは神のみぞ知る


沖縄へ旅することを決めたのは、本当に唐突でした。
なんと当日のたったの3日前に思い立ち、ホテルや飛行機をスゴい勢いでバッチリ押さえて、おばぁちゃんのお見送りを受けながら早朝8時、関西空港より飛翔したのです! (なお、チェックイン時刻5分遅れで到着したらもう予約便には搭乗できず、次の便の空席をサービスカウンターで購入しました。返金はないのでみんな気をつけてね(T ^ T))


さて、沖縄自体は過去に再婚した義父(以降、愛称からヒロと呼ぶ。多分この記事ではもう出ないけれど笑)の出張についていって、1週間ほどルンルンで滞在しました。

美ら海水族館・沖縄ワールドなど観光地で私たちを映した写真はあるけれど、うたかたの夢のような淡い風景しか思い出せないのがもどかしい...🥺


今回の旅はといえば、ざっくばらんに行程を披露させていただくと、
7.9 那覇空港〜首里城〜名護
7.10 名護〜斎場御嶽久高島〜那覇の松山
7.11 那覇の松山〜国際通りうるま〜那覇空港

といった具合でした。
その中でピックアップしたい話題を幾つか取り上げて簡潔に見ていきましょう。

【1日目 緩急が人生の本質】
 まず短兵急な交通手段として「ゆいレール(沖縄唯一の電車で、モノレール)」に乗り、硬めの椅子に腰掛けて目を瞑りながら、琉球の深い歴史を伝える首里城へと向かいます。

 当時は“散歩猛者”の異名をほしいままにして(勝手に名乗って)いたこともあり、最寄り駅から3駅ほど手前で下車し、歩いていると空腹を実感。
 腹ごなしに歩いていましたがもはや単なる苦行と化してきたところで、「もう次見かけたお店に入る!」とイヤイヤ期になって坂を登り切ったところで入店したのが、そう、まさにスパイスカレーを提供するカフェでした。

 スパイスカレーを眺めると見出される“調和”としての在り方に、わたしは心を打たれたのです。

 そしてからに、ここからわたしのスパイスカレー珍道中が真心を込めてスタートするのですが、こんなに嬉しい“偶然という名の必然”(ロード○ブメジャー?)はありませんね🥳


さて、防音シートに覆われた首里城の城壁内をひととおり散策したら、おみやげを(初日から😅)買って手荷物を増やしつつ、高速バスのターミナルがあることで知られる旭橋駅に行くべくゆいレールで数駅もどり、沖縄自動車道を通じて名護までスキップしました。

 不登校だったものの、意外にもいわゆる社交力とコミュ力(わたしはあまり○○力で人を判断する必要はないと感じていますが、ここでは便宜上つかわせていただきますね)のあったSolaはわからないことが噴出したら、嗅覚で知ってそうな人を選り分けて、「秘技:“すみませ〜ん”アタック」で情報を得ます。
(そんなに秘技でもない笑)

 さて、名護では、21世紀の森ビーチと呼ばれる埋め立ててできた海岸沿いの芝生公園と砂浜があります。
 このそばに泊まるホテルがあったので、くたくたになりながらもスタコラ散策し、夕陽にうつる海を見たときには「今ここに至るまでいろいろ苦難の道のりだったけども、まだ命が続いていることへ感謝しなきゃなぁ...」と思い出したのでした...

ビーチから望む名護湾の夕陽が浦
ふと見上げたら虹⭐️

 しかし沖縄の空模様はチョーーーー気まぐれ。妖怪ウォッチでいえばジバニャンです🐈。
 晩ご飯のお店を探してほっつきまわっていると、急な大粒の雨が!! 「ぎゃぁぁぁーー!!」と急いで近場の“街のお寿司屋さん”に逃げ込みました。
 そこで感じられたのは、沖縄の人たちの間を流れる牧歌的なスロームードです。
 なんでも効率を求めがちな私たち都会人も取り入れたい空気感だと感じましたね。
 一家に一人、沖縄人が欲しくなる。そんな素敵な感性の方たちと触れ合うことができましたね😊


 その夜....ホテルのカードキーをもったまま徒歩8分くらいかけ、おにぎりを買いにローソンへ行ったのが運の尽き...。
帰り道で土砂降りのスコールに見舞われて、シャワー後に着替えた服もびちょびちょに! しかもどこかにカードキーを落としてしまいます。
 弁償も覚悟しましたが、幸いにも雨も上がり、そしてローソンに落としていたことが判明してなんとか磁石のように懐へかえってきました。
 「こんなこともむしろ旅行の醍醐味だ!😎
 ある意味想定外の事態が起こる様は、ハリウッド映画のようなものだと捉えると楽しいですよ!

 私は子どもの頃よくテレビで『ダイ・ハード』が流れていましたが、のどかな映像に終始せず、迫力ある刺激的なシーンが差し挟まれることで、緩急をもった上手な脚本になる。映画にたとえることで、心がスッと軽快になりましたね..


【2日目 災難はつづく】

 朝のまばゆい光に照らされて、海岸を眺めて「良い景色..」と感慨耽っていると、やはり頭に浮かんでくる“時間”に頬をビンタされ「チェッ..」となる旅行の名残惜しさ。
 そのまま急ぎ足でスタコラ高速バスに乗り込み、那覇で乗り換え南城市へ向かう。

ちなみにわかりやすく図示するとこんな感じ

 名護
   ↓
    ↓
    ↓
    ↓
   ↓
  那覇
    →    →                             → 久高島
        →   →  南城

 (わかりやすいか...?)

 とはいえバス移動がメインだった今回の旅路ですが、ここまでの行程でかなりバス移動に慣れてきて、<高速バス、尿意感じたらもうダメ説> もなんとか水分摂取量の調節などで乗り越えてこれました。


 そして世界遺産の祈祷場、斎場御嶽(せいふぁうたき)を少し勇み足で見学し、足がツルッとなりそうになりながらも無事帰還!
色黒お兄さんの商売魂に逆らえず購入したグァバジュースを片手に、20分くらいかけて安座間ビーチへ向かいます。

斎場御嶽の有名なところ
御嶽領域から望む久高島。遥拝所だったそう
グァバジュースと燦々灼熱の太陽
猫耳みたいなふたごの山

 燦々の太陽をダイレクトに浴びながら、猫耳みたいな山と広大な海に挟まれた安座間港でフェリーチケットを入手し、一人では初のフェリー!
 行き先は琉球神話における神の降臨地、久高島!
 初めは「外のイスに座っていたら景色を楽しめるじゃん!」と息巻いていましたが、轟音と燃料臭の二大巨頭がつねにそばに居座り続けるので、出港前にいったん外席を楽しんだお兄さんが颯爽と室内に戻って行った理由がわかりました。

 そして久高島に上陸すると、レンタサイクリングで島内を動き回ることにします。
 「こんなにも漕ぎやすくて、なんてラクなの..!!」と初の電動自転車に感動もしました🥹(母親の気持ちを初めて理解できました)
 島の北端、神を迎える場所ではたったひとり、心地よい風と波濤を聞きながら、ここまでやってこれた道のりに切なさや嬉しさが入り混じった心洗われる気分になりました。

フェリーから望む久高島
かわいいねこ
北端の、通称ハビャーン(カベール岬)


 2時間ほど滞在すると、またフェリーとバスをつかって那覇までUターンしました。
 今日のホテルは、料理屋がひしめく松山という観光地区にあります!
 たまたま見つけた美味で豊富な沖縄料理を楽しめるお店でひとり、順々に気になるものを頼んでいって、止まらなくなった結果、血管がはちきれそうになるほど満腹になりました笑。
 ギャル○根さんもびっくりの“人生でいちばん食べすぎた日”としてこの日は記憶されました。
 (皆さんも腹八分目を大事に..👆バタッ 😅 <ダイイングメッセージ...)

 その後... お恥ずかしながら昨夜ホテルで洗濯機にパンツをいれたまま置き去りにしてしまったSolaは、ちょっと強がりで歩き30分くらいのところにあるダイソー(身近な安心感)まで買いに行きました。
 無事買えて胃腸も違和感なくなってきた帰り道、少々図に乗った哀れな彼は、「mapなしで帰ってみよう!」と意気込んでいましたが、やはり方向音痴。「map見なきゃ始まらない!」となりmapアプリで方向を探索するのですが! それでも一向に帰りつきません。

 西に行こうと右に曲がったら北に直進しています。気づけば全く知らない裏道にいました(方向音痴ランクS)。

 そこで通りすがりのTaxi(意外とよく走ってますよね)をキャッチして会話にかまけたのが2度目の運の尽き。

あろうことか車内にぽいとケータイを置き忘れてそのままホテルの部屋まで戻ってしまったのです😱

 とはいえ当時の私にはどこで失念したかはっきりした確証はありません。はじめは気にしないフリをしていましたが、翌朝からは身を粉にしてやれる手を尽くすことになります。

【3日目 歯車はケータイを忘れて】

 とはいえ、後から振り返ると“その意味”がなんだったかがわかるのが人生の妙味!
 映画においても登場人物が運の尽きと思ったシーンの次のカットインには運が良いと思えるシーンが入る。あまりにもやさぐれた性格(笑)じゃない限り、誰しもがそういうことを実感できるはずでしょう。

 では少し昔話風に...
 「Solaは朝起きてからずっと、神経が昂っていました。フロントのホテルマンに尋ねたり、監視カメラ映像を調査してもらったり、ホテル周辺の溝を覗きこんだり、ちょっと怪しげな動きをとっています。
そんなところにスマホはないはずなのに...
そのときの彼はきっと、スマホが独り立ちしたくて自らの意思でどこかへおさらばしたことなどまだ知る由もなかったのでした。そして一旦あきらめてメリハリをつけた彼は「もう今日帰るし、国際通りでお土産買おう!」と前向きに言い放ちます。」


 「そしてやはり方向がわからない!! 東西南北すらわからない!!!
こんなときは「秘技!:すいませんアタック」だ!!
庇の下にいた黒かばん背負ったスーツの人に尋ねてみると、「私も出張でよくわからない..」と返されます。 「あぁなるほどぉ..!」
感謝を告げ、がっかりだぁ..とショボンとしていたら向こうのほうから何やら日焼けした青年がやってくるではありませんか。
その彼はおもむろに腕を振り上げてこう言いました。
「国際通りはあっちですよ」「本当ですか!? ありがとうございます」
物語はここで終わりません、終わりとは何かの始まりのことなんですから...」

 それから実に奇妙な出会い方ではあるものの、「ケータイを探す」という建前をよそに、かなり似たもの同士の彼と2人で、仲良くおしゃべりをしながら那覇をたっぷり観光しました。

 43年前に和歌山で生まれた彼は、「大阪は庭」みたいな幼少期を過ごしたそうで、大阪にまつわる四方山話も弾みました。そして最近、マリンスポーツ好きが高じて那覇へ移住してきたんだとか!

 そして、金曜日にも関わらず3,4時間くらい、ケータイのありかを求めて彷徨い歩き、一緒にサンドイッチを頬張ったり、国際通りの商店街でお土産を買ったり、お香をプレゼントしてもらったりして今までにないほど充実した旅のメモリーを得られました

 「あなたは一人より誰かと一緒にいた方が楽しめるのよォ! 確かにちょっと怖いかもしれないけど、実際はそうなのよねェン..」と、愛しのマダム(いつか記事に)に諭されているかのような厳粛な気持ちになった彼でありました。 

めでたしめでたし!


 さて、ここから先がようやく記事前半の波動測定器と関係深い記録になります。
 Solaは馬の合う彼とバス停へかけていきます。
 「間に合えぇ!」とえっちらおっちら走りました。
 そして無事別れを告げ、バスに乗り込み私が向かった旅の締めとなる最後の目的地はうるま市。
 そこへは事前予約済みのユタさんに占い鑑定(本当はただ雑談したいだけ)してもらいに行くのです。

 うるまについてから、またもや場所がわからなくてうろちょろうろちょろしてると、20分遅れぐらいでようやく、ユタさんの邸宅に辿り着きました。
 (このときも"あの"秘技が役立ちました)

 今回出会ったユタさんの鑑定方法は、琉球四柱推命とその他の占術、そして霊的直感力を組み合わせた複合技です。さらにはこの道50年以上の大ベテラン!


 そして奇しくも私のおばぁちゃんと同い年(64)でした。
 ちょうど生まれ年で厄年などを見るタイプの占術でもあったので、渡りに船な一致にお互い驚きを隠せませんでしたね。
 そして早速、面と面を突き合わせての占い鑑定(雑談)が始まりました。

 まずはスピリチュアルやオカルトへの興味をもっていることについて、訊ねました。
 ユタさん👵「九星気学でいうと、あなた、私と数がおんなじなのよね。この星の人は“スピリチュアルと科学の間を探究するのを好む”性質を秘めてるのよねぇ〜」

 Sola👦「そうなのですかい!? 面白いですね〜🤭」 

 そんなふうにユタさんとの共通点を感じるときは舌を巻くこともしばしばありました🐕。
 そうして家族関係や私の将来像などについても、通りいっぺん話を深めて緊張をほどていく中で、ついに波動医療の話題へとフェードインしていきました。

 Sola👦「あの、メタトロンって知っていますか?」

 ユタさん👵「知ってるもなにも、やってるよ〜!」

今日一番大きな声が出る私でした。

 ユタさん👵「確かにメタトロンはいいもんだけどね、やっぱり高いから、もし買うんだったらホームセラピーいいよ」

 Sola👦「はぁ! そんなものがあるんですか」

 ユタさんもそのホームセラピーを使用しているとい
うこともあり、彼女がその存在とそれを購入する道標を私に示してくれた感じです。
 今思えば、それがなければこのブログも始まっていませんでした。運命の赤い糸を手繰り寄せたらこうなるなんて、当時の私にとっては「聞いてないヨォ!?」ナビゲーションでした。
 そのことがわからないからこそ、驚いたり楽しんだりまだ未体験のことに思いを馳せてワクワクしたりすることができるのでしょうね!

 そして読者のあなたが私だとすれば必ず気になるであろう、ケータイの在処について、神妙な面持ちで聞いてみると、これまた意外にもスタイリッシュな返答でした。
 ユタさん👵「“統計的に”トイレの中じゃないの? これは嘘言いたくないから能力とかじゃないことは言っておくけど」

 Sola👦「確かにご飯の後トイレに行った!! けどその後もにもあったんですよねぇ...」 

 そのユタさんと私の共通点は、まさに“真摯に人と向き合う姿勢”なのだと実感したのでした...!

 最後の去り際、少しいやらしい質問を突拍子もなく投げかけてみました。

 Sola👦「何か他に霊的にミえることはありません
か?
🤭

 ユタさん👵「そうねぇ...(頭に手をあてる) 27歳で...本を書いてるよ!」

果たして、この預言は具現化されるのでしょうか?それともパラレルワールドのお話になるのでしょうか? 楽しみで仕方ありませんねぇ!

 帰りは黒糖のかたまりを100個くらいもらって、お弟子さんに車で空港まで送還してもらいました。
 そして、無事沖縄への旅を終えた....かったですが、飛行機数機が悪天候で空港への着陸を手間取っていて、あれよこれよと時間が経つうちに終電が終わっていました。あらららら。

 しかも、ケータイもない! あららららら。

 午前0時30分という時間帯で、なかなかタクシーも走っておらず、「最後の秘技:タクシー呼んでもらえませんか?」を発動することを不承不承ながら決めたのでした。
 コンビニの店員さんに呼んでもらって、なんとか乗せてもらえましたが、家に着く頃には、メーターの数値が25,000と。そして着いた瞬間に、一気に2000、ボンッ!!!!と増加しました。高速料金とのことでした。ま、まぁこんなことも、ありますよね〜笑😐(顔が笑っていない人)

とても楽しくて、もしかしたら三日間のうち、どこかで一回くらいは背後で爆発の演出があったかもしれませんが、最高に密度濃い時間を過ごせたことに心の底から感謝しました。

(ちなみに、ケータイは後日タクシー会社にあることを妹に突き止めてもらい、ヤマト運輸さんで郵送していただきました。ご迷惑をおかけしました🤯)

  〜しかしこのケータイ紛失事件はまだまだ"序の
   口"の出来事なのであった...(伏線)

4.沖縄の旅を終えて 〜今なにを思う?

初めは外に出るのなんて怖くて怖くて二進も三進もいかない窮屈な感じでした。

でも、しだいに内に籠ることにも嫌悪感を抱くようになってしまった。なぜなら、何もしていないことを自分が誰かから執拗に誹られる、そんな被害妄想がたびたび湧き出るように内的世界の変化が訪れたからです。
そしていつの日か、意を決したあの日から、いまはそのバランスの取り方を、要領得てきたように感じます。

今の私が思うに、いままで巣を離れて自分の意思に基づき動き回ることに臆病風を吹かせていたにも関わらず、親元を離別するカッコウのように巣立ち、右も左もおぼつかないところで懸命に歩むことができたのには、二つの側面が私の心に宿っていたからだと思います。

1つが、日常にあふれる物事をユーモアをもって楽しむ心
2つが、逃げることを恥じず、堂々と現実逃避しちゃう心です。
もしかすると、この二つの心に私の生来の才能が表現されているかもしれません。

ここまで書くと、「ハイハイ、単にあなたが“強い精神力の持ち主”だから、そういうことができたんじゃないのかキエェェェ!」と勘違いを招いてしまうかもしれませんが、それはまったくの誤解なのです!

誤解をほぐほぐするためにも私の強さの定義を共有させてください(ホクホクはこっち→🍠 心の声:芋掘りに行きたい..)。

私の観点における強さとは、弱さや迷いをもっているからこそ、持てるものです。
なぜなら強さとは、単に行動力や発想力があるということではなく、湧き上がる弱さや迷いを抱えてその上でそれを否定せず、優しく包み込んで歩いてゆける力なのだと、わたしの体験はわたしに教えてくれたからです。


そんな感じで、誰もが強さをすでに持っているのです。人間として生きているということは、誰でも自分が弱いと感じることはあると思いますが、"それがなければ本当の意味での強さも持つことはできない"と、自負しています。表裏一体、だからこそ見誤らぬよう、油断大敵!なのですね。(🫠←こちらは油分大滴)

美しい夜空のお月さまに願いを込めて.....また次回へと続きますように🤲

鞍馬山にて。体力がないのに無謀な登山を始めてしまったとき、ふと見上げた先にあった自然の芸術

※ちょっと投稿頻度を落とします、ご理解なにとぞ!

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