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綿矢りさ「グレタ・ニンプ」- 男性の生きづらさが見えてくる老若男女必読本

「妊婦」「社会問題」が軸になっている小説だが、「女性はこんなに大変なんだ!男性も理解しろ!」的な説教本ではない。というか読後感はかなりハッピーだった。

そして主人公は妊婦の夫である。女性ではない。

グレタ・ニンプ | 綿矢りさ

ザックリあらすじ

舞台は令和の東京、武蔵小杉。

主人公は30代後半の男性で、テラリウムとカブが好きなおしゃれ系の大企業バリキャリマン。(個人的に中村倫也に演じてほしい)

主人公の妻は30代前半で、ユナイテッドアローズとか着る感じのおとなしくて女性らしい女性。(個人的に宮崎あおいに演じてほしい)

4年にもわたる不妊治療を中断し、そんな生活にホッとしつつ武蔵小杉に帰宅すると…なんとヤンキースタイルの妻が陽性の妊娠検査キットを頭に巻いて騒いでいた!

そこから二人の妊娠生活が始まるわけだが、妻は相変わらずファンキーなファッションに紫の坊主頭で、口調もヤンキー?極道?ギャル?のブレンド語で、一人称は「ワタイ」。なにやら自然派?活動家?みたいな香ばしい団体で活躍している(タイトルのグレタもこことかかっているっぽいし、主人公も「呉田」である)。

子どもが産まれてもこうなのか!?
そもそもなんでこんなファッションに!?
ていうか妊婦を支える生活、しんどすぎない!?!?

みたいな話。面白そうでしょ?私はジャケ買いしたけど。

見どころ

なぜユナイテッドアローズ系の女性がこんなファンキーな身なりに?というミステリ要素もありつつ、「不妊治療」「妊婦が置かれた状況」「妊娠・出産の壮絶さ」「男性育休の取りづらさ」というような社会問題にも触れている。

ただ、主軸はそこではない。と、勝手に思っている。

これは、男性視点の「妻の妊娠・出産」であり、そこから垣間見える男性の生きづらさの話だ。と勝手に思っている。

綿矢りさ先生(作家さんの敬称ってどうすべき?先生で合ってる?)が、妊婦の話を書くのにわざわざ主人公を男性にしたことからも、そうなんじゃないかと感じた。

感想はいろいろな視点から語りたいが、取っ散らかるのでいったん「男性視点の生きづらさ」についてのみ語らんとす。

男性にとっても妊娠~出産は大変

まだ出産経験がない私にも、妊娠・出産の大変さがよく分かる小説だった。

妊娠は簡単じゃない

主人公夫婦は4年間も不妊治療をしていた。

つまり、4年間も、「いつ子どもができるか分からない」「来年には子どもがいるかもしれないし、いないかもしれない」「自分/妻が妊娠しているかもしれない」生活をしていたということだ。

…しんどすぎないか?

私は何度か転職をしているが「来年どこで働いているか分からない」が3か月続くだけでもしんどかった。それに、転職活動中には食べ物や行動の制限などない。当たり前だけど。

でも主人公夫婦は4年間、つまり「大学4年間」と同じ期間、病院に通って、行動を制限して、どんどん貯金がなくなって、希望ができたと思ったら流れて、何度も絶望して、医者を責めて、自分を責めて、そんなネガティブな自分をも責めて………しんどすぎないか?!

妊婦を支える生活

で、そんな大変な不妊治療期間を経て、ようやく妊娠。

でもこれはゴールではなく始まりである。

主人公からしたら、自分の仕事量は変わらないのに妻はつわりなどで家事もできない状況だし、食べられるもの・食べたくないものも日によって違う。
自分がしくじったら妻の心身の健康を損なうかもしれない。お腹の赤ちゃんに障害が残ったり、最悪殺してしまうかもしれない。

主人公には「妻が急に別人級に変わってしまった」という小説ならではの特異な点があるが、「妊娠~出産妻の性格が変わる(ように見える)」ことはよくあることだそう。

主人公は悩みすぎて倒れてしまったことも原因の一つだが、会社からは「子育て親支援」と銘打って出世コースから外されてしまった。(これに関しては育児の大変さを知った後に主人公は感謝するが、結果論でしかないなと私は思った。)

出産前後も大変

いつ陣痛が始まるか分からないし、陣痛が始まってもいつ出産を終えるか分からない。作中では、仕事からの電話もかかってきていた。

そんななか、妻は痛みで泣き叫んでいるし、下半身は血まみれだ。家での怪我なら「応急処置をする」「救急車を呼ぶ」など貢献できるが、ここは病院。主人公は応援することしかできない。

そりゃ一番大変なのは妊婦さんだろうが、私は「こんなの見て今後、妻とセックスできるか…?」と思ってしまった。見たくないだろうな、妻のこんな姿。
作中であっさり描かれていたけど、股も切られるらしい。股も切られる!?

そして産後は「下半身がトラックに轢かれたみたいな激痛」。そりゃそうだ、ありえないくらいに腹が膨らんで、普段ちんこしか出し入れしない(…かどうかは個人差があるが)穴から3kg前後の人間が出てくるんだから。

ここまで説明しても「ゆーてみんな産んでるんだから平気でしょ」というバイアスがかかる人は一定数いる。それを言い出したら、事故で身体がボロボロになった人もだいたいは生きている。これすらも「ゆーて生きてるんだから平気でしょ」と言えるだろうか。

妊婦さんが大変すぎるからこそ男性も大変

一方、主人公だって「身体ボロボロのパートナーを支える」経験は初めてである。いつ生まれるか分からない中でずっと妻を支えていた。寝不足も疲労も溜まる。

でも自分は産んでないから愚痴を吐けない。なんなら子種を仕込んだ当事者だ。妻をこんな目に遭わせておいて、誰が簡単に「俺だって大変なんだ」と言えようか

…主人公のような「良い夫」「ケアすべき男性」ほど、言えないのではないだろうか。

支える側の苦しみ

一番大変なのは妻。一番苦しいのは妻。一番痛みに耐えたのは妻。

そんなことは主人公も読者も分かってる。
特に主人公は内面(心の声)も描かれているが、かなり献身的で良き夫だ。

でも!!!

「妊娠」そのものが人生で特異すぎる。
妻の状況が大変すぎる。
交通事故、しかも重めの方。

「そんな状況の家族」を支えるなんてこと、主人公には経験がないはずだ。
これが「介護」だったら、介護する方も大変だねって言ってもらえるのに。
もっと大変な人を支えてる側は、大変なんて言えない。

だからこそ、男性も大変なんだろうなと思う。実際、主人公は産後鬱のような状態になっていたし。

これって「男性の生きづらさ」全般に言えるのでは?


以前、「生理がない男、少しかわいそうだな」でも触れたが、男性には女性以上の生きづらさを持ちえないからこそ、「生きづらくても生きづらさで女性に勝てない」という生きづらさがあるのではないだろうか。

体調不良でも「生理がないだけマシ」。
妊婦を支えても「一番大変なのは妻」。
育児をしても「授乳はできない」。

性的被害は女性の方が圧倒的に被害に遭いやすく、ともすれば男性は「潜在的性犯罪者」として警戒される。

…でも、男性にも性被害はある。そうじゃなくても、警戒されるのも悲しい。

「性欲」という自分ではコントロールできない欲望がデフォルト設定されているのも、それが「潜在的な加害」として認識されているのも、生きづらいであろう。同じ生殖に関係する「月経」は同情を得やすいのに。

生きづらさバトルでは絶対に女性に勝てない。自分も生きづらいのに。

そのやり場のない怒りが、昨今の女叩きにつながっているのではないだろうか。

老若男女問わずみんな読んで~!

冒頭でも書いた通り、社会派な題材ではあるものの、説教臭さは感じない
むしろ、メインキャラは「良い人」ばかりなので、読みやすくもある。

もちろん、良い人ばかりだからこそ明らかな悪人が不在ゆえのもどかしさもあるが、それもまたリアルで良かった。

出産適齢期の男女が読んでも面白いと思うが、私は親世代にこそ読んでほしいと思っている。
「今の子たちが産んで少子化解消してよ~私たちも産んだんだからさ」という態度がどれだけ残酷なことか、それとなく理解できると思う。まあ理解する気のない人には届かないだろうけど。

そしてまた、読後感がかなりハッピーなのも救われた。

正直、私自身、妊娠はとても怖い。

ホルモンバランスの変化による精神の揺さぶりの怖さは痛いほど知っているし、夫に嫌われないか心配だ。恐怖と不安で自殺しちゃうかもしれない。PMSですら首吊ったことあるのに(失敗した)。

もちろん痛みも超怖い。妊娠は病気じゃないから痛み止めの薬とかも使えない。痛いまま夜を過ごすしかないらしい。朗らかだった友達は、そのしんどさで初めて「死にたい」と思ったそうだ。

帝王切開なんてヤバすぎる。腹切って中身出すんだよ!?

しかも人によってしんどいタイミングや辛さの種類は違うらしく、ノウハウも通用しない。ただ、みんな共通して「大変だった」という。

「すべて自己責任」で生きてきた私にとって、対策しようもなくただ「妊娠を望んだ者の罰」ともいうべき理不尽さは、恐怖そのものである。

…と、本当にビビってる女だが、この本を読んでかなり前向きになった。
これに関しては言語化しづらいけど、「夫に当たっちゃっても、そんな簡単に嫌われないと思う」って思えた。夫を、自分を信じてみようと思えた。

説教臭くないのにいろんな「生きづらさ」に目を向けられるし、でもハッピーな気分になれる。だからこそ、みんな読んでほしいなと思う。

(※でも不妊治療中の人や諦めた人はもしかしたらしんどいかも…あと独身でどうしても子持ちを妬んでしまう人とかもしんどいかも)

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