天才
昨日、テレビで林修とVaundyの対談番組を見ていた。
やっぱり若くして頭角を表す人物は、智力のリソースの大半を何かに集中させているんだなと感じた。それはVaundy だけでなく林修もそうだ。Vaundyはリソースの大半をアートに注ぎ込んで、林修は勉強に注ぎ込んだ。
Vaundyもアウトプットが大事だと言っていた。
彼はアーティストなので、筋肉が脳より速く反応するようにならないと良いアウトプットは出せないと言っていた。歌や楽器が上手くないと素晴らしい音楽は作れないと。それはスポーツでも勉強でも同じだろう。
棟方志功も手塚治虫も喰らいつくように絵を描いたそうだ。宮崎駿も「もうアニメは作りたくない」と言いながら、82歳で「君たちはどう生きるか」を公開している。
そこには「好きだから」の一言で片付けられない何かを感じる。執念のような何かだ。「誰よりも上手くなりたい」という衝動だ。
その衝動が本物かどうかは挫折したときにわかる。
たとえ勝負に負けたとしても、他の誰かが自分よりも上手いと気付いたとしても、多くの人に誤解されたとしても、そんなことで尽きることがないのが本物の衝動だ。
それを突き詰めて、さらにずっと結果を出し続けることができれば、その人は「天才」と呼ばれるようになる。
だけど、ほとんどの人はそこに到達できない。
そうなると、凡人だけどレアな存在を目指すしかない。ホリエモンのように掛け算の戦略を採るか、キンコン西野のように逆張りの戦略を採るか…
いずれにせよ、人生は一度きり。
やり直しはできないけれど、命ある限り何度でもチャレンジすることはできる。
