商業出版は「書きたいこと」を書く場所ではなかった
「どうしてもこの構成だと原稿が商業出版に耐えうる強度まで上がり切らないですね」
という岡本さんの言葉に、僕は一瞬だけ言葉を失った。
もちろん、まったく予想していなかったわけではない。
ライティングを担当してくださっているシーアさん、編集者の岡本さん、そして僕。何度も打ち合わせを重ねるなかで、このままでは何かが足りないという感覚は、三人のどこかに共有されていたように思う。
それでも実際に「延期」という言葉を耳にすると、胸の奥に小さな痛みのようなものが走った。
桜も早く散ってしまい、春なのに窓の外は夏のような日差しだった。
本来であれば、5月頃には『僕の本』が世の中に出ているはずだった。
9年間ブログを書き続け、その延長線上に突然現れた「商業出版」という夢のような話。その夢が少しだけ遠ざかったような気がして、3人でのオンラインでの打ち合わせが終わったあとも、しばらくパソコンを閉じることができなかった。
ふと、周りを見渡すと飲みかけのコーヒーが残っていた。
いつの間にか冷めきっていて、僕はそれを一口飲んでから、「ふぅ~」っと深く息を吐いた。打ち合わせでは見せなかった、見せたくなかった顔。
そして考えた。
そもそも、自分は何を書こうとしていたのだろう。
商業出版のお話をいただいたとき、僕は少し勘違いをしていたのだと思う。
9年間ブログを書いてきた。
仕事についても書いた。
副業についても書いた。
資産形成についても書いた。
だから、その積み重ねを整理し、一冊にまとめれば自然と本になるのだろうと考えていた。
しかし、それはブログを書く人間の発想だった。
ブログは自由だ。
今日は投資について書こうと思えば投資を書く。
仕事で嫌なことがあれば、その気持ちを書く。
家族との出来事を書いてもいい。
誰かの言葉に心を動かされたなら、その感想を書けばいい。
極端な話、読者が一人もいなくても書くことはできる。
書きたいから書く。
それがブログだ。
Kindle出版も比較的近い。
テーマを決めるのも自分。
内容を決めるのも自分。
出版するタイミングを決めるのも自分。
自由には責任も伴うが、その自由こそが魅力でもある。
でも、商業出版は違った。
打ち合わせのたびに問われたのは、「何を書くのか」ではなかった。
「なぜ、それをあなたが書くのですか」という問いだった。
最初、その意味がよく分からなかった。
僕は投資について語れるし、副業についても語れるし、資産形成についても語れる。経験し失敗し継続してきたからだ。
だから、その中から読者に役立つ内容を選べばいいと思っていた。
しかし編集者の視点は違った。
世の中には投資本が山ほどある。副業本もある。資産形成の成功法則を書いた本もある。そしてどれも、僕なんかより実績も経験も能力もフォロワー数も多い、猛者たちの世界で、山のように刷られて、その多くは埋もれていく。
では、その中で読者がわざわざ僕の本を手に取る理由は何なのか。
その問いに対して、僕はうまく答えることができなかった。
なぜなら、僕自身が自分の価値を勘違いしていたからだ。
僕は投資の専門家ではない。
億り人でもない。
副業で何千万円も稼いだ成功者でもない。
そんなことは最初から分かっていた。
それなのに、どこかで「投資の話を書かなければならない」「副業の話を書かなければならない」と思い込んでいた。
しかし打ち合わせを重ねるうちに、少しずつ見えてきたものがあった。
それは、投資や副業の手法ではなく、その手前にある人生だった。
35歳で管理職になり、心を壊したこと。
会社へ行くことができなくなったこと。
自分の人生が終わったように感じたこと。
お金も、自信も、未来も失ったと思ったこと。
そしてそこから少しずつ立ち上がり、副業を始め、お金について学び、投資を始め、自分なりの人生を取り戻してきたこと。
本当に伝えたいのは、その過程だったのではないか。
お二人と話すたびに、そんな気持ちが強くなっていった。話すほうにも自然と力が入るし、聞いてほしいと思うようになる。それは自然であり、無理していない自分だとはっきり分かる気持ちだった。
今振り返ると、出版延期は決して後退ではなかった。
むしろ必要な寄り道だったのだと思っている。
もし予定通り春に出版されていたら、僕は「何を書くか」という問いには答えられても、「なぜ自分が書くのか」という問いには答えられないままだったかもしれない。
商業出版は原稿を書く作業だと思っていた。もしくは今ある材料を持ち寄ってまとめる作業だと思っていた。
しかし実際は違った。
自分自身を掘り下げる作業だったのだ。
自分は何者なのか。
何に苦しみ、何に救われたのか。
誰に何を届けたいのか。
その答えを探し続ける旅でもあり、旅行記なのかもしれない。
ブログは「書きたいこと」を書く場所だ。
しかし商業出版は、「届けるべきこと」を探す場所なのかもしれない。
そしてその答えは、成功体験の中ではなく、自分ができれば思い出したくない挫折や失敗の中に眠っていることが多い。
だから僕は、もう少しだけこの寄り道を続けてみようと思う。
春には間に合わなかった。
でも、あの時の延期があったからこそ書ける本がある。
そう胸を張って言える秋を迎えられるように、今日もまたキーボードに向かっている。
