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契約の破壊/酒類販売取引停止要請

民法の基本原則を知らない為政者

2021年7月8日、経済再生担当大臣である西村康稔が、感染拡大防止の一環として「酒類販売事業者に対して酒類提供を続ける飲食店と取引を行わないよう要請する」旨を主張しました。西村は「酒類販売提供停止を徹底するため」としています。しかし、酒類販売提供を停止させたいのであれば、憲法第29条第3項に基づき「飲食店に対して販売停止に伴う逸失利益を補填する」といった正当な補償をすれば良いのです(ここにいう財産権とは財物に限らず将来債権も含まれるものと見て良いでしょう)。そもそも「酒類を提供しなければコロナウイルス感染拡大は抑えられる」という(屁)理屈が意味不明です。酒の存在のみが人との接触を誘発するわけではない事は自明でしょう。国会をそそくさと閉じて会派でのパーティーに勤しんでいる自由民主党議員に対しては何も言わないのでしょうか。
言うまでもなく、酒類販売事業者と飲食店との取引は「商取引」であり、れっきとした契約です。契約とは「当事者間において各人の意思表示の内容通りの法的効果が発生する行為」であり、私法の一般法たる民法に規定されています。そして契約については「契約自由の原則」という基本原則があります(「私的自治の原則」とも言われます)。これは「契約をするに当たっては当事者が内容を自由に決定できる」というものです。より詳細に言えば、契約をするに当たっては各人が相手方、内容、方式、条件等について自由に決定/実現できるという事です。根拠について、これまでは民法第90条(公序良俗)や第91条及び第92条(任意規定)等が挙げられていましたが、債権法の大改正により以下の規定が新設されました。

第521条
第1項:何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
第2項:契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

法令の定めがない限り契約当事者は自由に契約する事ができる、というわけです。尤も、事業者に対して相対的に弱い立場である消費者保護のために契約自由の原則は修正を受けています。「消費者契約法」「特定商取引に関する法律」といった法令によって、主に「強者」である事業者に対して制約が課せられています。また、民法第1条第1項の通り「公共の福祉」による制約も受けます。尤もこれは憲法と同様に「各人の人権衝突を調整する原理」であり「社会的要請」「政府の方針」といった「曖昧且つ恣意的な基準」が優先するというわけではありません(尤も、先に挙げた第90条には「公序良俗違反の法律行為は無効」という規定が別途あります)。
ところで、民法学上、契約には「拘束力」があるものとされています。端的に言えば「契約当事者は契約締結によって各々契約内容を実現する事を要求される」というものです。そして同時に「契約当事者以外の者によって契約は干渉されない」事も意味します(これを「債権の相対性」と言ったりもします)。つまり、酒類販売取引契約において契約当事者は酒類販売事業者と飲食店であり、政府(公権力)は契約関係にない全くの第三者です。したがって、政府によって「酒類販売取引を行わないよう要請される」筋合はありません。自由民主党政権は憲法のみならず民法についても全く無知のようです。頻りに「私権制限のために憲法に緊急事態条項を新設すべき」と主張していますが、緊急事態条項がなくとも市民の私権を恣意的に制限し放題ではありませんか。何等の法的根拠もなしに。無法国家の謗りは免れません。

民法の重要性

ところで、私は民法とは法律の中で最も重要なものと考えています(ちなみに私は「国家の基本法」たる憲法は「法律とは別次元のもの」と看做しています)。民法とは私人間の法律関係を規律する基本法であり、商法、会社法といった取引関係を規律する諸法令の基本となるものです。否、それにとどまらずあらゆる法規の基幹とも言えるでしょう。その意味で「法律行為」「代理」「契約理論」「法定債権」といった民法の基礎理論は押さえておきたいものです。
さて、西村康稔は「国務大臣」であり「行政府」にいるわけですが、行政を担う者及び行政を規律するのが「行政法」という分野です。ちなみに行政法という法律は存在しません。国家行政組織法、情報公開法、行政不服審査法、行政事件訴訟法、国家賠償法といった各種行政法規に共通する理論を考察するのが「行政法」という学問分野です。そして行政法の理解において民法の理解は必要不可欠です。とりわけ、民法の「法律行為」と行政法の「行政行為」との異同、行政契約の特殊性、国家賠償等については民法を理解していないと全く理解できません。契約の基礎理論すら理解していない西村康稔に、どうして行政を担う事ができるでしょうか。何が「経済再生担当大臣」ですか。市民の財産権を侵食し、経済を破綻させようとしているではないですか。

違法な行政指導

さて、今回の「酒類販売取引停止要請」についてですが、これは行政法学で言うところの「行政指導」に該当するでしょう。行政手続法第32条に規定があります。

第32条
第1項:行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
第2項:行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。

強制力を伴わない「要請」と言っている以上、行政指導に該当する事は明らかです。行政指導は相手方の任意の協力を前提に行われるため、法律の根拠は原則として不要です(尤も「社会的要請」の名の下に事実上強制力を持つような行政指導も少なくなく、それは極めて問題です)。しかし従わなかった事により金融機関に相手方の情報提供をしたり罰則を適用したりする(又はこれらについて仄めかして従わせる)事は最早行政指導ではありません。下命/禁止/行政罰といった「処分」に該当し、法律の根拠がなければ行えません。

参考文献

⭐山田卓生ほか『Sシリーズ 民法1~5』(有斐閣)
⭐大村敦志『基本民法1~3』(有斐閣)
⭐椿寿夫/新美育文編著『解説 関連でみる民法1、2』(日本評論社)
⭐野呂充/野口貴公美/飯島淳子/湊二郎『行政法』(有斐閣)
※民法改正については本記事でフォローしています。

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