ドライブナビゲーション
さて、ボクはnoteに記事を書くとき「AIを使わないこと」をマイルールにしていた。
それは、自分の頭で考えて自分の手で書くことが、自分自身の文章力を磨く訓練になると思っていたからだ。
だが、そのルールはもう捨ててしまった。
それは、昨今のAIの進化によって「もう人間が文章力のスキルだけを磨く時代は終わった」と思ったからだ。だから今では毎日のようにAIと対話しながら記事を書いている。
執筆のスピードが上がったわけじゃない。
むしろ(体感では)AIを使う前より1.5〜2倍くらい時間をかけている気がする。なぜなら、文章生成前にひとつのテーマについてAIと何度も壁打ちを繰り返し、構成を組み上げる工程を経るからだ。
そして最後は、自分の手で文章全体を読み返しながら細かく調整する。
それはカーナビに似ている。
カーナビは目的地を決めてくれない。
まず自分で「どこへ行きたいのか」を決め、その目的地を入力するところからドライブは始まる。運転を始める前にそこに時間をかけないと、きっとドライブは楽しいものにならないだろう。
案内されたルートを走っていても、人はそのルートの正当性を感覚的に検証しながら運転するものだ。それができないと、ナビに従っていても道に迷ってしまったり、予想外のアクシデントに巻き込まれて遅刻したりするのだ。
だから場合によってはナビを無視して、自分の知っている道を選ぶこともある。そして、正しく目的地へ着いたことを確認するのも人間自身だ。
AIによる作文も同じようなもんだ。
AIは文章の構成を提案し、比喩を考え、文章まで書いてくれる。だけど、「なんか違う」「この表現のほうがボクらしい」と判断しているのは、結局ボク自身だ。
正しいかどうかを一つひとつ論理的に検証しているわけではない。カーナビを見ながら運転するときのように「このルートなら行けそうだ」という感覚で、思考の方向を選んでいるのである。
とはいえ、カーナビも昔とはずいぶん変わった。
今では住所を細かく入力しなくても店名で目的地を検索できるし、口コミや写真、営業時間、混雑状況まで教えてくれる。ただ道を案内するだけではなく、目的地を選ぶための判断材料まで提供するようになった。
AIもきっと同じだろう。
これから先、プロンプトを書く手間は減り、こちらの意図も今より自然に理解してくれるようになるはずだ。壁打ちの回数も減り、最初からかなり完成度の高い文章を提案してくれる未来が来るかもしれない。
だけど、どれだけ技術が進歩しても、変わらないものがある気がしている。
それは「どこへ行きたいのか」を決めること。
そして「正しく目的地に着いたのか」だ。
AIは目的地までのルートを提案してくれる。
しかし、その目的地を決めるのは、これからも人間の役割なのだと思う。
