【あなたの2000年代を聞かせて】第3回ゲスト:矢野利裕(その①)
サムオブメンバーが様々なゲストを招いて2000年代についてトークする連載。第3回のゲストは批評家・ライターで、都内の中高一貫校に勤務する矢野利裕さん。(その①)では、矢野さんが教えている学校でたまに実施する、2000年代から現在に至るまでのJ-POPの流れを教える特別授業の概要を語ってくれました。
カンノ:矢野さんが教えている学校では、たまに特別授業をされているという話で、矢野さんもそれをやっていると伺ったことがあるのですが、詳しく教えてもらってもいいですか?
矢野:特別授業は進路が決まった高校3年生を対象に開講している授業で、そこでは学校に来なきゃいけないけど暇になった生徒たちのために教員が半分趣味みたいなエクストラの授業をするんです。僕はずっとポピュラー音楽の歴史の授業をおこなっています。海外だったらアーヴィング・バーリンからヴェイパーウェイヴまで。日本だったら60年代のカヴァーポップスから現在までの音楽の見取り図。この授業を始めたのは2008年頃からなので、当初はだいたい2000年代に入ったところで授業の内容はひと通り終わるようになっていた。ヒップホップやテクノが出てきて終わりみたいな。でも、2020年代ともなるとそれでは収まらなくなってきて。彼らの関心も基本的には今の音楽にあるから、それに合わせて授業の内容もアップデートしていくうちに、だんだん現代の音楽に特化していったんです。数年前から、昔のものは軽く押さえるくらいにしてみんなが今聴いている音楽がどういう経緯で成立してきたのかっていうほうをメインにした。実際、そちらのほうがリアクションもいいので。そうやって同時代の音楽の分析に特化していくなかで、邦ロックの歴史とかを教え始めたりしていきました。邦ロックの話を厚めにすると、2000年代の話からっていう感じになりますね。
カンノ:この20年の音楽の話をフューチャーする感じですかね?
矢野:最初は2回に分けて、20世紀編と21世紀編みたいな授業をしていたんだけど、やっぱり2000年代くらいから始める21世紀編のほうが反響があるので、最近はもう古い話はやめちゃいましたね。
カンノ:その21世紀編を話すとしたときに、一番最初に出てくるミュージシャンって誰になりますか?この20年の先祖的な人っていう。
矢野:ちょっとそこは難しくて。一度、同僚の政治経済の先生が聴講しに来てくれたんだけど、その人の感想は「2000年代以降は一直線な歴史という感じがしないですね」というものだった。「影響関係が拡散していて網の目みたいな感じですね」と。
カンノ:それぞれが相互作用的に影響を受け合っている。
矢野:それは実感としてもあってね。やっぱり90年代になるとヒップホップとかハウスとかあるいは渋谷系とか過去の音楽を再評価して引用するようになるから、メタルに対抗するようにニルヴァーナが登場してグランジの時代が来るみたいな単線的・弁証法的な歴史が描きにくい。
矢野:だから、2000年代も「この人が起点だ」っていう考え方は難しくて。どちらかというと主題を立てて話す感じ。その主題の一つが邦ロック。邦ロックという主題から遡ると、NUMBER GIRLとくるりと、その流れで出てくるASIAN KUNG-FU GENERATIONが大事かなと思います。
矢野:で、もう一つの主題はヒップホップのメジャー化。そこでは2010年代にビートが遅くなるっていう話をしていて。それは基本的にはトラップの潮流ですよね。2000年代初頭のJラップってもっと速くてBPM120くらいの感じだった。ちなみにnobody knows+って今流行ってるの?
カンノ:リバイバル的に注目されてますね。『THE FIRST TAKE』以降かな。
矢野:今年の体育祭の応援団パフォーマンスの曲で久々に「ココロオドル」を聴いて、あれって四つ打ちっぽいじゃないですか。あの感じはすごく2000年代初頭。で、そういう流れからオリエンタルラジオ「武勇伝」みたいなネタが生まれるわけですよね。BPM120くらいの四つ打ちのノリで、オンビートの七五調ラップみたいな。それに対して、今はビートがトラップでもっと遅いよねっていう。Ado「踊」とかYOASOBI「アイドル」とかは、トラップっぽいビートから始まってメロとサビになると倍テンで四つ打ちになる。そのビートの行ったり来たり感が気持ちいいっていう感覚があるじゃないですか。
矢野:そういう今のJ-POPの成り立ちとして、「Dr.DREからサウスヒップホップを経由してトラップが生まれたんだよ」とか「BPMがゆっくりになっていった経緯があるんだよ」っていうことを説明する。さらにBPMがゆっくりになるとラップの仕方も変わるから、それで今の歌い方も3連が多くなっているんだよ、みたいなことをミーガンとかダ・ベイビーとか聴きながら解説する。
矢野:ちなみに、そのゆっくりの感じはJ・ディラおよびネオソウル的なものを経由して『Jazz The New Chapter』的な現代ジャズにも合流する。ケンドリック・ラマーはそのあたりの流れも入っている。さらに、じつは星野源やKingGnuも明確にその潮流を踏まえている。あるいはAwesome City Club「勿忘」のドラムもそういう流れを意識しているかもしれない。少なくとも、同時代的ではある。最近の宇多田ヒカルもクリス・デイヴという外国人ジャズドラマーを起用してそういう流れを意識している。
矢野:こんなふうに「みんなも知ってるミュージシャンや曲がじつはこういう文脈で繋がっているんだよ」みたいな話をするのが最近の授業ですね。だから「2000年代にこういう起点があって」という話よりは、同時代のこの状況を説明するためのラインナップです。その大きな二つが邦ロックとヒップホップの潮流。そういう二本立てでいつも話してますね。あ、でも、この二つの潮流をまたがる存在としてRADWIMPSはいるかな。
カンノ:90年代からと考えると、Dragon Ashが担ってた役割を、2000年代からはRADWIMPSが担い始めた感じはありますよね。
矢野:たしかにDragon Ashは存在感ありましたね。RADWIMPSの近い源流としてはBUMP OF CHICKENと、あと高校生と話していたら、the band apartも意外と影響が大きいと思いました。
カンノ:その邦ロックとヒップホップの二本立ての間におけるRADWIMPSと、ほかに入ってくるミュージシャンっていますか?
矢野:パッと浮かぶものでいうと、サカナクションですね。
矢野:四つ打ちロック的なものの流れのなかに、サカナクションのようなエレクトロを織り交ぜたものもあって。2010年代にフェニックス、ボン・イヴェールみたいなエレクトロなオルタナ系の感じってあったじゃないですか。フェニックスのメンバーはそれ以前にダフト・パンクのメンバーとDarlin’っていうバンドをやってたりするから、ちょっとエレクトロの文脈が入っている。あとはPanic! at the Discoとか。
矢野:で、2010年代後半の高校生はみんなONE OK ROCKが好きだったんだけど、ワンオクは海外進出するにあたりちょっとエレクトロな路線になった。
矢野:2010年代の邦ロックにはエレクトロの側面があった印象があります。邦ロックを語るにあたってはその説明をしたいと思っていました。エレクトロとオルタナみたいなもの。そうやって考えると、くるりの『TEAM ROCK』と『THE WORLD IS MINE』が重要かなと思います。
カンノ:シングルでいうと「ワンダーフォーゲル」と「ワールズエンド・スーパーノヴァ」ですね。
矢野:「ワンダーフォーゲル」は五線譜縦ノリ感もあるし、この2曲はいまの高校生に聴かせたいと思いましたね。あとはスーパーカー。
カンノ:「YUMEGIWA LAST BOY」とかですね。
矢野:そうすると、もはや忘れそうだけど、2000年代ってEDMとダンスロックみたいなものが並行していたんだよね。
カンノ:それらって2000年代はまだ地下感がありましたよね。2010年代から浮上するイメージかも。
YOU:それは当時のメインのロックに対する、逆張りでダンスミュージックを取り入れた結果だと思う。
カンノ:アンダーグラウンドなところでいうと、younGSoundsとか。やけのはら、イルリメ、idea of a jokeとかの面々のバンドですね。RAW LIFEの文脈でダンスミュージックとハードコアが混ざったバンド。
矢野:はいはい。たしかにそういうバレアリックなシーンもあった。話を戻すと、サカナクションが牽引した四つ打ちダンスロックシーンというのは、2000年代に結構強い存在感としてあったなと思います。でも、「忘れられないの」という曲になると、今度はすごくBPMを落として、MVはシティポップのパロディで80sをダサい感じでやってた。
カンノ:知人は「あれはシティポップブームを終わらせようとしてやったんじゃないか?」ということを言っていて、つまりネタ化ですよね。
矢野:完全にネタ化させたよね。あの時点でシティポップに対して「いつまで盛り上がってんの?」みたいな空気もあったから、僕は面白いと思いましたよ。曲も良かったし。
カンノ:でも、逆に助長させてしまった部分はあるという。
YOU:シティポップブームは終わらなかった。一ジャンルになってしまった感じはするよね。
カンノ:逆にマーケットが確定した感があるよね。
YOU:サカナクションのデビューしてすぐくらいのインタビューで「レイ・ハラカミを知らしめたい」って言ってて。
オノウエ:そんなこと言ってたんだ。
カンノ:レイ・ハラカミをメジャーな場所で最初にやったのはくるりでしょ。
YOU「ばらの花」のリミックスは最高だったよね。
オノウエ:当時の『ROCKIN’ON JAPAN』のNEW COMERで出てきたサカナクションは、結構地味な取り扱い方だったんだよ。「くるりの地味な曲にエレクトロを乗っけた感じ」みたいな。「くるりとエレクトロ」みたいな書かれ方をしていて、そうしたらあれよあれよと売れていってね。
矢野:NUMBER GIRLにもレイ・ハラカミのリミックスがあったね。
カンノ:ありましたね。「U-REI~REI HARAKAMI remix」
矢野:あれはめっちゃ良かったな~。
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