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休むということ#5 : 働いていたら、一生できなかったこと

「世の中の大事なことって  たいてい面倒くさいんだよ」

宮崎駿監督のセリフだ。
2008年8月5日、NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀」で、紙にペンを走らせながら「面倒くさい」を繰り返す。

めんどくさいっていう、自分の気持ちとの戦いなんだよ。
「面倒くさかったらやめれば?」
「うるせえな」って、そういうことになる。

大切なことは、面倒くさいからってやめられない。


休むって、面倒くさい?

こんなセリフを思い出したのは、自分が考えた「休み方」が、とてつもなく面倒くさいことに気づいたからだ。

朝、目が覚めると、瞑想にマッサージ。
冷えと鉄不足のために、鉄瓶で白湯を沸かす。
午前中は、主治医のリハビリのプログラムをこなす。

(退屈だな・・・)

TVerで昨夜放送のバラエティをつける。
笑いにつられて、また呼吸が浅くなる。

部屋を見渡すと、
昨日の新聞と洋服がそのままになっていた。

テレビ音をBGMに、ぼんやり思う。
冷たいコーヒーが飲みたい。
冷凍フルーツたっぷりのアサイーボウルが、食べたい。

(でも、体が冷えるな・・・)

白湯とお灸で温めた体を、再び冷やすのか。
頭と心のバトルが始まる。

休むことも、気持ちとの戦いだ。


わたしの中の、健康な世界の「後遺症」?

今までの世界では、刺激で満ちあふれていた。

外資系企業の営業職は、スピード重視の成果主義。
顧客リスト、予算、成約見込率・・・
資料を片手に、ゴールを見据えて数字を積み上げる。

もちろん体調管理も仕事のうちだ。
お昼はプロテインとサラダチキンをそえる。
疲れたらサプリや健康器具を試して、それでも残る罪悪感は、毎朝のヨガで帳消しにしよう。

「休むこと」は、頑張ったわたしへのご褒美だ。
話題の美容家電、スパ、リトリート旅行。
イベントにするくらいが、ちょうど良い。

それが突然の休職で、世界が変わった。
それでも休むことすら「仕事」にして、少しでも早く、そして効率的に「快復」というゴールを達成したかった。

即効性中毒だったわたしは、
成果の見えない日常を積み重ねていく現実が、耐えられなかった。


休むには、技術と覚悟がいる

2026年6月の頭。
本棚の整理をしていた時、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』を手に取った。

フロムによると、愛とは快楽的で、運によって「落ちる」ものではない。知力と努力が必要な「技術」である。それでも現代人の多くは、前者を愛と思い込んでいる。

「休むこと」と似ていると思った。

わたしたちは、休息を自然に手に入るものだと思っている。本当は技術が必要なのに。しかもその「技術」の習得は、一筋縄ではいかない。

理論学習と習練の他に、どんな技術を身につける際にも必要な第三の要素がある。それは、その技術を習得することが自分にとって究極の関心事でなければならない、ということである。

エーリッヒ・フロム、鈴木晶 訳『愛するということ』紀伊国屋書店、2020年、p16

あぁ、ここまで一緒なのか。

わたしたちは、「休む技術」を知るだけでなく、
その技術の習得を「最大の関心事」にできるのだろうか。


本気で休める、わたしたち

働いていた時のわたしにとって、休むことが「最大の関心事」になるなんて、不可能だった。

風邪でもひけば、その大切さは分かるかもしれない。でも日常を取り戻せば、すぐに忘れる。日々「休む技術」の習得に挑むなんて、ちょっとした笑い話だ。

それが病気になって、世界が逆転した。
医師からは無理をせず、疲れさせない生活を送るよう指導される。
では、なにが「無理」になるのか。観察してみると、身体はいつもバッテリー切れ寸前の状態で、普段の何気ない刺激が、エネルギーを削ることを知った。

🏥スマホの画面を見ること。
🏥テレビ画面・音。
🏥他人の心無い言葉。

生きていくために、ほんの些細な行動ですら、
エネルギーが必要なのだと知った。

🏋️気道に空気を通して、声をだすこと。
🏋️水の入ったコップを持つこと。
🏋️徒歩5分のコンビニに行き、商品を持ち帰ること。

限られたエネルギーを守り、少しずつ増やしていくこと。生きていく為、「休む技術」を学ばなくてはと思った。

それでも最初は、休んでいることに焦るばかり。
新しい治療はないか。良いサプリはないか。焦れば焦るほど、無理を押してかえって体調を崩した。その繰り返しだった。

降参だ。
頭では分かっているつもりでいて、相変わらず即効性を求めていたのだ。

わたしは漸く、休むことを「最大の関心事」にしようと決めた。自分の体に集中し、忍耐強く向き合おう。働いていた頃のわたしには、きっと出来ないことだから。


休むって、こんなに面白い!

朝7時、太陽の光で目が覚める。
寝る前に足元に湯たんぽを入れるようになってから、今までの寝起きの悪さが嘘のように、ぐっすり眠れるようになった。

体は硬くて起き上がることは出来ない。
でも大丈夫。鼻、胸、お腹・・・落ち着いて呼吸を通すと、体が内側からほぐれていく。次にホホバオイルを手に取り、体の外側もほぐしていく。

朝の15分。この「準備体操」が、いつの間にか楽しみになっていた。

わたしのバッテリーは、他の人より小さくて持ちが悪い。この貴重な充電を、本当に大切なことに振り分けなくてはならない。身体の声に耳を傾ける、大切な時間だ。


昨日、SNSで闘病仲間と、こんな話になった。

「良くないと思いつつ、ついスマホ触っちゃう」
「情報収集したいし」
「他にやれることないもんね・・・」

わかる。わたしは深く頷いた。
そして同じ思いを抱える人がいることに安堵する。
このもどかしさは、わたしが「休み方」を探究する原点だった。

この世界では「休むということ」が殆ど語られていない。ヨガや散歩など「何をするか」(do)の情報は溢れている。でもどうしたら「今、わたしは休まっている」(be)と言えるのか、それは検索しても出てこない。

わたしにとって「休まる」とはなんだろう。今は「呼吸」「冷え」「体のこわばり」がキーワードだ。でも、それが他の人に当てはまるとは限らない。

休むことは、自分の心と体を探る旅だ。
根気強く続けていくと、気持ち良いと感じる「宝のありか」や、ストレスを感じる「危険ゾーン」が分かってくる。それはわたしの人生を豊かにする、一生モノの技術になるかもしれない。

そしてこの記録が、誰かの旅の地図になれば…
そう思いながら、今日もまた眠りにつく。

#創作大賞2026
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響海 遥│休み方から「より良く生きる」を考える 最後までお読みいただき有難うございます! いただいたチップは治療や本・資料の購入に使わせていただきます!