管弦祭
毎年近所では管弦祭の一ヵ月前から
御座船を牽引する船乗り衆の特訓が始まる。
船を漕ぐ練習に合わせ、その歌声と太鼓の音が
近所中に鳴り響き、あっ 今年も夏が来たと思う。
毎夜、姿はほとんど見えないけれど
一時間みっちり練習活動する音の響きは
近隣住民にとって約一か月限定の生活音となる。
ある散歩中の昼間、船乗りが鮮明に姿を現す。
正装(腹巻姿)をした様子から
本番への仕上げ段階で
翌日が管弦祭なんだと気づいた。

管弦祭は、タイミングが合えば見るといい祭り。
観に行くつもりもなかったが
そちら方面に予定があり通りすがって
駐車場が空いていたら立ち寄ることにしたら
あっけなく余裕で駐車できた。
また観られるとも限らない
これもタイミング、島を渡り宮島へ。

すでに鳥居周辺で船が待機


管弦祭
平安貴族が池や川で楽しんだ「管絃の遊び」を平清盛が神様を慰める神事として行った平安絵巻を思わせる優美で厳粛な神事。
厳島神社の回廊と客神社に囲まれた「枡形」で3回の船体回しは圧巻の管弦祭のクライマックス。
島に渡ったのが遅く
到着と同時に御神体を乗せた神輿が
ちょうど本殿を出て海に向かうところだった。












潮の満ち引きの具合で待機時間が変わるのか
船が動き出すまであれやこれや一時間近くかかる
じっーと見ていてもきりががないので

潮が引いているので神社周辺の
普段立ち入らない場所を覗く。
とりわけ、能舞台は立ち入り禁止なので
まじまじと近づいて見ることはあまりないエリア。

普通に能舞台として立っている
床下は水に浸かるのにすごい丈夫なんだな




出入り用かしら




そこは御神域
普通にモラルが問われる^_^

地面は海底なのでカニだらけ

御祭神 菅原道真
なぜ本殿の裏の敷地内にあるのかはなぞ

能舞台 [のうぶたい]
国重要文化財:切妻造・桧皮葺
永禄11年(1568)毛利氏は、観世太夫を招き、仮の能舞台を海中に設けさせ、能を奉納しました。現在の建物は、延宝8年(1680)広島藩主浅野綱長により改修されたもので、天神社と同じく、建造時期が下がりますので、丹塗りはしていません。
特徴は、日本で唯一海中に建てられている。切り妻造りであり、笛柱が独立している。
海中にあるため、通常床下に共鳴のために置かれている甕が無いことです。代わりに、床下の根太が三角形で、その上に床板を張り、大きく響くように工夫されています。
毎年4月16日から3日間桃花祭神能が行われ、初日と2日目には、初めに翁が舞われ、3日間とも五番立で、間に狂言が入り、江戸時代からの本式な演能を観ることができます。
平成3年の台風19号で倒壊いたしましたが、古材をできるだけ使用し、平成6年に再建されました。



まじまじ見渡した

しばらくして海を眺めると

観光船も待機して見守る

大鳥居の前を三周旋回

せっかく来たのでこれだけでは物足らない
大願寺(弁才天 不動明王)
奥の大元神社(大山津見神)と
かわいらし粟島神社(少彦名命)も参る

粟島神社
ところで、祭なのに
店はほぼ夕方で閉まり、商売っ気は
コロナで一変したようで時代の変化を感じる。
神事と観光、娯楽が同存してきた
昔のあり方とは随分変わり
純粋な神事という
一線を引く形に戻るのかも知れない。
そもそもここは神の島
戦い、合戦、戦争の拠点としての歴史もあり
観光、商業の繫栄の場所として貢献もしたが
日本列島つつうらうら
こうした場所は
本来の場としての役割に戻りつつあるのかも。
唯一開いていたお店で腹ごしらえし
その後
対岸に行った御座船が島に戻り
最初にご神事される神社に立ち寄って
帰ることにした。
何度も訪れているこの島でも
知らない場所が沢山ある。
長濱神社



島なので海と山が隣接

こちらに船頭が着き神事が行われる



うろうろしていたら
提灯行列で船をお出迎えということで
ちょうちん🏮が配られるよう
島民問わず誰でも貰えて参加できるようだ。


ここで夕日をみながら
ゆっくりまったりしている人多し
コンビニも近くにあり
お酒を飲みながら過ごす人もちらほら


提灯なんて持つことないから妙に嬉しくなって
童心にかえりテンション上がる。
管弦祭
夜の部は、泊り客と島民のものと思い
観たこともないので
ついでに船のお迎えに参加することにした。
船を迎える寸前に行列になって
蝋燭を灯してもらう。


三回周遊
管弦樂を奏で
祝詞を奏上



ずーっと引っ張り続ける小舟

長濱では
かがり火と提灯の火つけで
トラブルがないよう
消防隊も出動され安全管理も怠らずの対応
ここでもう十分満足だが
提灯を揺らしているとつられて
提灯行列参加
🏮🚶🏻♂️🏮🚶🏻♀️🏮🚶🏻

海を横断する御座船を見守りつつ
大鳥居が見えてきて本殿に着いた


提燈行列一行はそのまま神社内に入れた様子だが
人も多いしどこかでおいとましようと
外からとりあえず全体を眺めることに。

御座船の帰還に合わせ待機した船が退くと
静寂の空間が染み入る





まずはご帰還のご神事
この一区切りでさすがに帰るつもりが
最終便のフェリーもあるし
ここまで来たらついでにと
またもや延長し見届けることにした。

枡形 [ますがた]
客神社祓殿[はらいでん]と廻廊で囲まれたところを、枡形という。
毎年旧暦6月17日に行われる「管絃祭」で御座船や阿賀・江波の曳船がここで船を3回廻する。
廻廊に大勢のお客様が陣取り、管絃祭のクライマックスを迎えるところ。


その後は隅っこでひたすら待機



管弦樂と祝詞の奏上

その後

なんとこちらも三回転





何度も繰り返えされた各場での神事の終焉


お務め完了

最後まで見て良かった。
外から眺める全体の景色は
満月に照らされとても幻想的で雅だった。
しかしながら
これを果たすには一人一人の働き
根気強さと協調が土台にあって成り立っていた。
長時間同じことを繰り返し続ける成し事は
地道な力の合わせ技。
観ているほうも平安貴族並みの
ゆったり優雅な心構えと時間時間軸を要す。
夜の幻想的で、雅な空間は
古典的というより宇宙的
水に浮かぶ
宇宙ステーションと宇宙船のようにも思える程の
異空間が重なったような不思議な時空間だった。
とても貴重な景観
また観れるか 未来はわからない。
チャンスとタイミングを逃さず
ぜひ夏の風物詩として心洗われる景色を
楽しむことをお勧めしたい。
ところで
提灯ごときで浮き立ち
結局好奇心が勝って夜中までお付き合いした。
かつて
子供の頃祭りを見に行き
親に帰りを急かされ
すごく残念だった記憶を急に思い出した。
いい大人になった今
誰にも遠慮せず
たっぷり祭りを堪能したら
その頃のインナーチャイルドを
満たしてあげた様な気がしてならない。
いくつになっても
満たされなかった思い出を
自分で満たすことができる。
祭りというワードで
思い出の塗り替えもできたように思う。

管弦祭



