最後のオムライス 804号室の住人
子育てには、
いつも最後がある。
でも、
その最後が
いつだったのか、
私は覚えていない。
夜泣き最後の日。
いつのまにか息子が
夜通し眠るようになった。
私はそれを
「成長」と喜んでいた。
しかし、
今になって思う。
暗闇の中で
泣き声を聞き、
抱き上げたあの夜。
あの晩が、
最後の夜泣きだったかもしれない。
ママと呼ばれた最後の日。
息子が、「お母さん」
私のことを
そう呼んでいることに
気が付いた。
その日が、
初めてだったのか、
それとも
何度目かだったのか。
小さな手で
私の服の裾を引っ張り、
「ママ、ママ」
そう呼んでいた日々。
それは
いつの間にか
終わっていた。
好き嫌いがなくなった日。
お皿の端に、
苦手だったピーマンが
残ってないことに気づいた。
「ぼく、食べられるよ」
そう笑顔で言った。
息子が家を巣立つ日。
「行ってきます!」
いつもと変わらず
明るく元気な声だった。
「行ってらっしゃい!」
私も、
いつもと同じように
息子を送り出した。
しかし、
その「行ってきます」は、
「ただいま」とは言わない、
最後の「行ってきます」だった。
それでも、
月に一度くらいは
電話がくる。
「元気にしてる?」と聞けば、
「うん」と言う。
「ちゃんと食べてる?」と聞けば、
「まあね」と笑う。
ある日のこと。
「オムライスが食べたいな」
息子がふと、
電話口で言った。
「オムライス?」
そう聞き返すと、
「うん。なんか、急に食べたくなった」
少し照れくさそうな声が返ってきた。
「オムライスか……」
電話を切ったあと、
私は台所へ向かった。
冷蔵庫を開け、
玉ねぎと鶏肉を取り出した。
包丁を手に取り、
思い出したように
まな板を濡らした。
涙を堪えながら、
玉ねぎを刻む。
フライパンに
バターを落とす。
じゅっと音を立てて
溶けていく。
その香りを嗅いだ瞬間。
ふと、幼い頃の息子が
椅子の上に膝をつき、
キッチンを覗き込んでいた、
あの頃の姿を思い出す。
「まだ?」
「もうすぐよ」
そんなやりとりを、
何回繰り返したことだろうか。
鶏肉、玉ねぎ、
ピーマンを炒める。
ご飯を加えて
ケチャップを絡めると、
ジュージューと
軽快な音を立てながら、
チキンライスが
出来上がっていく。
そういえば
いつからだろう。
息子のために料理を
することがなくなったのは。
卵を溶き、
別のフライパンへ流し込む。
弱火にして、
ゆっくりと火を通す。
焦がさないように、
破れないように、
フライパンを揺らしながら。
チキンライスを
たまごで包み、
お皿にのせる。
ケチャップの蓋を開け、
いつもより丁寧に、
小さなハートを描いた。
最後の日は、
いつも気づかないうちに
通り過ぎてしまう。
最後の夜泣きも、
最後に手をつないだ日も。
しかしそれは、
悲しいことではない。
私はそれが
最後だったと
気づかないまま、
いつもと同じように
息子を抱きしめ、
手をつなぎ、
オムライスを作った。
私は出来上がった
オムライスを
しばらく見つめていた。
ひとりで食べるには
少し大きすぎるオムライス。
だけど、これでいい。
「食べたいな」
そう言ってくれるかぎり、
息子はまた
うちに帰ってくるのだから。

