高市早苗氏は戦争を勉強しないままで、戦争できる国にしたいようだ!
1959年生まれなので、物心がついたころにも、親せきの家には戦争に関する書籍が置いてあったので、ラバウルとか加藤隼戦闘隊とかの本を読んだ記憶がある。
父は乙種合格だったが、召集され、陸軍の学校にいたため、二等兵からではなく下士官(兵長)からスタートしたらしい。
配属が、スマトラ島の陸軍航空隊で戦闘機の整備をやった後、事務を担当していた。
だから、最前線で戦闘したことはないらしい。
本土は物資不足で特に石油がなかったから、大変な苦労だったが、
スマトラ島は近くに油田があり、石油で航空機が飛べないことはなかったようだ。
調べてみると本土の航空隊は石油不足で飛べない⇒攻撃され戦闘機不足で、機能できない状態だったようだが、東南アジアあたりでは、航空部隊が健在で、部品調達などの問題がありながら、戦争終結まで善戦していたらしい。
戦闘機自体の性能は決して劣っていなかったのだろう。
戦後アメリカが日本の航空産業を壊滅させ、残っていた戦闘機をすべて焼却処分にしたのは、日本の航空機開発技術が高かったためと思われる。
父が初めて戦闘に参加したのは、敗戦となり、現地の義勇兵とかの攻撃を受けた時だけだったらしい。
ちなみに、部隊は悪名高いインパール作戦への応援のために、ビルマ(ミャンマー)まで行ったらしい。結局そこで引き返したということだ。
戦争の話を聞きたがる私に、父はそっけなかった。
多くの従軍者はそうだったらしい。
ちなみに母は当時内地で、女学校からの帰宅時にアメリカ戦闘機に機銃攻撃を受け、命からがら逃げたらしい。
私の両親の地味な戦争体験でも、いまそれが起こった時の衝撃は大きい。
高市早苗の奈良は、京都とともに爆撃が少なかったことで知られる。
高市は戦争について一定の理解を示しているように語っていたが、
リアルに戦争の被害を体験していないようだ。
女性であり、由緒ある家系だから、自分が戦争に行く、自分の近親者が戦争に行くというイメージを持たないのだろう。
それは、安倍晋三や麻生太郎にも共通する。
映画「プライベートライアン」や「硫黄島からの手紙」で描かれる戦闘のすさまじさを頭で理解しても、ひとごと・下々の国民のことと考えて、決して自分ごと化しているとは思えない。
高市が進める戦争できる国にするということは、一般国民がすべて戦争の矢面に出されることを意味する。
若い人たちは、気楽に現状打破とかを理由にして高市応援のようだが、その結果は自らにふりかかる。
そうなってしまった後は、知らなかった・そんなつもりはなかった・メディアが伝えなかったのが悪い、などと言っても、後の祭り!
もう動かすことはできない。
反戦と叫べば、どこからか圧力がかかったり、逮捕されたりすることになる。
日本版CIAを作ると公言しているのだから、間違いなくそのような状況になる。
よく考えて投票してくれ!
後悔先に立たず・覆水盆に返らず、
いまが正に分水嶺、安易な投票行動が、自分の将来を決めてしまう。
