ChatGPTで自分の文章に自信が持てた
友達から写真が送られてきた。それは、道路と雪を使ったアートだった。
「これ地元じゃね?」
「そうかな?」
「もう少し道路標識の写真見えたらなぁ~」
「ChatGPTに聞いてみようぜ」
こんな会話をした。
ChatGPTはリリース3か月後くらいに触って以来だった。「会話できるなんてすごい!」と思ったものの、すぐに使うのを止めてしまった。なぜなら、指示を上手く聞き取ってくれなく、同じ回答が返ってくることが多かったからだ。
当時から「ChatGPTに上手く指示を出す仕事」が生まれたことを耳にしていた。それに価値があるということは、まだ気軽に会話できるわけではなく、上手く指示する能力がなければ使いこなせないんだと思って、距離を置いた。
友達が、ChatGPTに写真を送って分析したところ、地元ではなかった。けれども、分析のやり取りを見せられて2つのことに気づいた。昔よりも流暢に回答すること、段落分けや太字を使って分かりやすく回答してくれることだ。
最近、noteに投稿する文章を音声推敲するようになって、今さらながら「ChatGPTも使えるかも?」と思った。
つい先日投稿した記事は、ChatGPTに添削してもらった。
また、最近投稿した記事の中でいい出来だった記事も添削してもらった。
前者の「日記を書くのが恥ずかしい理由と、その対処法」はこれまでの文体とは違い、です・ます調になっている。また、タイトルも方法論的なものになった。
後者の「知識の体系化から考える人間関係」はマイルドで、これまで自分の文体から離れすぎないいい添削になっていると感じる。
もちろん、どちらの文章も添削をそのまま載せたわけではない。添削前の文章と比較しつつ、「言いたいことが変わっていないか」「おかしなところはないか」を確認しつつ、手を加えた。
前者の文章は今も「どうなんだうか?」と感じるが、これはこれでありで、より読みやすく感じる。
添削をお願いするに当たって、「文章が論理的か」が一番気になっていた。それはいつも「とんちんかんなことを書いている」と思ってたからだ。
ChatGPTの温情なのか、論理的に破綻した文章は書いていないようだ。
自信が全く無かったので、何度か質問を変えて聞いた。
「私は自分の文章に自信がなく、本当に論理構成は間違ってないのでしょうか?」
「辛口で評価しても同じことが言えますか?」
辛口で聞いても、「論理構成は間違っていないです」と返ってきた。もちろん、「具体例が少ない」とか、「考え方・感情の変化をもう少し加えた方が分かりやすい文章になる」とかのアドバイスはあったが。
しかし、初めて他者の目線から自分の文章を評価された。
自分の書いたことを直接の顔見知りに見せるのはとても恥ずかしい。なぜなら、自分が人に見せている顔と書いている文章がズレていると思っているからだ。
そのため、文章の改善は自分でやるのが精一杯だった。自分の見る目を養う点ではいいかもしれないが、やはり客観的な目線をもらったほうが早い。その点、便利な時代になったと思う。
ChatGPTを過信しすぎるのは良くないが、読んでいてスラスラと読める文章ならそれでいいと思っている。
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