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叩き上げの人生が、時代の壁に砕け散るとき―営業部長の私がカウンセリングに来た理由

重い扉を押し開ける。そこには、自分でも信じられないほどの「弱さ」が待っていた。言葉にならない叫びを、見知らぬ誰かに委ねる。それは敗北ではなく、静かなる再編の始まりであった。初めて座るその椅子は、今の私にはあまりにも柔らかく、そしてあまりにも心許なかった。



都内で足を止めた、ある月曜日の朝

私は現在、50代後半。社員数名から始まった証券会社で営業部長を務めています。これまでの人生、いわゆる「受験勉強」とは無縁で、現場で汗をかき、泥臭く数字を積み上げてきた自負がありました。まさに、叩き上げの営業畑一筋です。

しかし、最近の私は、自分でも信じられないような状態にあります。

きっかけは、月曜日の朝でした。いつものように都内のオフィスへ向かおうと連絡駅で乗り換えようとしたとき、突然、心臓がバクバクと激しく打ち始めたのです。動悸というにはあまりに重く、視界がふわふわと浮き上がるような感覚。会社に行かなければならない、責任を果たさなければならない。そう思えば思うほど、足がすくんで動けなくなりました。

結局、私はそのまま会社に向かうことができず、近くのカフェに逃げ込みました。「カフェで仕事をする」とメールをとりあえず打って、何時間も動けない状態でした。動けるようになったら近くの心療内科を探しました。しかし診断は「異常なし」。ただ、不安を和らげる精神薬を処方されただけでした。

薬を飲んでぼーっとした頭で、私は「なぜ、こんなことになってしまったのか」と自問自答する日々を送っています。

「ロジカル」という名の黒船と、私の居場所

なぜ、私がここまで追い詰められたのか。その背景には、ここ2〜3年の職場環境の変化があります。

かつては社長と私の二人三脚で、個人商店のような感覚で回していた証券会社でした。しかし、組織を大きくしようとする過程で、外部から一人の「専門家」がやってきたのです。大手自動車メーカーで要職を務めていた、田中(仮名)という男です。

彼が入ってきてから、社内の空気は一変しました。彼は緻密な評価制度を作り、事業計画に「ロジカル」や「MECE(ミーシー)」といった、私には馴染みのないビジネス用語を持ち込みました。有名私大出身の社長と、高学歴で洗練されたロジックを持つ田中さん。二人がディスカッションを始めるや、私はそこに入っていくことすらできなくなりました。

「で、結局、君はどうしたいの? その結果をどう導くつもり?」

田中さんからそう問われるたび、私の思考は停止します。今まで私は「とにかくやってみる」「現場の空気で判断する」というスタイルでやってきました。部下を育てるのも、一緒に汗をかきながら自然と背中を見せる、まさに昭和の職人かたぎのようなやり方でした。しかし、今の会社で求められるのは、ゴールから逆算し、すべてを論理的に説明するというスマートなやり方です。

指示が不明瞭に聞こえ、聞き返すことすら怖くなる。会議で自分の考えを否定されたわけではないのに、言葉が記号のように聞こえてきて、最終的には「もう分かりません、無理です」と匙を投げてしまう。そんな情けない自分の姿に、私は日々、強い劣等感が膨らんでいきました。

「叩き上げ」の誇りと、癒えない傷跡

私は今まで、厳しい環境に耐えてきた自負がありました。 若い頃は、最初に勤めた会社では、ワンマン社長から怒鳴られ、椅子を蹴飛ばされ、ときには灰皿が飛んでくるような、今でいう「超ブラック」な環境でした。「やるんか、やらんのか、どっちや!」と詰め寄られ、必死に「やります!」と答える。そんな世界で、私は営業成績を上げ続け、生き残ってきました。

当時は、それで良かったのです。論理なんてなくても、根性と結果があれば認められました。

しかし、今の社長や田中さんは、決して私を怒鳴りません。むしろ「みんなで考えよう」「期待しているよ」と、丁寧な言葉をかけてくれます。それなのに、今の私には、その丁寧な言葉のほうが、昔の、飛んでくる灰皿よりも、鋭く心に突き刺さるのです。

「自分の意見が間違っているんじゃないか」「こんな低レベルなことを言ったら、バカだと思われるんじゃないか」。相手の顔色を伺い、望まれている答えを探すだけの自分に成り下がった感じです。営業部長という立場にありながら、相談できる相手は社内に一人もいません。同じ目線で悩みを分かち合える戦友もおらず、孤独だけが深まっていきました。

言葉を紡ぐことで、見えてきた景色

家庭に帰っても安らぎはありません。パートナーは、私より少し年上の、非常に芯の強い女性です。「甘えるな、さっさと会社に行け」というタイプの彼女に、今の私の弱音は通用しません。彼女に相談しても、事態は悪化するばかりでした。

そんな袋小路の中で、私は初めてカウンセリングの扉を叩きました。

今日、カウンセラーの方にこれまでの経緯をとりとめもなく話しました。営業部長としての重圧、新しい「ロジック」への恐怖、そして自分を「バカなんじゃないか」と卑下してしまう苦しさ。一つひとつを言葉にしていくうちに、自分の中で絡まっていた糸が、少しずつ解けていくような感覚がありました。

話したからといって、すぐに明日から元気に会社に行けるわけではありません。動悸が消えるわけでもありません。でも、「私は今、こういう状況に置かれて、こう感じているんだ」と客観的に自分を見つめることが、今の私には必要だったのだと思います。

「叩き上げ」という誇りが、現代の「ロジカル」という壁にぶつかって砕け散った。それは、私が無能だからではなく、未来から逃げ出しているのではなく、ただ「戦い方のルールが変わった」だけなのかもしれません。


カウンセラーによる見立て:成人期としての課題

今回の相談者である彼は、一見、精神的な退行を見せているように思われるが、その本質は「成人期」における成長課題との直面である。彼は長年、泥臭い営業現場での成功体験を積み重ねてきたが、現在の組織が求める「抽象的思考」や「戦略的ロジック」という、これまでとは違った成長段階の要求に対して適応障害を起こしているのである。どちらがいい、悪いのではない。ルールが変わっただけなのだ。

特筆すべきは、彼が「自分はバカだ」「ついていけない」という強い自己否定に陥りながらも、部長職としての責任を放棄せず、最後まで踏みとどまろうとしている点である。これは、彼の自我が成人としての健全な責任感(ジェネラティビティ)を保持している証拠である。彼の「動悸」や「浮遊感」は、これまでの自己像(アイデンティティ)が崩壊し、新たな自己を再構築するための産みの苦しみ、すなわち「中年の危機」における正常な反応と捉えることができるだろう。


カウンセリングルームを出る私の背中は、来た時よりもわずかに伸びているように感じた。「絶望の深さを測ることは、自分の輪郭を取り戻す作業でもある。」どこかの小説で読んだ一節が蘇った。こころの暗闇の中での対話が、凍てついた心を少しずつ溶かし、再び歩き出すための微かな熱が生まれたようだった。

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