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🖌️暴走もちこ~心だけフルスロットル/🧙【魔女になる夢】

――静止画なのに心だけフルスロットル――

絵画教室は、私にとって楽しいところだ。
……のはずだった。

二年半前、父の介護で生活が慌ただしくなり、
私は絵画教室を休みがちになり、そのままやめてしまった。
絵を描く気力がなくなったわけではない。
ただ、人生の方が、ずっしり重かった。

父は今、入院して少し落ち着いている。
そこで私は思った。
「今だ。今しかない。継続は力なりだ」

こうして十一月、私は絵画教室に復帰した。

正直、覚悟はしていた。
「振り出しに戻る」
また鉛筆デッサン地獄だろうなと。

ところが先生は、私の昔のスケッチブックをぱらぱらとめくり、
途中で止まっていた風景画の水彩を見て、
あっさり言った。
「これ、続きを描いていいよ」

え、いいの?
二年半、放置プレイだったこの絵を?
もちこだけ老けて、絵だけ若いままのこの一枚を?

そして先日、
「完成でいいよ」
と言われた。

二年半越しの完成。
……ただし、私は確実にへたくそになっていた。
子供の絵みたいだ…もとい、子供の方がうまい。

志摩地中海村--完成と言われたので完成(異論は認める)

線はヨレヨレ、色はビクビク。遠近感もぐちゃぐちゃ。
でもなぜか、落ち込まなかった。
下手になった分だけ、ちゃんと生きてきた気がしたからだ。

(だが、ビフォーのほうが確実にマシだった)

ビフォー…石垣島


ビフォー…白川郷

小学生に完全敗北

そんな矢先、
年末は早めに実家に帰省することになり、
教室を別の曜日に振り替えてもらった。

行ってみたら、
そこは小学生(低学年)だらけのクラスだった。
大人は、私と、
油絵を鉛筆デッサンで模写している男性が一人。
完全アウェイ。

小学生たちは、まあ、自由。
恐竜図鑑を見て恐竜を量産する男の子。
ログハウスの写真を見てクレヨンで描く女の子。
金魚鉢とテーブルを、水彩で静かに模写する女の子。
子どもたちは、ぐんぐん、すいすい描いている。

うまい。
というより、迷いがない!

先生は子どもたちに引っ張りだこだ。
小学生相手だと、目じりが下がっている。
大人クラスにいるときは気取った芸術家が、ただの子供好きなおじさんになっている。
ああ、この人も「描く楽しさ」を分け合っているんだな、と思った。

一方、私はというと。
ブランクあり。
下手になった自覚あり。
なのに
「大人だから、うまく描かなきゃ」
という、誰にも頼まれていないプライドだけが絶好調で、
筆が全然進まない。
楽しそうな空気の横で、固まっている私。
心だけは焦っている。

完全敗北。

本当の私は、
デッサンなんてそっちのけで、
もっと抽象的に描きたい。
もっと大雑把に、子供のように自由に描きたい。

魔女になる夢


私はグランマ・モーゼスに憧れている。
七十代で本格的に絵を描き始め、
八十代でニューヨークで個展を開いた人だ。


グランマ・モーゼス「魔女」

彼女は冗談めかして、
「私はほうきではなく、絵筆に乗って世界を旅する魔女なのよ」
と言っていたそうだ。

なんて、かっこいい魔女だろう。

グランマ・モーゼス展の副題は
『素敵な100年人生』だった。

彼女の絵が好きなのはもちろんだけれど、
その生き方が、たまらなく好きだ。

何かを始めるのに、
人生に遅すぎるなんてことはない。
彼女は、そう言わずに、
生き方そのもので教えてくれる。

……なのに私は。
小学生の前で固まっている。

暴走もちこ。
体は静止画。
心だけフルスロットル。

妹は昔、私にこう言った。
「もっちゃんは、一見おとなしくておしとやかだけど、
性格はマンガだよね

今ならわかる。さすが妹よ。
あれは悪口ではなく、
本質を突きすぎた評価だったのだ。

子どもは「描きたいから描く」。
大人は「うまく描かなきゃ描けない」。

大人って、どうして描けなくなるんだろう。

たぶん、
描けなくなったんじゃない。
失敗を怖がるようになっただけだ。

グランマ・モーゼスまで、
まだ時間はある。
私はまだ、ほうきにも絵筆にも乗れていないけれど
とりあえず、絵画教室には通っている。
とりあえず、一歩は踏み出した。

いつか、
うまく描こうと大人ぶっている私が眠って、
暴走もちこが覚醒したら、そのとき私の絵筆は自由に暴走し、魔女に近づくのかもしれない。
(たぶん毛利小五郎方式)

今日もお越しくださりありがとうございます。

#かなえたい夢


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