【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(最終話/第15話)
「春琉ちゃーーーーん!!!久しぶりーーーーー!!!!」
駅の改札から出た風未が私と恭平を見つけ、大きく手を振りながら駆け寄って来た。高野くんも一緒だった。
まだだいぶ距離があり、周りの人たちがジロジロ見ていたけれど、私は嬉しかった。
風未は目の前に来るなりバシッ!と抱きしめてきた。そういうのに慣れてないのでちょっと固くなってしまったけれど、くすぐったいような嬉しさが込み上げてきた。
「ホームの階段のところで高野くんに会ったから一緒に来たんだ!」
「春琉さんお久しぶりです!すげぇ会いたかったです!!」
相変わらずの屈託の無さで高野くんが言った。
「ねえねえ、春琉ちゃん、ほんとびっくりだったよね!!あ、初めまして、あなたが彼氏の恭平さんですか?私は藤沢風未って言いまーす」
「…まったく、何言ってんだか」
恭平が言った。
「まさか、春琉ちゃんの彼氏が恭平だったなんてさ~」
「私だって、風未さんの弟が恭平だったなんて…苗字も違うし全然気付かなくて…」
そういえば、どこか懐かしい顔だと思ったんだった。
「僕たち、小さい頃からあまり似てないって言われてたしね」
「だよね〜。それにたまたま同じフェリーに乗った人が関係者とかって、普通あり得ないから!」
「えっ?!えっ?!?!なんですかその話は?!」
高野くんだけ、ひとり取り残されているのでみんな笑った。
私たちは土曜日の夕方、恭平と風未の実家近くの駅で待ち合わせをし、予約していたイタリアンレストランに入った。
九月の末だったけれどまだ真夏の蒸し暑さで、クーラーの涼しい風にみんな口々に「生き返るー!」「天国だーっ」と言いながら席に着いた。
テーブルには白地に赤いギンガムチェックのクロスが敷いてあり、庶民的なイタリアンの雰囲気が居心地良かった。
色々な種類のオリーブオイルが置いてある中、小豆島産の物もあったので、皆、古い仲間に会ったかのように盛り上がった。
「春琉さんさっきの話、早く教えて下さいよぉ!」
飲み物を注文し終わると、待ちきれないように高野くんが言った。
「えっと…どこから話したらいいかな?」
恭平と久々に喫茶店で会ってすぐ、私は風未にラインし、木箱が彼に届いたこと、「コワレモノ」が直ったことを伝えた。私の長文を読んだ風未は、すぐに電話を掛けてきた。
お互いのことを報告している中、あれ?なんか共通項ありすぎ?となり、恭平のお姉さんは実は風未だったことが判明したのだった。
《私、お母さんの病気のこと聞いても実家帰る勇気出なかったんだ。もっとおかしくなってたらどうしようって…ずっと色々あったから…あ、恭平にも聞いたよね。
でも小豆島から帰ったら、今まで迷ってたのが嘘みたいに気持ちが軽くなったの。で、すぐに会いに行ったんだ。
そしたらすごい喜んでくれて…。
元の、小さい頃の優しいお母さんに戻ってたんだ。本当ならあまり無いことだよね》
「重岩の前で祈ったことが本当になったんですね」
悲しいことではあったけれど、それと同時に風未も恭平も幸福な時間を過ごせたんだ、と思った。
「風未さんの弟さんが、春琉さんの彼氏さんだったなんて…マジすごい偶然ですねぇ!」
高野くんはサラダをモリモリ食べながら、目を丸くしていた。
「偶然っていうよりは、『コワレモノ預かりカウンター』が会わせてくれたのかな、って思うけれど…」
私が言うと恭平も頷いた。
「僕は春琉ちゃんから小豆島の話を聞いたとき、正直、そんなことってあるのかなぁって思ったんだけど…。あっ!もちろん、春琉ちゃんが嘘ついてるとかは全然思ってなくて…」
「普通なかなか信じられないから当然だよ」
私が言うと風未が、
「春琉ちゃんはめっちゃ優しいから、アンタそれにあぐらかいちゃダメだからね!」
と恭平の肩を小突いた。
「そんなつもりで言ったんじゃ…」
恭平が焦っているので、私は笑った。
「姉ちゃんからも聞いて、そういえば木箱だっていきなりマンションに現れたし、そのおかげで春琉ちゃんにもまた会えたし…やっぱり本当なんだなぁって」
「僕もカボチャの中でカウンターに遭遇しましたから、あるのは確かです!」
サラダを平らげた高野くんは、テーブルの水差しからお代わりの水をコップに注いだ。
「カボチャの中?!え?なんか急にメルヘン…」
高野くんは「違いますよ~。直島で草間彌生の…」と、自分の時の状況を恭平に説明した。
「そっか…。そうやって、次の人にバトンのように繋いでいくんだね」
「でもさ、私たちの箱には、次の人への伝言?ヒントのメモ?入ってなかったよね…」
風未がちょっと残念そうに言った。
私たちで途切れてしまったのかな…と思うと寂しかった。
「お待たせしました、こちらカルボナーラになります」
店員の男性が、ボウルのように大きな器に入った、湯気の立ったパスタを運んできた。
「わーーっ!うまそーーー!!」
「高野くんは食べ盛りなんだから、沢山食べな!」
風未が、取り皿にカルボナーラを山盛り取り分けて、高野くんの前に置いた。
「はーい!ありがとうございます!僕、もうすぐ180センチになる予定なんで」
「今、何センチなの?」
私が聞くと高野くんは、
「167センチです!」
と元気に答えた。
そのイタリアンレストランはリーズナブルで美味しいと地元では有名なところらしかった。
カルボナーラ、ペペロンチーノやトマトベースのパスタはもちろん、季節の野菜がたっぷり載ったピザも絶品だった。
チョコレートとマシュマロに、アイスクリームの乗ったピザもあった。温かいデザートピザを食べるのは初めてで、意外な美味しさに驚いた。
小豆島であったことや今までのことを、みんなでたくさん話しながら、たくさん食べた。
「いやあ、ほんとに皆さんに奢ってもらっちゃって良いんですか?!僕、なんかずーーっと奢られてる気が…」
高野くんは食後のコーヒーをミルクと砂糖をたっぷりと入れて飲み干し、食べ過ぎて膨らんだお腹をさすった。
「学生さんに払わせられないよ~。それにめっちゃ遠い小豆島にわざわざ来てくれて、あんなに一所懸命手伝ってくれて…良い子過ぎて親の顔が見てみたいわ!!」
風未は高野くんの頭をワシャワシャしながら言った。
「うわっ!髪セットしたのに…って、嘘です!いつも僕、二、三回とかすだけでした!」
「高野くんのお陰で、僕は春琉ちゃんにまた会えたんだよ。一回奢るくらいじゃ全然足りないね。また皆んなで行こうよ。いくらでも奢るから」
「えーーっ!?そんな、良いんですか?めっちゃ嬉しい!」
恭平と高野くんが楽しげに話している。その姿を見ているだけで幸せだった。
私はすぐ、あれこれ良くない未来の想像をしてしまう。思いがけないことが起こるのが怖いから、脳が勝手に考えておくらしい。
でも“思いがけない未来”には、“思ってもみなかった素晴らしい未来” だって含まれてるんだと思えるようになった。
これからだって、気づいたら怖い未来のストーリーを自分で作り出して、震え上がったりするだろう。
でも小豆島でのことをお守りのように心に忍ばせた分だけ、軽くなったように思う。
店を出ると、昼間は真夏のようだったけれど秋の気配がして、夜の風が心地よかった。東京は空気があまり良くないけれど、誰といるかで感じ方は全然変わる。
駅までの道をゆっくり歩いていると小さな公園があり、私たちは自然に入って行った。解散するのが名残惜しい気持ちだった。
私と風未はブランコに乗り、恭平と高野くんは目の前の柵に座った。
「小豆島で僕が、春琉さんと風未さんを姉妹だと思ったの覚えてます?あれ、当たってたじゃないですか!お二人、結婚するんですよね?」
高野くんは得意げに胸を張った。風未も、
「そう!私たち、本当の姉妹になりまーす!あれもしかして予言だったの?!高野くんすごい!」
と言った。私と恭平は顔を見合わせて笑った。
「そうだ!僕、今日も箱、持って来ましたよ!恭平さんにも見せようと思って」
高野くんが紙袋の中から木箱を取り出した。
「え?私も!」
「春琉ちゃんも?!私も持ってきたよ~!」
公園の街灯の下に、木箱が三つ揃った。どれも艶があり、暗がりの中でも美しかった。正面には金槌とレンチが交差したマークが、金色で刻印されていた。
それぞれがそっと、蓋を開けた。
「ほらね、私のはカップの形でしょ?型があるから何を入れればいいかすぐ分かって……ん?あれ?」
風未が木箱の中を覗き込んだ。
「あっ!うそっ!?メモあるよ!!」
風未は蓋の裏に付いていた、小さな紙切れを取り出した。
「あっ!私のにも…?!」
私の箱の裏にも同じようにメモが付いていた。前に開けたときには、無かったはずだった。
「僕のにはありません…」
高野くんが残念そうに言った。
二つ折りになった紙切れをそっと開くと、日付と場所、伝言をお願いします、などのメッセージが書かれていた。風未のにも伝言は違ったけれど、同じようなことが書いてあった。
「姉ちゃんのも春琉ちゃんのも、次の人に繋がるんだね」
恭平が言った。
どうか、次の人の「コワレモノ」も直りますように…と願いながら、私はメモを丁寧にたたみ、木箱にしまった。
世の中の悲しいこと、全部なくなってしまえばいい。そんなの無理なのは分かってるけど、そう願わずにはいられない。
風未は木箱をカバンにしまうと、思いついたように言った。
「そうだ!ちょっと遠いけどさ、今度みんなで小豆島行かない?佐山さんのカフェに行ってお礼したいし、観光スポット、まだまだ全然周りきれてないし。恭平、車出してよ」
「いいよ、楽しそうだね。姉ちゃんのだんなさんも呼んだら?まだあんまり会ったこと無いけど…」
「そうだね~。最初カウンターのこと妄想扱いしたから迷うけど、今は猛省してるみたいだから。私と恭平と、もう一人運転要員いたら楽だし。ま、行きたいって言ったら連れてくか!」
「えーっ、僕も行きたいですけど…行ったばっかりで正直お金が…」
高野くんが言った。
「えっ?!何言ってんの?置いてくわけないじゃん。バイクじゃなくて強制的に車に乗せてくつもりだけど」
風未が言った。
「えっ良いんですか?!やったー!そういえば佐山さん、今度みんな泊めてくれるって言ってましたよね!」
「そんなに大勢で押しかけて大丈夫でしょうか…」
私が言うと高野くんは、
「佐山さんはいつも色んな人を家に泊めたりしてるんで、きっと大丈夫だと思います!家も昔ながらの日本家屋て広いし。早速明日にでも連絡してみますね」
と張り切っていた。
「佐山さんにも小豆島にも、沢山お礼、伝えたいね」
私が言うと、みんなが頷いた。
その時、上空を飛行機が通った。暗い夜空に轟音が鳴り響き、光が点滅しながらゆっくりと動いている。
私たちは皆、静かにそれを目で追っていた。空は地球上のどこにでも繋がっているはずなのが、当たり前だけど不思議だった。
しばらく無言で公園の空を眺めていると、突然風未が、
「パスタのカロリー、無かったことにするから!」
と宣言し、思いっきりブランコを漕ぎ始めた。
「私も!」
笑いながら一緒に大きく漕いだ。
「二人とも子どもみたい」
恭平が言うと同時に、高野くんが、
「僕も次、代わってくださーい!」
と言ったので、みんな笑った。
「ブランコって、そんなにカロリー消費しないような気もするけど…」
恭平の呟く声が聞こえた。
風が心地よく思わず目を閉じると、小豆島で乗った大きなブランコのことを思い出した。
今度はあの場所に恭平も連れて行こう。自然の全てを混ぜて作ったような、あの薬草のような島の空気を全身で感じて欲しい。
ブランコは風を切り、時折横にいる風未と重なったり離れたりを繰り返しながら揺れている。
二人の耳には、小豆島で買った色違いのガラス玉のイヤリングが、小さく跳ねながら光っていた。
(おわり)
まとめ読みはコチラです。
