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#3 裁判の傍聴に行ってきた【体験レポ】

有休をとって、裁判の傍聴に行った話をする。


聞いた裁判は、聞いていてあまり気持ちのいいものではなかった。

というのも、「当の被告人に、更生の能力が無さそうに見えたから」だ。

「更生の意思」はある。ただ、「更生の能力」が感じられなかったのである。


「事件当時、泥酔していたとのことですね。お酒はやめようと思いますか」

「すぐにやめると体に支障が出ますから……そうですね、日に、2合からとか……」

これは、裁判長に対する被告人の回答である。

裁判の最中であれば、普通は「命かけてやめます!」とでも演技するだろうに、この年老いた被告人は、その労力すら払わないのである。

たびたび泥酔して問題を起こしていた被告人は、周囲から何度も禁酒を勧告されている。しかし彼は体を壊してまで酒を飲み続ける。

酒をやめなければやめなければと思いながらも、彼は飲み場に行くことをやめないし、生活保護のお金で酒を買い続ける。

ジャージで現れた被告人。しかめつらでうつむいている。


「努力するのも能力の一種である」ということばを、僕は彼を見ながら思い出していた。


……前座が長くなったが、裁判の説明に移る。

裁判の内容は「詐欺罪」――クレカの不正使用――だった。

拾ったクレカで酒とたばこを買い、それが詐欺罪として立件された次第である。

生活保護を受給しながら暮らしていた被告人が、人のクレカを使って1000円程度の買い物をし、それがばれて捕まった。そういう事件だ。

二回目の裁判だったのがあって、裁判はいきなり、「証人尋問」から開始した。

前回の記事でも説明したが、裁判というのは、「質問の繰り返し」で進行していく。

検察側が事件のあらましを説明した後に、以下の順番で質問していくのだ。

①弁護人 → 被告人
②検察官 → 被告人
③裁判長 → 被告人

プレゼンテーションのように説明をしたりはしない。順繰りに質問をする中で、事件を深ぼっていく。

通常は質問の対象が「被告人」だが、「証人」がいる場合もある。

今回の事件は、その「証人」が呼ばれた例だったというわけだ。

教会の責任者をしているという彼は、聖職者らしくまっすぐな瞳を持ち、かっぷくのいい体をスーツに包んでいた。

当の被告人とは言うとだらしなくジャージを着ているのに、ご苦労なことだと僕はちょっぴり意地悪なことを思った。


きっちりとスーツを着込んだ証人

弁護人「被告人とはどんな関係ですか?」
証人「二十年来の友人です。私が管理している教会の寮に、被告人が住み込みをしたことで知り合いました」

弁護人「お金の管理はどのようにしていたのですか」
証人「教会が管理します。小遣いは1万、食費は3万です。それ以外は教会が貯金させています」

弁護人「被告人はその寮に?」
証人「そうです。二十年のうち、いたのは十年ほどでしょうか。金を持って出て行っては行き詰まり、戻ってくる……というのを繰り返していました。
今回は執行猶予はつかないでしょうが、(刑務所を)出てきたら、なんとかこちらで彼を引き取って、更生できればと考えております」

弁護人「被告人の今回の原因は何だと思いますか?」
証人「心が弱く、お酒に流れてしまうことです。教会の繰り返しの営みの中で、なんとか立ち直ってもらえれば……と思っています」

弁護人「更生できるとお考えですか」
初人「本人次第です。$${\underline{{本人が本気になってやれば治る}}}$$。いい加減ならまた酒に流れるでしょう。素直になって、私の支えを受け入れてほしいです」

意外にも証人は、「絶対に更生させる」とは言わなかった。
おそらく、彼もその長い教会の生活の中で、幾人もの人々をあきらめてきたのだろう、と思った。

裁判所の質問はなおも続く。

検察官「自立まで被告人の面倒を見るのですか」
証人「見るつもりです。彼には通いで教会に来てもらい、教会の仕事をしてもらいます。生活保護の金もこちらで預かれば、身を持ち崩す可能性は減るでしょう」

裁判長「事件前に連絡を取ったのはいつでしたか」
証人「前日です。素面で教会の参拝に来たので、飲酒をやめるように、といつものように声掛けをしました」

裁判長「被告人が昨年窃盗をし、執行猶予付きの刑がくだっていたのは知っていましたか」
証人「知っていました」

裁判長「では、今日なぜ証人になってくれたのですか」
証人「先ほども言いましたが、どうにか、僕らのところに彼をもらいたいな、と思ったのです

証人の声は堂々としていたが、最後のことばに僕は哀願の香りをかいだ。

イエスキリストの肖像はたいていが悲しげだが、それは、正しさも強さも無い人々のことを、常に考えていたからだろう。

弱きものに共鳴するからイエスの瞳には自然、哀願の色がにじむ。
証人の目に、今まさににじんだのと同じ色が。

証言台に立つ友人のことをちらちらと見ながら法廷に立つ、小さな被告人は、悪辣であるというよりもむしろ、臆病で力無げに見えた。

法廷にジャージで来たのは、彼が無礼だからではなく、彼にスーツを買う金が無かったからかもしれない。

ずっと猫背でうつむいているのも、背筋を伸ばすほどの度胸がないからかもしれない。


証人がきっちりと礼儀正しく証言を終えたところで、今度は被告人への尋問に移る。
こちらも流れとしては同様である。弁護人、検察官、裁判長の順に、質問によって裁判を進めていく。


弁護人「逮捕されたとき、いつから飲んでいましたか」
被告人「朝の六時からずっと一人で公園で飲んでいました。そういう生活を3年は続けています」

弁護人「生活保護の用途は?」
被告人「公共料金などの支払いに使った残りを細々と、酒などに出しています」

弁護人「酒への気持ちはいかがですか」
被告人「$${\underline{{やめるのは無理ですが、控えめにしようと思います}}}$$」

やめないのか。

ちょっと唖然とする。
証人の切々とした言葉を聞いた後もなお被告人は「酒を続ける」と言うのである。

検察官「財布を拾った時、ばれたらどうなるか考えたのですか」
被告人「考えました。警察に届け出るべきでした。酒のせいです」

検察官「なぜクレジットカードを使ったのですか」
被告人「精神的にいろいろと参っていたのかもしれないです。酒のこともあります。気を付けているのですが、飲み始めるとコントロールが効かなくなるのです」

検察官「禁酒は考えたことはありますか」
被告人「思ってはいます。ただもともと嫌いではないのと、仲間内で飲み始めると手が伸びます」

検察官「では、実際にやめていた時期はあるのですか? 仲間内にも禁酒を伝えていたのででしょうか」
被告人「やめていた時期はありません。仲間にも特に伝えたことはないです」

検察官「タバコもやっていますよね。そちらは?」
被告人「すぐやめると体に支障が出るでしょうから、少しずつ減らしていこうと思います」

検察官「ですがいま拘留されてて、禁酒・禁煙していますよね。体に支障は?」
被告人「特にありません」

検察官「ならば禁酒は気分次第だと思います。具体的に禁酒の目標は? また酒を飲み続けるにしても、お金の工面はどうするのですか」
被告人「やはり徐々に減らしていきたいですから、一日2合とか……。金は、仲間内が出してくれるときもありますから……」

検察官「では、具体的に金策のめどがたっているわけではないということですね」
被告人「……。」

一日に2合。
結構な酒飲みの僕よりも、飲む量が多い。

酒のせい酒のせいと言い続ける被告人は、しかし具体的な禁酒の目標も無い。
彼はきっとほかの罪を犯しても「酒のせい」と言いながら日本酒をなめるのではないか。

しかもやりきれないことに彼は、「自分の発言のおかしさ」に気づいていないようなのだ。

彼なりに反省し、一生懸命に決意を表明したつもり、に見える。

肩を縮こまらせ、自分よりも年の若い検察官に恐縮しながら、彼は「一日に二合とか……」とモゴモゴ言う。
彼以外の全員が「被告人は酒を言って来たりとも飲んではいけない」と考えているのに対して、彼だけが「減らせばよい」と考えているのである。

認知が歪んでいる。
現状を認知する能力が無い。

この点において、彼に「更生の能力」がない。

なぜなら彼は今自分がどこにいるのか、どこを目指すべきなのか、どうやってそこへ向かうのか、分からないから。


おそろしいことに僕は彼を笑う資格が無い。
僕は極めて似た状態を身をもって知っている。

僕が大学で酒におぼれていた修士一年の頃。
適応障害になりカウンセラーからも禁酒を促されても、僕は酒をやめることができないでいた。

国立大学の格安の受診料で買う向精神薬は、酒と組み合わせると効果が半減する。そう知っていて、なお僕は酒を飲み続けていた。

酒および酒のもたらす浮遊感は、僕にとってセルトラリンよりも即効性のある頓服薬で、翌朝になって焼けつくような希死念慮に代わるとわかっていても、どうしても手放せなかった。

それは、床に就き将来のことをもやもやと考える素面の1,2時間が僕にとって死ぬほど耐え難いものだったからである。

当時の僕は、泥酔が現状の最適解であると本気で信じていた。
酒を飲まなければ、僕は自傷に走っただろうし、眠れずに翌日のコンディションは最悪の物になるからだ。
冷静に考えれば、睡眠薬を飲むだけで済む話なのに、である。


この老人ももしかしたら、僕と同じように、寝る前の数時間を逃れるために浴びるほどの酒を飲んでいるのかもしれない。

禁酒し働き始め自立する、これが彼にとって最高潮の状態だとしよう。
しかしそこへ行くまでに彼は自らの状態を持ち上げる必要があり、その分のエネルギーを彼は老体の中に持たない。
これは高校物理の問題である。低い位置から高い位置に、静止したボールが転がることはない。

僕らは、寝床の中の、不安にさいなまれる地獄の数時間を、乗り越える術を持たないのだ。

酒浸りで毎日仲間と酒を飲む状態は、あまりに局所的に最適化されている。そこから身動きしようとすれば均衡が崩れ、要らぬエネルギーを彼は支払うことになる。
要は、遠くに見える、大きく豊かな盆地を見ながら、水たまりの中でじっとしている蛙のようなものなのだ。


最後にこの記事を、裁判長と被告人との会話で〆ようと思う。

裁判長「拘留中は酒と引きな離されていますが、体に支障はないとのことですね。世間に出るとやはりその誘惑には勝てないのですか」
被告人「うん……」

裁判長「逮捕された際、『財布を落とす方が悪い』と言っていたそうですね。今もなにか思うところありますか」
被告人「(焦ったように)反省しています」

裁判長「クレジットカードを使ったときも『落とした方が悪い』と思っていましたか」
被告人「反省しています」

判決の時間がくる前に裁判は定刻となり、次回の日程を裁判長が言い渡して終わった。

被告人の両脇を固めていた警察官が、被告人を法廷の端へ押しやり、
パーテーションの影に被告人の姿が隠れた。

警察官はまだがっちりと被告人の脇を固めているようだ。
耳を澄ますと、「ガチャリ」と重い金属音がした。
おそらく手錠をかけているのだろう。

証人台から傍聴席に移っていた証人は、閉廷してもしばらく前の方を見ていたが、しばらくして法廷を出て行った。

僕もノートを閉じ、法廷を引き上げることにした。

証人を追いかけて、被告人への本音を聞いたり、自分自身の悩みを告解したりしてみたい気もしたが、それはあまりに野次馬根性や甘えに満ちている気がして、やめた。
聖職者と言えども、初対面の人間に内面をぶちまけられては、戸惑うばかりだろう。



出所した後、教会に身を寄せた被告人は果たして酒をやめられるだろうか。


もし、証人と被告人の立場が逆だったらどうなっていただろう。
被告人は、教会の管理人のために、わざわざ裁判所へ出向くなどという手間を払っただろうか。

自分が裁かれる場だというのにだらしないジャージを着て、始終猫背だった彼。
罪の理由を酒のせいにしながらも、酒はやめないと言った彼。


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