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気づけば好きな音楽を聴かなくなっていた

こんにちは、そらみです。

Xでちょこちょこポストしていますが、今週ずっとお腹の調子が悪いです。

痛いのもあるんですけど、どっちかというとソワソワする感じ。
別にお腹が張ってるわけでも緩いわけでもないんですが、ずっとお腹がそわそわしています。

「腹はあっためりゃ治る」で生きてきているのでとりあえず温かい飲み物をたくさん飲んでいるのですが、かえってそれも良くないのかなって、不安になり余計にソワソワ。

仕事も割と余裕ある時期なのになぜだろうか。

皆さんのお腹ソワソワ解決法(ソワソワ解決法)があれば教えてください。


昨日、休憩回だ~と思って書き出したAIライティングの記事ですが、気づけば楽しくなって結局いつもどおりの字数を書いてしまいました。

ということで、今日こそ休憩!と、最近のできごとを日記として書かせてください。


好きじゃなくなったわけじゃない

過去は今も一緒に歩いている

突然ですが、わたしは中学生でロックに出会い、大学卒業までずっとバンド音楽が好きでライブやフェスに通う日々を送っていました。

小さいころから自分自身も音楽をやっていたし、親もロックが大好きだったという家庭環境もあると思います。

もちろん通学・勉強・お出かけの車中、どこに行くときも、音楽と一緒に過ごしていました。

しかし、社会人になって、気づけば音楽を聴かなくなりました。
そもそも音楽を聴かなくなることで、好きなアーティストやアルバムも無いし、ライブやフェスにもほとんど行かない。

車中でも基本はヒット100みたいなプレイリストをシャッフルでかけるだけ。

昔は音楽好きの友だちが気になるバンドのワンマンに行ってると、なんとなく先を越された気がしてちょっと悔しく感じるくらい、それくらい傾倒していたのに。

もしかしたら、自分における「音楽」が大きすぎて、片耳半分で聞くということを小さなプライドが許さなかったのかもしれません。

ちょっとここはなんで自分が聴かなくなったのか、いまいち自分自身でもかみ砕けていないのですが、とにかく音楽から離れた生活をしていました。

それがこの間、たまたま学生時代一番好きだったアーティストが同じだった友人に、そのアーティストのライブに誘ってもらいまして。
もう6年ぶり?くらいに彼らに会いに行ったんです。

会場についても
「客層変わらないな、みんな老けたな~」
とか
「懐かしいバンT着てんな~」
みたいなレベルで、昔のようにウオオオ感は無く、ちょっと他人事のような感じでした。

幕があけて、ギターの第一音が鳴った瞬間です。

わたしは気づきました。

わたしがその音楽を好きだったことは、過去のことじゃないんだと。
その音楽が好きだった私は、今も一緒に歩いてきていた。

社会人になってから音楽から離れるようになり、勝手にわたしは「過去のわたしの趣味は音楽だった」と思うようになっていました。
今のわたしと、昔のわたし。そりゃ生活スタイルは変わるし興味の先が変わってもおかしくないよねって。

でも、大好きだったその音を生で浴びると、すべてが違ったことを分からされました。

当時からライブ行くたびに泣いていた激痛い女ではあったものの、その時とは違う涙をこぼしてしまい、友人に見つからないように、リズムに乗せて振っている腕で拭いていました。
(こういう表現、よく小説で書かれますけど、まじでやっちゃって気恥ずかしくなってました)

ここまで、ぶわっと勢いで書き上げてみましたが、あまりに感情的でエッセイ的で、これまた恥ずかしくなってきました。

都合の良い関係でも良いらしい

話をもどしまして。

とはいえ、その気づきが結構大きくてですね。

別に音楽だけに限らないと思います。
「昔好きだったこと」は今のわたしの構成要素であり、切り離されていない。
一緒にわたしの人生を歩んでいて、間違いなく無くなることはない、ずっと残っている。

彼らが音楽で必死に伝えてくれていたはずのメッセージが、時間をおいて今身に染みてきたんです。

これって多分、必要なときにそばにいてくれているだけなんだろうなと思いました。

どうやら、都合の良い関係で良いらしいです。

彼らはずっと一緒に歩いてきてくれていて、わたしが彼らを必要なときに必要な分だけ触れられる、それくらいの距離にいるんだと。

人同士の関係において都合の良い関係というと、なんとなくタブーな感じがしますが、どうやら音楽はそれを許してくれるみたいです。
(3Bとかいう意味ではなくて、です)

そう思うとあらゆるシーンでわたしに手を差し伸べてくれた彼らの音楽の器のでかさは半端じゃない。
でも確かに彼らはライブでも音楽でも、いつもそう言ってくれる。
それどころか、自分たちの音楽に出会ってくれて、大切にしてくれてありがとうまで言ってくれている。

それがどういう意味なのか、大人になってやっとわかった気がしました。

そしてちょっと自分が救われた気がしました。
どこかで罪悪感じゃないですけど、「いまは好きじゃない」という事実を受け止められてないところがあったのだと思います。

好きじゃなくなったわけじゃない。
好きだった自分は今も一緒にいる。

それだけで音楽に音楽以上の愛を感じられるようになりました。

これは余談ですが、そのライブ帰りに次のライブに1人分で申し込みまして、無事当たったので12月にもまた参戦してきます。

これが初めてのオトナの関係ってやつなのかもしれない。

書き終わってみて

付け加えたいこととか

今日はなるべく短く、そして感情を全面に出して書いてみました。
クサい文章体になってしまったこと、かなり恥ずかしいです。
でも実際こんなにクサいことを言えちゃうくらい、ちゃんと自分の感情が動くことってあんまりないし、それを吐き出す場もないので。

そう思うとnoteで皆さんが魂をぶつける意義みたいなのがもっと見えるようになってきて、なんとなく仲間に入れそうだなって、ちょっと思ったという次第です。

それにしても、こんな書き方されるアーティスト、なかなか居ないと思うので、全然特定されてしまいそうです。
世代も世代だし。

それでも、学生時代本当に数多のバンドとライブを見てきましたが、やっぱり彼らのもつパワーは別格だなと。
ノリや勢いが良くて楽しい音楽も、歌詞が良くて沁みる音楽も、なんでも大好きですが、なんか種類が違うんですよね。

別に神格化してるわけでもないんですけど、何が違うのかわからない、けど、心を動かす力というか、安心感というか、なんなんですかね。
わたしの実家みたいな音楽です。

そういうアーティストに出会えて、わたしは幸せだなって、本気で心から思えるような。

ちょっとまとめきれなかったので、この辺りで勘弁してください。

おわりに

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
明日からはまたポスト考察を書く予定です。

また次回も読んでいただけると嬉しいです。
コメントやスキ、フォローなどしてもらえると励みになります。
(いつもみなさん、ありがとうございます!)

ではまた!


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