「国旗損壊罪」新設が意味するもの
「国旗損壊罪」とは?
2021年1月26日、コロナウイルス禍が終息しないという状況にもかかわらず、自由民主党の下村博文政調会長が「日本国旗の汚損に関する罪」(以下国旗損壊罪と呼びます)の規定を新設する考えを示しました。これについて高市早苗らの議員グループが下村と会談し、高市は「日本の名誉を守るために外国の国旗損壊と日本の国旗損壊を同等の刑罰で対応すべき」と主張しました(ちなみに自由民主党が野党だった民主党政権において同様の法案が提出されたものの廃案となっています)。
「外国国旗等損壊罪」は刑法第92条に規定されています。
第92条
第1項:外国に対して侮辱を加える目的で、その国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
第2項:前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。
第2項の規定については後程言及します。新設する予定の国旗損壊罪については「同等の刑罰」と言っている以上「2年以下の懲役又は20万円以下の罰金」が科されるという事です。ところで、日本国旗の損壊という行為を罰するのであれば、現行刑法でも第261条「器物損壊罪」で対応が可能です。以下、器物損壊罪の条文を上げておきます。
第261条:前3条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。
上記2つの規定を比較すれば一見「国旗損壊については器物損壊罪よりも軽いので問題ない」と思う方もいるかも知れません。しかし、話はそう単純な問題ではありません。国旗損壊罪新設の中には、憲法や民法の基本原則/理念を覆しかねないレベルの問題があります。刑法における「保護法益」という観点から見ればそれは明確になります。
保護法益の差異が意味するもの
国旗損壊罪と器物損壊罪は、保護法益という観点から見て全く異なる罪質の規定です。
刑法の目的は法益の保護ですが、刑法学上、保護法益は「個人的法益」「社会的法益」「国家的法益」に分類されます。これを法益三分説といいます。「個人的法益に関する罪」とは、各人の生命や身体、財産、名誉等を保護法益とする規定で、第199条「殺人罪」や第235条「窃盗罪」が代表的なものです。「社会的法益に関する罪」とは、公共の平穏や信用等を保護法益とする規定で、第108条以下「放火罪」や第148条以下「通貨偽造罪」が代表的なものです。「国家的法益」とは国家の存立や国家の作用等を保護法益とする規定で、第77条「内乱罪」や第95条「公務執行妨害罪」が代表的なものです。これらを踏まえて以下検討していきます。
まず器物損壊罪ですが、保護法益は「他人の物」であり、個人的法益に関する罪に属します。つまり自己所有の物については適用されません。そして「損壊」の意味ですが、判例によれば「物質的に物の全部又は一部を害し、又は物の本来の効用を失わせる行為」とされています。物理的損壊のみならず事実上又は感情上その物を再び本来の用途として使用不可能にする場合も損壊に含まれます(判例上、鍋や徳利に放尿する行為も損壊に該当します)。
これに対して外国国旗等損壊罪ですが、保護法益は「外国国旗等及び国家の威信、ひいては自国と外国との国交関係」であり、国家的法益に関する罪に属します。本罪は「目的犯」であり、外国に対して侮辱を加える目的で行われた場合に限り適用されます。そして第2項により「外国政府の請求」がなければ公訴が提起されない「親告罪」となっています。
さて、新設予定の「国旗損壊罪」ですが、下村や高市の主張から、第92条を補完するもの、つまり「国家的法益に関する罪」として規定する意図と考えられます。してみると、個人的法益に関する罪である器物損壊罪の法理は妥当しない事になります。つまり、新設規定の如何によっては、国旗及びそれを意匠とするものを毀損した場合、それが縦令「自己所有の物」であったとしても罰則が科せられる、という事になります。また、汚損といった定義も多義的なものなので、SNSで国旗を改造したアイコンを使った場合、汚損行為に該当するとして処罰される事もないとはいえません。第92条と異なり「非親告罪」となる事も有り得ます(これに関して親告罪の場合「告訴権者」が誰なのかが気になる所ですが)。自己所有の物であっても国旗を侮辱する行為と判断された場合に罰則の対象となる、これは民法における「所有権絶対の原則」は言うに及ばず、憲法第29条「財産権」のみならず第19条「思想及び良心の自由」や第21条「表現の自由」の侵害となる恐れが極めて高いです。かつて刑法には皇室に対する罪の規定(第74条以下。所謂「不敬罪」)が存在しましたが、それを彷彿とさせます。国家的法益に関する罪の規定の新設、そこに「国家主義への回帰」という自由民主党の志向が見られます。
参考文献
⭐️川端博『刑法総論講義』『刑法各論講義』(成文堂)
⭐️山口厚『刑法総論』『刑法各論』(有斐閣)
