思い通りに踊れるまでにはどのくらいの時間がかかるのだろう
こんにちは。
新学期そうそうギックリ腰になりました。
今日はその間に考えたことを。
4月の初めに腰痛を発症しました。
正確にはギックリ腰ではないようでしたが(病院には行きました)…
バレエのレッスン中にあれ?腰が痛い?と思いはじめてから、レッスンを止めるのがなんだかもったいなくて、無理矢理踊り続けて(ドンキのアダジオとか踊ってしまった)痛みが大きくなってしまいました。
その後も少し良くなっては、ジャワ舞踊で立ち上がる時にまた痛め、
少し良くなってバレエのグランワルツでまた痛め…
結局長引いてしまいました。
腰を痛めた自分の踊りは、なんて情けないんでしょう。
足も上がらない、ジャンプもできない。
しゃがめない、立ち上がれない、踏み込めない、前屈できない、首を動かせない。
私はいつの間に、「自分は自由に踊れる」と思い込んでいたのでしょう。
よく考えたら、今の自分は、
かつてあんなに苦戦していたジャワ舞踊で、「もっとこうなったら綺麗なのに」、「もっとこう踊りたいのに」と思うようになっていました。
バレエも同じです。いつの間に「今の自分が本当の私と思って欲しくない」と思えるようになったのでしょう。
そんなことをつい、ジャワ舞踊の師に漏らしました。
師曰く、「踊りは時間がかかるのだ」と。
1年ごとに少しずつ変わる自分を見つけてみてね、と。
そうやって踊りを磨くのだと。
確かに、去年の自分よりは、見えるものも、感じる幅も広くなったように思います。ジャワ舞踊では、ジャワ舞踊的美学が、随分身についた気がします。
バレエだって、去年の今頃は腰痛でドンキなんて信じられないレベルでした。今は動けないのだけれど…。
ウィロゴ、ウィロモ、ウィロソ。
ジャワ舞踊の舞踊に向かう心得です。
まず型。次に音。次に心。
先月の自分より踊れない私は、
型ばかり追い求めて、小さな出来ないことを羅列してしまいます。
でも、技が形的に真似できることは、踊れることではない。
踊れない期間が、ウィロソ(心)を教えようとしてくれてたのかな〜と思って納得することにします。
踊れるようになるには、時間がかかるのです。
だから、伝統舞踊もバレエも、積み上げられた歴史と一緒にあるメソッドや型をただ形とは思わずに、大切に思いたくなるのでしょう。
だからこそ舞踊家が舞踊家でいられるのでしょう。
今回はバレエの歴史や身体論、あんまり関係ない文章でしたが…
自戒もこめて。

追伸:
ちなみにバレエの先生は
「何事も経験よ〜」って言ってました。これもなるほどの気持ち。何事も経験か。相変わらず私は頭でっかちです。
心配かけたみんな、ごめん!
