早起きなんてしなくていい
世の中には、早起きを勧める言葉がたくさん溢れている。早起きは三文の徳。朝活で人生が変わる。成功者はみな早起きである——そういった言葉を、僕はこれまでの人生で、数えきれないくらい目にしてきた。
それでも僕は、ある時期からはっきりと、早起きなんてしなくていい、と思うようになった。これは別に、早起きを否定したいわけではない。早起きが好きな人は、早起きをすればいい。それはとても健全なことだ。ただ、早起きが苦手な人間まで、無理に早起きをする必要はない、というだけの話だ。
僕自身、二十代のころは、毎朝六時に起きて、ジョギングをして、それから出勤するという生活を試したことがある。三週間ほど続けたと思う。結果として、僕は毎日、午後三時ごろに猛烈な眠気に襲われるようになった。仕事の能率はむしろ落ちた。早起きという行為そのものが目的化してしまい、なぜ早起きをしているのか、誰のために早起きをしているのか、その理由がいつのまにか消えてしまっていたのだ。
体内時計というものについて
人間の身体には、それぞれ独自の時計が内蔵されている、と何かの本で読んだことがある。クロノタイプという言葉らしい。早朝に強い「朝型」の人もいれば、深夜に強い「夜型」の人もいる。これは意志の強さとはまったく関係がなく、ある程度は生まれつき決まっているものらしい。
僕はおそらく、夜型のクロノタイプを持っている人間なのだと思う。夜の十時を過ぎたころから、頭が妙に冴えてくる。文章を書くにしても、何かを考えるにしても、夜のほうがずっと効率がいい。逆に、朝の六時から八時くらいの時間帯は、僕にとってはほとんど機能していない時間だ。頭の中に薄い霧がかかったような状態が続く。
それなのに、世間が「早起きこそ正しい生き方だ」と言うものだから、僕はずいぶん長いあいだ、自分の身体のリズムに逆らって生きていた。そしてその結果として、たいして生産的でもない、ぼんやりとした朝の時間を過ごし続けていたのだった。
これはちょうど、左利きの人に、無理やり右手で字を書かせるようなものなのかもしれない。書けないわけではない。でも、本来の力は出せない。
「早起き」という物語に乗っかること
ある日、僕は早起きをやめた。代わりに、自分がもっとも頭の働く夜の時間に、大事な作業を持っていくことにした。原稿を書くのも、考えごとをするのも、夜にした。朝は、ただ普通に起きて、普通に出かける。それだけにした。
不思議なことに、それだけで生活は驚くほど楽になった。午後三時の眠気も消えた。誰かに強制されて早起きをしていたわけでもないのに、僕は早起きという「物語」に、勝手に自分を合わせ込んでいたのだということに気づいた。
世界には、こういう「正しいとされている物語」がたくさんある。早起きはいいことだ。毎日同じ時間に運動するのがいいことだ。週末も予定を詰め込むのがいいことだ。そうした物語の多くは、誰かにとっては本当に正しいのだろう。けれど、それがすべての人間にとって正しいとは限らない。
僕たちはときどき、自分の生活に物語を当てはめようとするのではなく、自分の生活そのものをよく観察して、そこから自分なりの物語を見つけ出す必要がある。早起きが効くタイプの人間もいれば、夜更かしが効くタイプの人間もいる。それだけのことだ。
静かな夜の時間について
僕にとって、夜の時間というのは、世界が静かになる時間だ。電話も鳴らないし、誰かに話しかけられることもない。冷蔵庫の音だけが、かすかに聞こえている。そういう時間の中で、僕はようやく自分の頭の中を整理することができる。
朝の時間に同じことをしようとすると、どこか急かされているような感覚がある。今日も一日が始まる、何かをしなければならない、という空気が、部屋のあちこちに漂っている。それは決して悪いことではないけれど、僕の場合、深く考えるという作業には向いていない。
夜中に文章を書いていると、ふと、自分が何かとても自然なことをしているような気持ちになる。これは多分、僕の身体が本来持っているリズムと、僕がしている行動とが、うまく噛み合っているからなのだと思う。早起きをしていたころには、こういう感覚を持つことは、ほとんどなかった。
それぞれの正しさについて
だから僕は、もう一度言いたい。早起きなんてしなくていい。
もちろん、早起きが好きな人、早起きが合っている人は、それを続けてほしい。それはその人にとっての、正しいリズムなのだろうから。けれど、なんとなく「早起きはいいことだ」という空気に押されて、自分には合わない生活を続けている人がいるなら、一度立ち止まって、自分の体内時計に耳を澄ませてみてもいいのではないかと思う。
人生というのは、案外、誰かが決めたルールに従うよりも、自分の身体が静かに発している小さな信号に従ったほうが、うまくいくことが多い。早起きという物語も、その他の数えきれない物語と同じように、すべての人間に当てはまる絶対のルールではない。
世界はきっと、それぞれの時間帯で、それぞれの人間が、それぞれのリズムで動いているくらいのほうが、ちょうどいいのだと思う。
いいなと思ったら応援しよう!
いつもサポートしていただき、ありがとうございます!!💕💕
あなたからのサポートは、全額、勉強道具に使っています✨✨
あなたの記事も読みに行きますので、またぜひよろしくお願いしますっ!!^^