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【#28】連載小説 『美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第5章9話「そっちからみたら」末継の場合①)

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こちらは、
第4章 「おそいけど、おそくない。」
を別の角度からみたお話です。


「今回は、小夜サヨさんにだいぶ動いてもらうことになると思うけど…大丈夫?」


美容室「ヨアケ」の地下倉庫で、オーナーの末継暁すえつぐあかつきが言った。


『は?今なんて言ったの?』


小夜さんはゆっくりと顔を上げ、末継を見た。


『…私が上手くやれないとでも?』


「いや!違うよ、そういう意味じゃなくて…」


末継は慌てて言った。


『ふふふ、冗談よ!まあでも外見を完璧に「あーちゃん」にするには、性格のほうは少し幼くなるはずだから、いろいろ問題が出るかもしれないわ。
坂本さんとはあまりしゃべらない方がいいと思うから、ちょっと無視しちゃう形になるけれど』


「…坂本、かなり機嫌悪くなりそうだな」


末継が言った。


『それはあなたが何とかしなさい。オーナーなんだから。そうそう、ちょっと今、試しにやってみるから見てちょうだい』


そう言うと小夜さんはスッと立ち上がり、瞬きするくらいの間に、髪の長い小さな女の子の姿になった。


『坂本さんの下の名前、亜里沙ありさだから、あーちゃん、なのよね?似てる?』


「…うん!完璧だ…!さすがだね」


末継は写真と見比べながら言った。大きな目が特徴の、整った顔立ちの女の子だった。

「でも、このままじゃ顔がはっきり見え過ぎかも…。あ、前髪長くして、目を隠すってのはどう?」


『確かにそうね』


そう言った途端「あーちゃん」の前髪は、にゅっと伸びた。


「良い感じだね。まさか小さい頃の自分が会いに来るなんて思わないだろうから、これで充分なんじゃない?」


『そうね』


「じゃ、ちょっと大変だと思うけど、明日からよろしく頼むよ」


『…駅前のケーキ屋さんのマカロン、ずっと食べてみたいなって思ってたの。あと、カヌレも』


「わかったよ。今度買ってくる」


『マカロン。カヌレ』


「はいはい、分かりましたって」


「あーちゃん」は一瞬で、元の小夜さんの姿に戻った。


***


末継が美容室「ヨアケ」を継いだのは 三十歳を過ぎた頃だった。
母親の店だった時は今とは違う場所で、店舗兼自宅の一軒家だった。父親は公務員だったが早くに病気で亡くなり、母親が一人で細々と経営している美容室だった。末継は一人息子だった。


「あんたは器用だしセンスがいいから、美容師、向いてるんじゃない?」


母親にそう言われてはいたが、強制された覚えはない。
末継は努力を重ねて美容師になり、都内の人気美容室を学生時代の友人と共同経営し、カリスマ的な人気を誇っていた。

ある日、母親が店のシャンプー台の段差につまずき、手をついた拍子に手首を痛めてしまった。
ケガ自体はそんなに重くなかったのだが、母親は突然「ヨアケを閉める」と言い出した。

末継は驚いて「あんまり早くリタイヤするとボケるよ」などと失礼なことを言ったりして止めたが、母親の意思は固く、どうにもならなかった。


火曜定休の日、末継は実家に母親の様子を見がてら立ち寄っていた。
店のドアを押し開けると取り付けられたベルが、カラン、と鳴った。中に入るとすぐに、パーマ液とアロマオイルの入り混じった匂いがする。
末継にとってはこれが「実家の匂い」だった。


「あら、暁もう来たの?ちょっとオイルのブレンド、手伝ってくれる?あとタオルの洗濯も」


「うわ、早めに来たらやっぱりこき使われるんだ」


「あら、人聞きが悪いわね!」


母親は店の奥に設置したベッドで、予約の客を相手にアロマトリートメントも時折行っていた。

文句を言いつつその実、何か手伝うつもりで早く来ている末継だった。それを母親も分かっていたが、嬉しく思いながらもそれにはあえて触れなかった。

そして夕食後、末継がそろそろ帰ろうかと思っていた時、母親が突然「話があるの」と切り出した。
改まった感じに何事かと思っていると、母親が言った。



あかつきって名前の意味、わかるよね?」


「は?いきなり何?」


「暁。夜明けっていう意味」


「もちろん知ってるけど…ほかに何があるの?」


「ヨアケ、継いで欲しいの」


そのうち言われるだろうなとは分かってたけど、と末継は思った。


「継いで欲しいっていうのは分かるけどさ、俺のアカツキっていう名前が店の名前からきてるからって…なんだよそれ。俺は今の美容室で結構満足してるんだよね」


「ああ、お店はここじゃなくたっていいのよ。なんなら美容室じゃなくてもね。ヨアケ、っていう名前さえ変えなければ、ラーメン屋でも八百屋でも。そうよ、和菓子屋でもいいのよ…あら和菓子屋ステキね。菓子司かしつかさ『ヨアケ』」


「…何言ってんの?」


末継には母親の話の意図が全く分からなかった。


「あのね、うちの店のセット面って、変わってるでしょ」


変わってる、というのは本当だ。母親が一人で切り盛りしているので、セット面(カットをする鏡台)は二台しかなかった。
そのうちの一台は、大きな鏡がついたアンティークのマホガニー製チェストで、椅子も革張りの年季の入ったスタイリングチェアだった。
店自体は装飾もほぼない、現代的な作りだったので、それだけかなり浮いていた。


「お客さんが珍しがってくれるから買ったんでしょ?だけどあんな高級品、よく手に入ったよな。…で、それがなんなの?」


末継が言った。


「あれは買ったんじゃなくて、あるの。ずっと。形を変えて。私は美容師だからチェストとスタイリングチェア。
あんたが和菓子屋になったら…そうねぇ。うーん、小豆を煮る鍋ってところかな?店に飾ってある壺?あ、やっぱお菓子の木型かも!あら、練り切り食べたくなっちゃった」


「和菓子屋?形を変えてって?…言ってる意味、まったく分かんないんだけど」


母親はいつも話が脱線しがちで、同じ内容を言い回しを変えて何度も言ったりするので、末継はイライラしつつ辛抱強く待った。


「ああ、ごめんごめん。あのね、末継家には代々引き継がれてることがあるのよ」


そんな、代々なんて大げさな…と末継は思った。


「何?代々って、壺とか掛け軸?見たことないけど…」


「違うわよ。そういうよくあるものじゃなくて…」


母親は言うと、誰もいるわけがないのにキョロキョロと辺りを伺った。


「あのね、それはね…」



母親は、ダイニングテーブルの上に身を乗り出すようにして末継に顔を近付け、小声で言った。



「………橋渡し」



「ハシワタシ?」



「そう!」



母親は元の姿勢に戻ると何故か「ついに言ってやったわ」みたいな表情で、満足気に頷いた。


「…そんな名前の古道具なんて、あったっけ?」


「えーっ!?古道具じゃないわよぉ!!」


どうして通じないのかしら、というような母親の表情に末継はあきれたが、でもまあ、話が回りくどいのはいつものことか…と諦めて次の言葉を待った。


「あのね、代々伝わってるのはモノだけじゃないのよ。なんて言えばいいのかなぁ………あっ!そうだわ!」


母親は思いついたように言った。

「実際見せた方が早いか!ちょっと来て」


母親は階下の美容室に降りていった。めんどくせーな、と思いながら、末継も後に続いた。

電気をつけると、母親はアンティークのチェストの二段目の引出しを開け、中から革張りの分厚い本を取り出した。
チェストの引出しは何度も開けたことがあるのに、こんな古い大きな本は見たことが無かったので、末継は驚いた。


「なんだか立派な本だね。これが…ハシワタシ?」

「違うわよ!これは家に代々伝わる本。すっごく大事だから丁寧に扱ってね」

母親はチェストの上に本を置くと目を閉じ、表紙に手を置いた。しばらくそうしてから開くと、ページがパラパラとひとりでにめくれ、真ん中くらいのところで止まった。


「えっ…?!」

窓は閉め切ってあり空調も止まっていたので、末継は驚いた。


「えーと…玉木たまきさん!あらやだ、今度は玉木さんなのね!遠くに住むお姉さんがいるんだ…なるほど。さっそく手紙、手紙…」


母親は三段目の引出しを開けて、木製の文箱を取り出し、チェストの上に置いた。中から便箋と封筒、万年筆を取ると本を見ながら手紙をサラサラと書く。
そして封蝋ふうろう用のロウソクを取り出してライターで火を点けると、手早くロウを垂らし、ヨアケの「Y」が飾り文字で彫られたスタンプを押し付け、封をした。

カタ…

準備が終わったのを見計らったように、チェストから音がした。


カタカタカタ…


末継が驚いて見ていると、一番上の引出しがひとりでにスッと開き、中からシルバーグレーの猫が飛び出してきて、音もなく末継の目の前に着地した。


「!!!!」


あっけにとられる末継の目を、猫は深い海のような美しい瞳でじっと見つめた。


「いつもありがとね。今回は玉木さんだって。あのほら、秋になるとお庭の柿くれる…」


『ニャア?』



「そうそう!あのヨアケの常連のおばあさん」


母親が言うと、猫は分かった、というように『ニャー』と返事をした。


「あの方もだいぶお歳だからねえ。昔の後悔が強くなってきているのかしら」


『ニャー?』



「あ、結構近く。酒屋さんの角曲がってちょっと行った右の一軒家よ。いつも一階の居間にいらっしゃるみたい。じゃあ、お願いしまーす」


猫は小さくうなずくと、手紙をくわえて母親が開けたドアから出て行った。
末継はあっけにとられて見ているだけだった。


「こんな感じ!ね、簡単でしょ?」


「こ、こんな感じって言われたって…」


末継は、少し前まで思いもしなかった状況に混乱していた。


「猫…チェストに押し込んでんの?虐待…?!」


「えーっ!?違うわよ!」


母親は憤慨した様子で言った。



「押し込んでる訳ないじゃない!あそこは昔から小夜さんの出入り口なの」


「出入口?!……さよさん?」


「説明するから、リビングに戻るわよ」


母親は言って、本や文箱をチェストにしまうと、店の電気を消した。


(#29に続く)

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