【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(第5話)
確か小学校三、四年の頃、法事で母方のおばあちゃんの家に親戚が集まった日のことだった。
「春琉ちゃん、座布団足りなくなっちゃったから取ってきてくれる?あっちの部屋の押し入れの中に、三枚残ってるから」
おばあちゃんに頼まれ、私は少し離れた和室へ行った。
昔ながらのお客様用座布団は大きくて分厚く、何とか抱え上げて押し入れの外に引きずり出した。つるっとした朱色の生地に顔を埋めるかたちになり、ホコリっぽさに鼻が少し痒くなった。
そのまま襖を閉めようとしたときだった。
「なんか光った…?」
座布団が無くなってすっきりとした下の段の奥に、一瞬何かがきらめいた気がした。
目をこらすと、蓋に留め金の付いた木箱がポツンと置かれているのが見えた。
押し入れに入り込んでよく見てみると、箱は割と大きめで平たく、正面には金槌とレンチが交差したマークが金色で刻印されているのが分かった。
「光ったのこれかな…?」
私は金色のマークを触ってみた。
「アチッ!!!」
私が思わず手を引っ込めると、おばあちゃんがいつの間にか後ろに立って、こちらを覗き込んでいた。
「春琉ちゃん、座布団ありがとね。運ぶの手伝ってくれる?…あら?どうしたの?」
「お、おばあちゃん、これ…箱…ここんとこ熱くなってて…」
「ああ、その箱ね。触っちゃだめよ」
「ご、ごめんなさい…」
「いいのよ、大丈夫。それより、火傷しなかった?」
おばあちゃんは私の手を調べた。
「良かった、大丈夫そう」
「…この箱、何?」
「ああ、これは…」
おばあちゃんは少し考えてから、
「これはね、おばあちゃんの“後悔”よ」
と言って少し笑った。
「コウカイ?」
「そう」
おばあちゃんは私が押し入れから出ると、上半身を入れて奥から箱を取り出した。
薄くホコリをかぶった箱には指の跡がつき、手のひらでそれを払いながらおばあちゃんが言った。
「もうかれこれ四十年くらい前のものよ。本当はこれを持っていかなきゃならなかったのに、私には勇気がなくてできなかったの。春琉ちゃんも何かやるとき、考え過ぎちゃってなかなか出来ないところあるでしょ?やらなくて後悔することとか、あるんじゃない?」
私はよく分からなくて、黙っていた。
「後悔しないで生きられればいいけれど。なかなかそういう訳にはいかないものね」
おばあちゃんはほとんど独り言のように言うと、再び押し入れの奥に箱をしまい、襖を閉めた。
「どこに持ってかなきゃいけなかったの?」
私は聞いてみた。
「カウンターよ。”コワレモノ預かりカウンター”っていうの」
「…?」
「よく分かんないわよね。おばあちゃんだって分かんないのよ。どこかに現れるんだって、木で出来たカウンター…窓口みたいなものが。壊れたもの、直してくれるのよ」
「なんでも?」
「ううん、箱の中の型に合うものだけね。でもね、おばあちゃんはそのカウンター、見つけられなかったの…ううん、そうじゃないわね。見つけようとしなかったの」
「だから、ここに箱、まだあるの?」
「そうよ。でもね…」
その後おばあちゃんは何か言ったような気がするけれど、記憶が曖昧で思い出せなかった。
おばあちゃんは、もういない。
だから箱はまだどこかにあるのか、中身は一体何だったのか、今となっては何も聞けないのが残念だった。
「子供の頃のことだから、覚えてるのはそれだけで…あまりお役に立てなくてごめんなさい。でもこの記憶を思い出したから、カウンターのこと信じる気になったのかも…」
「そんな小さい頃にあの箱見てたんだね…すごい…。私は夫につい言っちゃったら妄想扱いされたのが悔しくて…っていうのが最初かな。
去年の夏、島に行ったとき見つからなかったって言ったよね?
で、期限の一か月が過ぎたらこの箱どうなんのかな…って、夜中の十二時またぐときに、目の前に置いてじっと見てたの」
「え…?!」
「そしたらね………」
風未は私を下からゆっくり覗き込んだ。
「……消えたの!目の前で!パッと!」
「えーーっ?!」
「ほんとだよ!それ見たらもう、信じるしかなくない?」
風未は「なんか今の怪談みたいな話し方だった!」と笑った。
それから少しの間、二人で黙って遠くの入江を眺めていた。時折吹く風は私を自然の一部とみなしているように、身体を通り抜けていった。
「そろそろ行こっか」
風未は立ち上がった。駐車場に降りて行くと、高知ナンバーの車もバイクの青年も、いなくなっていた。
*
展望台を後にし、車を走らせる。山道を降りて海が見える道に入った。
私は落ち着きなくキョロキョロしていたけれど、やっぱりカウンターは見つからなかった。
大体、島と言っても広すぎて、どこをどう探していいのか全くわからない。あまりにも無謀過ぎて、クイズみたいにヒントとかないのかな…と思った。
「地図で見たら多分この辺なんだけど…」
卵のオブジェも探していたけれど、どこだかよく分からず、なかなか見つけられなかった。
「もう通り過ぎたのかな…あっ!あれかも?!あれだっ!ありましたーっ!」
道路から見える丘の上に、クリーム色の大きな卵がちらりと見えた。
「えっ?!ごめん分かんなかった!すぐには止まれない!」
少し先まで行って、Uターンして戻った。
風未の運転はちょっと荒いところもあるけれど、話す勢いから想像するほどでもなく、止まり方などは丁寧だった。
「ほんとだ!すぐそこにあったね」
誰もいない駐車スペースに車を停めると、「屋形崎夕陽の丘」と書かれた紫ののぼりが立っていて、風にパタパタとなびいていた。
「わあ…思ったよりおっきい…」
「四メートルくらいあるみたいですよ」
「へー!そんなにあるんだ!!」
私が丘の途中で卵の写真を撮っていると、先に登っていた風未が、
「春琉ちゃん、こっちから見るんだよ!」
と笑った。
「え?」
急いで登って風未の横に行ってみると、瀬戸内海をバックに、ひび割れた卵がくっきりと浮かび上がって見えた。
「確かに、こっちの方がきれい…」
「この卵がパカって割れてカウンターが現れたりして。そしたら恐竜が出てきて『コワレモノをヨコセ』とか言ってくるかも」
風未がふざけて言った。
「恐竜だったら、あっという間に粉々にされちゃいそう…」
「ほんとだ!!直しますからヨコセ、とか言ってバリバリバリ!!」
風未が恐竜のようなポーズをして素早く目の前に手を出してきたので、私は驚いて跳ねてしまい、二人で大笑いした。
昨日まではこんな明日が来るなんて思いもしなかった。
思いつめたような表情でフェリーに乗り込んだはずだった。不思議なカウンターを探している共通点はあっても、こんなふうに出会ったばかりの人と笑いあえるなんて今でも信じられない。
風未は本当は『コワレモノ預かりカウンター』側の人で、私は操られて騙されていて…でももしそうだったとしてもいいや、と決して投げやりではなく思った。
卵のひび割れの隙間から、雑草が伸びているのが見える。
私は卵から産まれたわけじゃないけれど、もしこれから殻を破って産まれるとしたらどんなふうになりたいだろうと考えた。
保育日誌を書き終わるのもいつも一番最後、何もかも他の先生達より手際が悪くて遅い。もっとテキパキ、キビキビ、素早く動けるようになりたい。
人と、もっと考え過ぎずに話したい。顔色を見たり、自分がどう思われているか、気にし過ぎない人になりたい。
機嫌が悪いひとが同じ空間にいると、すぐに察知して疲れてしまう。人のことなんか気にならない、いつも機嫌のいい人になりたい。
恭平が何に苦しんでいたのか、もっと早く聞ければ良かった。話してもらえるような自分でありたかった。
それから卵の周りを探してみたけれどカウンターは見つからず、あきらめて駐車場の方に戻った。
車のすぐ横には、自然の木に取り付けられたブランコやハンモックがあった。
「これ、さっきから気になってたんだよね~。私、ハンモックって好きなんだ!」
風未は器用に中にもぐりこんだ。
「あー、気持ち良い」
風未は仰向けになると目を閉じ、しばらくそのまま動かなかったので、私は木の枝に取り付けられた、大きなブランコに乗った。
漕いでみるとロープが長いからか、ゆったりとした動きで心地よかった。風を切る音が耳をブワンと撫で、懐かしい感覚がする。
そういえば、恭平とはじめて沢山話したのも公園のブランコだった。話しても話しても足りない、もっと話したい…そんなふうにして、少しづつ距離が縮まっていった。
でもいなくなる前の恭平は様子がおかしかった。私の家で夕飯を食べているとき、ずっと気もそぞろだとは思っていたけれど、急に食べるのをやめて呟いた。
「…でもあともう少しで…いや、そんな風に思うなんて、僕は…」
「どうしたの、恭平?」
「…あ、いや、何でもない…」
何か心にあるのは分かっていたけれど、あまり聞かれたくないのかな…とかいつものように考えすぎて、気を遣いすぎて、結局聞き出せなかった。
ウザい、と思われても良いから聞けば良かった。
恭平はきっと、そんな風には思わない人だったけれど。
瀬戸内海を臨む丘でブランコだなんて、もうこれは…完全に観光じゃん、と思った。
昨日までは、なぜ恭平といきなり連絡が取れなくなったのか、彼が何を悩んでいたのかどうしても知りたい…と必死の形相で考えていたはずなのに、今は穏やかな顔でハイジのようにブランコを漕いでいる。
「あーー、気持ちよかった~春琉ちゃん、ハンモック乗ったことある?」
風未がハンモックから降りながら言った。
「あ、いえ、無いかも…」
「じゃあ、どーぞ!」
「…ありがとう」
ハンモックはずっと寝てみたいと憧れていたものだった。
足を掛けてみる。どうやって乗るんだろう…と思ったけれど、この旅は何でもやってみることにしたんだった!と思い、手で布を広げ、勢いをつけて乗ってみた。その時だった。
ドサッ!!
「うわぁ!春琉ちゃん、大丈夫?!」
ハンモックがくるん、と回り、私はなすすべもなく地面に落ちた。
「イタタタタ…」
怪我をする高さでは無かったけれど、ハンモック一つも乗れないなんて…と恥ずかしかった。でもそれより「落ちた自分ウケる…」とすぐに思えたのは、いつもの私にはあまり無いことだった。
「フフフ…アハハハ!!」
心配そうに覗き込む風未を見上げ、私は笑ってしまった。それを見て安心した風未も一緒に笑った。
でもその笑い声に、違う声が混ざっていた。
「ワハハハハ!!!」
「?!」
見ると、展望台で見かけたバイクの青年が立っていた。
「あっ!すみません!つい…落ちるの見ちゃったもんで…」
私は見ず知らずのひとに笑われて、耳まで赤くなった。
「えっと…すみません!僕、あの、あなた達とここで会うことになってて…実は展望台にいたときから見てて…お話ししたくって…」
「は?こわっ!もしかして跡つけてきたの?」
風未が言った。
「え?!あ!!そういうつもりじゃ…」
「春琉ちゃん、行こう」
風未は私の腕を掴むと、立ち上がらせて車に向った。
「あっ!ご、誤解です!!」
風未は青年の方を見向きもしないで、車の鍵を開けて運転席に乗り込んだ。私も急いで助手席に乗った。
「あのっ!あの…」
青年は慌てて言ったが、風未は無視してエンジンを掛けた。
「あっと!えーと、待って下さい!伝言を頼まれてて………あの!コ、コワレモノあず…」
道路に進みかけていた車を急停車させ、風未は急いで運転席のウインドウを開けた。
(第6話に続く)
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