鎮守の森
ボクが通っていた小学校の隣には、小さな鎮守の森があった。
神社には社へ続く細い参道があった。
だけど、ボクたちはそんなところは歩かなかった。
学校の帰り道、森の外れを歩いていると、草が少しだけ踏み固められた場所を見つける。けもの道だ。
「ここ、入れそうじゃない?」
誰かがそう言う。
最初に一人が入る。
「行けるぞ!」
その声を聞いて、二人目が続く。
みんなその後に続く…
森の中は少しひんやりしている。
足元は湿っていて滑りやすい。
木の根につまずいて転ぶ。
枝に服を引っ掛ける。
気が付けば友達とはぐれてしまうこともある。
少しだけ不安になる。
だけど、それ以上に先が気になる。
しばらく歩くと、突然視界が開ける。
そこには小さな社があった。
急に烏の鳴き声が聞こえてきて、思わずドキリとする。
子供の頃、ボクは本ばかり読む子だった。
親が心配するくらい家で本を読んでいたのだ。
だけど、鎮守の森だけはよく入った。
山奥へ探検に行くわけじゃない。
学校の帰りに、ほんの少し寄り道するだけ。
だから何度でも行けた。
今日はあっちへ。
明日はこっちへ。
そんな小さな冒険を繰り返していたのだ。
小学生の間では、だいたい足の速い子がリーダーだ。
鬼ごっこで逃げ切る子。
ドッジボールの強い子。
それがみんなの人気者だ。
だけど、鎮守の森では違った。
足の速さではない。
「面白そう」を見つけた子がリーダーだった。
「あっ、ここから入れそうだぞっ!」
そう言って、藪の中に最初に分け入っていく子がリーダーなのだ。
最近、リーダーシップについて考えることが増えた。
世の中では「人を引っ張る人」がリーダーだと言われることが多いけれど、ボクが人生で初めて出会ったリーダーは、そういう人じゃなかったのかもしれない。
誰よりも前に出る人ではなく、
誰よりも先に「面白そう」を見つける人。
最初の一歩を踏み出す人。
その一歩の後ろに、いつの間にか道ができていく。
大人になった今、ボクの探検する場所は変わった。
本になり、人になり、ときにはAIとの対話になった。
だけど、「この先には何があるんだろう」と一歩踏み出す気持ちは、あの頃と何も変わっていない。それは心の鎮守の森だ。
人には、帰り道にちょっと寄り道したくなる鎮守の森が、ひとつくらいあった方がいいのだろう。
