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【#20】連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第5章1話・最終章「そっちからみたら」佐藤さんの場合①)

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※こちらの章は第一章「毛玉セーターの佐藤さん」をお読みいただいてからの方が楽しめると思います。
そうは言いつつ、この章だけでも大丈夫です!





1. 佐藤さんの場合


「えーと、今回は佐藤さんっていう男性に手紙を頼むよ。…え?ああ、年齢?」


末継は、チェストの上に広げた本に顔を近づけた。


「あ、六十一歳で一人暮らし。家はアパートの二階だよ」

猫は何も言わずにじっと耳を傾けているだけで、末継はひとりで話しているかのように見えた。

末継はチェストの三段目の引き出しから木製の文箱を取り出した。
文箱には便箋と封筒、万年筆などが入っている。末続は便箋にサラサラと何かを書いてそれを封筒に入れると、封蝋用のロウソクとライターを取り出し、火をつけた。
慣れた手つきで蝋を垂らすと、Yの飾り文字が刻まれた真鍮製の印を押し付けて封をする。冷めるのを待ってから猫に渡した。
猫は手紙をそっと口にくわえた。

「一回では来ないと思うから、根気良く行こうと思う」


末継は、文箱をチェストの引き出しに仕舞いながら言った。
猫は末継の目をじっと見つめていたが、やがて小さく頷くと、倉庫から出で行った。





『不用品回収致します。○月○日(金)…』『クリーニング!今ならワイシャツ半額!』『電気料金請求書』……

工事現場でのアルバイトから帰宅し、アパートのドアにはめ込まれた郵便受けのフタを開けると、佐藤さんはいつもと変わり映えのしない中身を取り出した。

「うー、さむい」


電気ストーブをつけ、コタツのスイッチを入れてすべり込む。まだ10月だったが最近冷え込みが強くなり、堪らず暖房器具を出したところだった。
敷きっぱなしの布団や荷物に囲まれたコタツが、佐藤さんの定位置だった。リモコンに手を伸ばしテレビをつけると、にぎやかな笑い声が響く。古いアパートの部屋は冷え切っていてなかなか温まらなかった。
ずいぶん前に仕事で痛めた左膝が、寒さのせいかシクシクと疼いた。

「今月は思ったより使ったな…」


佐藤さんが電気料金の金額を見てため息をついていると、チラシの間に手紙が挟まっているのが見えた。

「なんだこりゃ?」


手紙は今どきあまり見かけない、蝋のようなもので封がされていた。


「美容室ヨアケ…なんだ宣伝か」


佐藤さんはニヤリと笑った。俺の頭見たらうちのポストには入れんだろう、と白髪交じりの薄い頭髪に手をやる。
普段なら開封せずに捨てるところだったが、なんとなく気になり、中身を出してみた。

『佐藤様』

突然のお手紙、失礼いたします。
理恵さんと向き合うためのご提案です。

・理恵さんに会いに行かれる前には毎回必ず、美容室「ヨアケ」に、お一人でお越しください。
・その際、必ず「田辺麻衣たなべまい」をカットで指名して下さい。(料金は後程、猫より全額お返しいたします)
・手紙や猫、私のことはヨアケの従業員も含めお話しになりませんよう、くれぐれもご注意下さい。

お守り頂ければ、理恵さんと逢えるようになることをお約束いたします。

美容室「ヨアケ」オーナー 
末継  暁すえつぐ あかつき


手紙には「ヨアケ」の住所と簡単な地図が書かれていた。

「ん…?なんだこりゃ、新手の詐欺か?手が込んどるな」


そう思ったが、十八歳になる理恵の名前が書いてあることが気になった。
一人娘の理恵が中学生の頃、佐藤さんは妻と喧嘩が絶えなくなり、ある日パチンコに行くつもりで家を出たが、糸が切れたように帰れなくなってしまった。
戻ろうと何度も思ったが、誰もいないときを見計らって荷物を取りには行ったが、結局帰れないまま、今も東京に住んでいる。
理恵に何も言わずに出てきてしまった後悔が、ずっと心に影を落としていた。


「どうして知ってんだ?理恵のこと…」


不審に思いながらも、佐藤さんは手紙をクシャクシャに丸めて、ゴミ箱に投げ入れた。


それから数日後。
佐藤さんは風邪を引いて寝込んでいて、昨日やっと熱が引いたところだった。閉め切った部屋には、誰かが寝込んでいるとき特有のすえたような臭いがこもっていた。
風邪薬がまだ効いているのか、コタツに座ったまま居眠りをしていると、肩に何かが触れたような気がして目が覚めた。


「ん…なんだ?」


起きてみるとコタツの上にシルバーグレーの猫がいて、佐藤さんの肩を、ちょんちょん、と突いていた。


「う、わあ…!!!」


佐藤さんは驚いて跳ねた。


「あ?あ?…おまえ、どーやって入った?」


ニャー


猫はコタツの上の手紙を、チョンチョン、と突いた。


「は?なんだ?これ読めってのか?」


佐藤さんが素直に手紙を開くと美容室ヨアケからで、この間と同じ内容だった。


「美容院が猫までよこして俺なんかに何の用があるってんだ…?大体、理恵がどこに住んでるのかも知らんのに、会うもなにも……」


猫は再び、チョンチョン、と封筒を突いた。
中を確認するともう一枚手紙が入っていて、そこには娘の理恵の住所と地図が書かれていた。


「どうなってんだ…?!」


猫は深い海のような美しい瞳で、じっと佐藤さんを見つめた。佐藤さんは、不思議と目が離せなくなった。
しばらくすると猫はすっと立ち上がり、玄関のドアを前足で指した。

「なんだ、帰るってのか?ワガママなやつだな」

佐藤さんが少し残念に思いながらドアを開けると、猫はサッと出て行ってしまった。

開け放ったドアを見ていたら居ても立っても居られなくなり、佐藤さんは小銭入れとカギを掴み、手紙をポケットに入れると外へ出た。



「やっぱり、行かなけりゃ良かったなぁ…」


結局、勇気を出してヨアケの中に入ってみたが、病み上がりで数日風呂も入っていなく、毛玉びっしりのセーター、泥だらけの靴が気になり、逃げるように出てきてしまった。

(俺が場違いなのは当然だが、あんな目で見なくてもなぁ…)

客の中年女性の自分を見る目を思い出し、佐藤さんはため息をついた。
あの美容室にはもう二度と行くまい、と、佐藤さんは思った。



次の日も、その次の日も、仕事から帰ってコタツで寝転がってウトウトしていると、必ずと言っていいほど理恵の夢をみた。夢の中の理恵はいつも今より小さく、小学生くらいだった。
この日の夢では、河川敷の遊歩道で自転車の練習をしていた。


「離さないでよっ、お父さん!ぜーったいに離さないでねっ!!」


佐藤さんが自転車の後ろを掴み、ほぼ角度の無い緩い坂道を下っていく。


「おう、離さないから漕いでごらん」

理恵はハンドルを左右に大きくとられていたが、やがて安定してきた。


「離しちゃダメだからねっ!!」


「はいはい」


そう言いつつ、佐藤さんはそっと手を離し、しばらくはバレないように同じ速度で走る。理恵は気付かず、坂の下まで少しずつ速度を上げて走り切った。
振り返った理恵は、父親が坂の途中で止まり、笑っているのを見て

「あーーーっ!!離してるっ!!」

と怒った。

「はっはっは!!でも理恵、乗れたじゃないか」


「…ほんとだ」

佐藤さんが笑っていると、理恵の顔がぼやけ、身長がゆっくり伸びてきた。
髪は金髪になり、グレーのスウェット姿の十代後半の理恵になった。顔には、殴られたようなアザが見える。

「理恵…その傷…」

「う、うるせーよ…見んなよ…」

佐藤さんが急いで近寄ろうとすると、視界がぼやけた。目をこすって再び見ると、見慣れたアパートの天井が見えた。


「理恵…」

夢でみた成長した理恵が、あまりにもリアルで驚いた。顔のアザは一体どうしたのだろう…と気になったが、そういえばこれは夢だったっけ、と思いなおした。

佐藤さんは起き上がると風呂場に行き、泥だらけのスニーカーを洗った。

***


初回は緊張したがなんとか乗りきり、ヨアケからの手紙の通り田辺麻衣を指名して髪を切ってもらうことができた。麻衣が理恵になんとなく似ている気がして、佐藤さんは嬉しかった。

その足で理恵のアパートに向かう。
突然手紙を送って来た、会ったこともない美容室のオーナー、ましてやその使いのような猫の言うことを聞くなんて…と自分でも可笑しいと思った。
でも、理恵のことが気になって仕方がなかった。俺は今からでも理恵のために何か出来るのだろうか。理恵のため…と言いつつ本当は自分のためだろうな、とも分かっていた。

朝からの雨が更に強くなり、横殴りになっていた。
アパートはスチール製の外階段が濡れ、滑りやすくなっていた。数年前に仕事で痛めた右足をかばいながらゆっくりと登る。

「ここか…」


玄関にはキティーちゃんの表札が掛かっていた。プラスチックの部品を組み合わせ、アルファベットでSATOと書かれている。

何度か逡巡してから、佐藤さんはようやくインターホンを押した。

(続く)


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