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【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(第14話)


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恭平からの着信に、私は慌ててドライヤーを止め、スマホに手を伸ばした。

ガタン!!

充電ケーブルが繋がったままなのに引っ張ったので、派手に取り落としてしまう。

急いで拾ってケーブルを抜き、震える指で画面をタップした。


「…………も、もしもし…?」

《…………》

「……恭平?」

《………あ、あの…春琉ちゃん…》

「…うん」

《良かった…番号変わってなかった…は、春琉ちゃん…ほ、ほんとうに…》

「…」

《ご、ごめん…》

「……」

《本当にごめん…。勝手にいなくなって、また電話して…》


「…」


《…あ、あの…リスの置物…》


「え…?」


《前に春琉ちゃんにあげた、あのリス…僕のところに…木の箱に入って…》


……!!


《…送られて》


「直ってた?!」


《え?》


「それ、壊れてない?木の実のところ、割れてない?」


私の勢いに恭平は少し驚いたような声で言った。


《いや、割れてないよ。ヒビもないみたいだけど…》


「…そう」


《手紙が入ってて…依頼主に届けてくれって…。あの…もし嫌なら、会いたくないなら断ってくれても構わないから。
…って、本当は断られたくないのに、僕はずるいな…》


「…」


《あの…連絡取れなかったのには理由があって…でもそんなの春琉ちゃんにとっては関係ないよね、ごめん…。でも、本当に自分勝手なんだけど…わかってるんだけど……会ってどうしてもそのことを話したくて…》


「…」


《…あ、あの…》


「…うん、わかった」


《ほ、本当に?良かった…ありがとう》


明日は日曜日でお互い仕事が休みだったので、いつも行っていた近くのカフェで昼前に待ち合わせすることにした。

理由、ってなんだろう…?いろいろ考えつくしてはいたけれど、やっぱり分からなかった。ただ、小豆島に行く前と後では気持ちがだいぶ違った。どんな話でも、受け入れるつもりではいた。

それから二言三言話してから、私は電話を切った。



翌日、カフェの窓ガラスの向こうに恭平の姿が見えたとき、私の心臓がひとつ跳んだ。これは本当だ。別れてからたった数ヶ月程なのに、何年も会ってなかったような気がする。
元々ひょろりと細いタイプだけれど、少しやつれたように見えた。

恭平はたとえ私のことが嫌になったとしても、何も言わずにいなくなるようなことはしない人だ。それは確かだけれど、他人に言わせたら私は “捨てられたのに呼ばれてノコノコ会いに行くおめでたいヤツ” ということになるのかもしれない。

私は勇気を振り絞って入り口のドアを開けた。


「あ…」


恭平は目上の人にでも会ったかのように立ち上がった。
私は向かいの席に座った。


「…き、来てくれてありがとう」


恭平も座ったけれど、居心地が悪そうにしばらくもぞもぞと動いていた。
顔見知りになっていた店員の女の子が「お久しぶりです〜」と言いながら水を持ってきた。
けれど二人の雰囲気を察してか、私がアイスコーヒーを注文すると、特に話すことなく厨房に戻って行った。

しばらくは無言で、二人とも下を向いたり、外を見たりしていた。恭平はずっと伏し目がちだったので、私はそっと顔を眺めた。
六角形の奥二重の目。形の良い鼻。すこし厚めの唇を落ち着きなく何度も舐めている。緊張で乾くようだった。私の好きな恭平の顔だ、と思った。

アイスコーヒーが運ばれてくると、私がミルクやガムシロップを入れるのを待ってから、恭平が話を切り出した。


「えっと…あの…。黙って居なくなって本当にごめんなさい…」


恭平は頭を下げた。


「…もういいよ。それより、話を聞かせてほしい」


「うん…」


恭平は気持ちを落ち着かせるように自分のアイスコーヒーを一口飲んだ。もう中身はほとんどなく、氷も溶けていた。何時から来てたんだろう、と思った。


「…何から話したら…あの、ええと、僕の実家に呼んだことってなかったよね?」


「実家?…うん」


「何でかって言うと…母さんと会わせられなかったからなんだ。…あ!春琉ちゃんじゃダメとか、そういうことじゃなくて…」


母親は、女手一つで育てたこともあってかとても厳しかったそうで、小さな頃は優しかったが、徐々に過干渉がひどくなった。
母親が気に入らなければ友達とも縁を切らされたり、学校も勝手に決められてきたと恭平は言った。


「抵抗しようとするとさ…脅迫みたいなことをするんだ」


「脅迫?」


「うん…。……ここで死ぬ、とか言って、取り乱すんだよ」


「…」


想像以上の話に、私は言葉が出なかった。


「何とかなだめるだろ。そうすると泣いて縋って、それからものすごく優しくなるんだよ。今思えば、もっと早く医者に連れて行けば良かったんだけど、子供だったから分からなくて…。
もうずっと長いことそんな感じだから、僕に彼女がいるなんて絶対に言えなかった。何するか分かんないから。
本当に自分自身を、もしかしたら春琉ちゃんのことも傷つけかねないって思ったから」


「…」


「前に買ったばかりのバイクに乗せたことあったよね?でもそれすぐ手放したの覚えてる?」


もちろんよく覚えている。

「実は母親に反対されて仕方なくだったんだ。
僕はせっかく買ったばかりなのにって怒ったけど…その次の日、車輪をナイフで切り裂かれた。
もしかしたら母さん自身のことも…って心配になったから、バイクは諦めた」


そんな理由があったなんて…言葉が出なかった。


「半年くらい前に、母さんが勝手に僕のマンションに入ったらしくて…。僕が仕事から帰ってきたら、電気も点けないで暗闇の中に座って泣いてるんだ。この写真の女は誰?って。
僕は春琉ちゃんのこと会社の同僚だとか適当に言ったけど、当然信じなかった」


鍵はいくら頼まれても渡していなかったが、帰省した時にこっそり恭平の鍵を持ち出し、勝手に合鍵を作っていたようだった。


「私を捨てるの?とか言い出して…。これからは実家に戻って一緒に住むからって言って必死になだめたんだ。もし君の居場所を突き止められたら、何をするか分からないって思った」


「そんな…」


だから連絡もよこさず、私の前から消えたんだ。ひと言相談してくれれば…と思ったけれど、私を巻き込みたくないと思ったのはすぐに分かった。やっぱり恭平らしい。
母親は息子に依存していた。それは恭平自信も分かっていたと思う。
でも恭平は優しいから、弱さもあったけれど悲しくなるくらい優しいんだと知っているから、ショックで、そして悔しかった。


「それからすぐに、母さんが病気だってことが分かった。余命数ヶ月って言われたとき…ぼ、僕は…」


恭平は下を向いて、しばらく何も言わなかった。


「僕はね………、ホッとしたんだ。もちろんショックではあったけど、それより先に、ホッとしたんだよ。
春琉ちゃんと会ってても、母さんがもう少しで……そしたら春琉ちゃんとようやく結婚できるかも、って思っちゃって、そんなことを思うのも苦しくて、自分が最低に思えて…」


私は恭平のことを何にも知らなかったんだ、と改めて思った。
そして「結婚」の言葉が恭平から出たのは、このときが初めてだった。今まで言いたくても言えなかったんだ、と恭平は言った。


「僕、姉が一人いるって前に言ったよね?その姉は母親とケンカしてから実家によりつかなくなってたんだ。契約の関係もあって実家は引っ越したんだけど、母さんが姉ちゃんに言えないまま前の家を引き払ったから、余計に帰れなかったみたいなんだ。病気のことはすぐに伝えたけど、それでもなかなか…。
だけどこの間、久し振りに姉ちゃん帰って来たんだ。そうしたら、劇的に状況が変わった。その頃から母さんはどうしてだか急に穏やかになって…。昔の、小さい頃の母さんに戻ったみたいだった。
こんなことは今まで無かったから、すごく驚いたよ。通っている医者も首を傾げていたくらいで…」


そのことで沢山の辛い恭平の過去を、どのくらい埋められたのだろうか。私には分からなかった。


「最期の日々は家族三人で、とても穏やかに過ごせたんだ。幸せだって言えるくらいに。それで一か月前に、亡くなったんだ」


私はテーブルの上に置かれた恭平の手を、両手で包んだ。手の甲に涙が落ちた。


「それで昨日、家にいきなり箱が現れて…」


恭平は涙をシャツの袖で拭いてから、紙袋に入れてあった木製の小箱をテーブルの上に置いた。小豆島で私が『コワレモノ預かりカウンター』に出して返ってこなかった、あの箱だった。正面には金槌とレンチが交差したマークが、金色で刻印されている。
私が留め金を外し蓋を開けると、リスの置物が見えた。
割れた木の実のところをよく見ても、ヒビすら無いようだった。


「それから一緒にメモが入ってて…」


恭平は小さな紙切れを置いた。そこにはこう書かれていた。

こちらは「コワレモノ預かりカウンター」です。小豆島にてお預かりしたお品物の修理が終わりましたのでご確認下さい。依頼主様にお届け下さいますよう、よろしくお願いいたします。

コワレモノ#102:リスの置物  依頼主:柚木春琉様  
(代金 : ビーチグラス 領収済)令和○年3月○日
 

「春琉ちゃん…この日、小豆島行ったの?」


「…うん」


私はあの小豆島での一日を思い出した。風未とはあれ以来、連絡をとっていない。
高野くんもどうしているだろう。私たちから連絡が無いから、やきもきしてるかもしれない。でもグループラインで色々聞いてきたりしないところが、高野くんらしかった。


「春琉ちゃん…。勝手なことはすごく分かってるんだけど…」


恭平はコーヒーを飲もうとして空っぽなのに気付き、横にあった水を一口飲んだ。水滴がびっしりついたコップから雫が落ち、近くに置いてあった伝票が滲んだ。


「もう一度………あの…僕と一緒にいて、く、くれませんか?」


恭平が言った。私は少し痩せた恭平の顔を見つめながら頷いた。


(15話《最終話》に続く)


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