見出し画像

「馬専門の動物看護師」が語る、生成AI時代の動物看護師の未来

本連載では、生成AI時代のハローワークとして、子どもに人気な職業トップ100について、「AIでなくなる仕事・残る仕事」というテーマでインタビュー形式で記事化していきます。
今回は「動物看護師」です!

小動物(犬猫など)の看護師はもちろん、馬の専門病院で外科手術のサポートをする動物看護師がいることをご存じですか?

今回お話を伺ったのは、北海道の競走馬向け病院で活躍する動物看護師・石川さん(仮名)。外科専門の馬病院で看護師業務を行ってきましたが、いまは事務局としてマネジメントに従事されています。体力勝負の現場が主戦場でありながら、デジタル化やAI活用にも関心をお持ちとのこと。
彼女の言葉から、「AIだからこそ期待できる領域」と「人にしかできない仕事」の両面が見えてきました。

大学時代に出会った馬を支える仕事

石川さんが、動物の看護師を目指されたきっかけは?

よろしくお願いします。私は北海道にある競走馬向けの外科専門病院で働いています。もともとは動物看護師として手術や入院馬のケアを中心に担当していましたが、現在は病院の事務局として病院のマネジメントを担当しています。馬の動物看護師という仕事は大型動物のケアということで、体力的にはなかなかハードですが、基本的に犬猫と変わらず「投薬管理」「入院中の見守り」「手術準備」などが主な仕事です。

— 大学は畜産が専門でいらっしゃったんですよね?どのような経緯で馬の専門病院で働かれるようになったのでしょうか?
もともとは畜産関係の営業職をしていました。ですが、大学時代、畜産系の大学に通いながら、乗馬をしていたこともあり、卒業後も乗馬が趣味です。そこで、大型動物のケアに興味を持ち始めたとき、縁あって競走馬の外科専門病院へ転職したんです。仕事で馬を扱うということで、これまでとのギャップもあり、最初は戸惑いもありましたが、言葉が話せない馬に寄り添うという本質的な部分は大学時代の経験が非常に生きています。

「人間のケア」が大切―競走馬病院での仕事とは?

—現在のお仕事についてもう少し詳しく教えていただけますか?
はい。当院は北海道で、競走馬の高度な診療や手術を専門とするいわゆる「二次診療」の病院です。牧場等の現場の獣医師から紹介された馬を対象に診療を行っており、私は看護師として獣医師の手術のサポートや薬の用意、治療後の経過観察等を担当していました。現在は、事務局としてスタッフのスケジュール管理や治療費の計算、入院馬のスケジュール管理等の病院運営全般をマネジメントしています。忙しい現場を支える役割なので大変なこともありますが、「馬に最高のケアを提供する」という意味では、動物看護師としての原点を大切にしています。

競走馬の治療現場を支える動物看護師のリアル

競走馬の治療現場とは?

当院には獣医師、動物看護師、事務局の3つの職種があります。獣医師が治療や手術の方針を決定し、私たち看護師が手術の準備や入院している馬の管理を担当します。具体的には手術に必要な器具のセッティングや麻酔、補液の準備を行ったり、入院中の馬の体温や血液検査結果を毎日チェックして異常があれば獣医師に報告したりしています。また、処方された薬を用意し、適切に投与できるように準備するのも看護師の大切な仕事です。

当院は馬専門の外科病院なので、数十万円程度の治療から、開腹手術など数百万円かかる治療も珍しくありません。馬は犬猫と違い「産業動物」としての側面もありますが、多くのオーナーさんが愛情をもって大切にされているので、私たち看護師としてもやりがいを感じています。

事務局への転身―きっかけは意外な一言

— 看護師業務に加えて、事務局としてもお仕事をされているとのことですが、具体的にはどのようなことをされているんですか?
事務局では診療費の請求処理や薬の発注、病院の経理作業全般を担当しています。もともと事務局を担当するきっかけとなったのは、以前担当されていた事務員さんが産休に入ったときに「代わりの人を採用すると戻ってくる席がなくなる」というちょっと意外な理由で、「石川さん、兼任してみない?」と言われたことでした。
最初は戸惑いもありましたが、看護師の経験があったことで、経理入力や診療費の請求処理をスムーズに行えるようになりました。現場を知るからこそ見えてくる改善点も多く、いまではカルテの整理といった看護師的な側面から事務局として貢献できているかなと思っています。

テクノロジーがもたらす動物医療の現場の変化

動物看護師×AI―現場の可能性

— 今回のテーマ「生成AIのインパクト」について伺いたいのですが、職場ではAI活用の事例や可能性を感じる場面はありますか?
私自身はChatGPTなどを積極的に使えているわけではないのですが、最近はWeb上で調べ物をする際に「AIが作った文章」という表記が増えている印象はあります。また、現場の業務でAIが活用できそうだと感じる場面は多くあります。

たとえば、馬の血液検査結果や手術データ、麻酔時間といった日々の治療計画や記録は現在Excelに手作業で入力しているため、かなり負担になっています。こうしたデータ処理がAIによって自動化されれば、夜遅くまで残業してデータを入力するような作業も軽減されるでしょう。

また、カルテ作成もAIの支援があれば助かります。いまは看護師が獣医師や他のスタッフの指示をメモして、それをPC入力し、さらには学会発表用に再編集するなど二重三重の作業が発生しています。音声や画像からAIが自動的にテキスト化して要点を整理してくれるようになれば、本当に業務効率が上がると思います。

AIにできないこと―馬の"微妙な変化"を見抜くのは人間の力

— 一方でAIには難しい、現場ならではの仕事もありますか?
馬の状態を見極めたり、ちょっとした変化に気づいたりするのは、人間の役割が非常に大きいです。大型動物だからこそ、微妙な変化を肌感覚で感じ取る力が重要なんですよね。検査データ的に「問題なし」と診断したとしても、スタッフの違和感で追加の検査をすることで異常が見つかるといったケースは多いんです。

たとえば、「この子、今日はなんだか落ち着かないし、ちょっと鼻息が荒い気がする」と感じて検査をしてみると、実際にCRPや白血球の数値が異常値だったりすることもあります。こうした経験からくる直感は、やはり人間ならではの強みだと感じています。特に忙しい獣医師さんでは気付けない、より多くの時間を目の前の動物に割いている看護師の役割は残ると思います。

AIと人の協働―動物看護師が目指す理想の現場とは

— AIがさらに発展すると、動物看護師の仕事はどのように変わっていると思いますか?
現在、看護師も事務局も様々な入力作業が多く、獣医師も含めて夜遅くまでパソコン作業を続けている状況です。もしAIがこうした定型的な業務を代替してくれれば、人間はもっと動物のケアに集中できるようになると思います。

「馬の食欲が落ちている」「夜間の様子がおかしい」といった微妙な変化に早めに気づくことで、重症化を防ぐことも可能になります。動物への細やかな寄り添いや、オーナーさんへの丁寧なフォローなど、「人間だからこそできること」にしっかりと時間を割けるようになることは、大きなメリットだと思います。

「AI任せ」で大丈夫?―未来の看護師に必要なこと

— AIを日常的に使いこなす若手世代が増えることで、心配されることはありますか?
まず、翻訳などの業務では、以前からDeepLやGoogle翻訳といったツールを活用していましたが、人間による修正や原文の確認が相当必要でした。それに対し、ChatGPTやSonnetでは、専門用語を含めて、もう私の英語力を超えています。

一方で、若い世代の中には「なんでもAIでできちゃうじゃん」と安易に考える人も増えてくるかもしれません。馬の外科手術は、大学での研修の機会も限られているため、獣医師さんでも、免許を取得後に実地での経験を積んでいくことが非常に重要と言われています。看護師の仕事も同じです。私自身、大学時代に馬術部で馬を扱う経験や、畜産系の専攻だったので、講義でも様々な知識を得る機会がありましたが、二次診療の現場で求められる知識やスキルは実地での経験を積むことで磨かれました。

それに対し、薬の投与方法などを「AIに任せておけばいい」と、AIの出力をそのまま実行するだけの看護師が増えてしまうことは心配しています。動物看護師という仕事は単なるデータ処理だけでは完結しません。目の前の動物を直接観察し、触れて状態を確認し、治療方針に合わせて獣医師をサポートするなど、現場での対応が不可欠です。AIが発展しても、人間ならではの観察力や判断力が求められる職業であることは、10年後でも変わらないと考えています。

特に馬は言葉が話せないからこそ、人に対する医療より、人である看護師の役割は残ると思います。もっと言うと、馬は言葉が話せないだけでなく、草食動物のため、本能的に痛みを隠す習性もあります。そのなかで、目の前の馬に寄り添って、ちょっとした変化に気づいてあげるといった部分は、まだまだAIに置き換わらないのかなと思います。

インタビュアーあとがき:「痛みを隠す」馬という動物に向き合う

石川さんとの対話を通して、生成AIに対する期待と課題の両面が見えてきました。データ処理や文書作成など、深夜まで続く事務作業はAIが代替し、動物の微妙な変化を敏感に感じ取るケアの部分を人間が担うことで、動物看護師は本来の仕事により集中できるようになる世界が理想の形なのだと思いました。その結果、動物たちの治療成績や飼い主さんの満足度向上にもつながるはずです。

一方で石川さんが指摘しているように、命に向き合う仕事であるのに、「AIがなんでもやってくれる」と考える若手が増えることはリスクであります。動物看護師の仕事は実際に動物と接する現場力が非常に重要です。デジタル化の恩恵を最大限に活かしながらも、経験を積み、専門的な知識を深め続けることで、動物看護師はAI時代にも絶対に必要な職業としてさらに存在感を高めていくはずです。

AIが得意とするデータ処理や文書作成は任せつつも、動物のしぐさや表情を読み取る「人間だけの肌感覚」、予測不能なトラブルへの柔軟な対応、飼い主さんへの丁寧で温かなコミュニケーションなどは人間が引き続き担うべき領域です。どれほど技術が進んでも、言葉を話せない動物たちを支えるには人間の温かな視点が欠かせません。

生成AIとの協働が進めば、動物看護師の活躍のフィールドは今後さらに深まっていくはずです。石川さんの現場視点から、そうした未来の姿がリアルに浮かび上がってきました。

いいなと思ったら応援しよう!