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【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(第12話)


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「つ、着いた…」


急に開けた場所に出た。



「すごい…」



360度島が一望できた。息切れしながらもぐるりと首を回してみると、島の緑の向こうに美しい瀬戸内海が広がっていた。
頂上には短い参道があり、細い木の幹で作られた灰色の鳥居がある。その向こうに見える巨大な重岩かさねいわは、小さな岩の上に大きいものが重なっていて、どうして落ちないのか不思議だった。
清らかな風が吹き抜け気持ちが良いけれど、帰り道を考えると気が重かった。

駐車場に停まっていたレンタカーの家族連れがいて、鳥居の前で写真を撮っていた。娘らしき十代くらいの女の子は低めだけれどヒールを履いていて、これで登って来たの?そして降りるんだ…!と衝撃を受けた。
家族連れはきゃあきゃあ言いながら、岩の道を降りて行っていった。


私たちは鳥居をくぐり、岩に埋め込まれた祠にお賽銭をあげ、手を合わせた。

風未の願いが叶いますように。恭平が私の前から消えた理由が知りたいです。どんな内容でも受け止めます。
どうか私たち二人とも、前に進めますように。

神社というのは敷地内は独特の空気があるけれど、ここは頂上なので常に新鮮な空気の中にあった。
長い時間手を合わせていた風未がようやく顔を上げた。


帰りは行きの比じゃないくらい、私にとっては怖かった。でもヒールの女の子だって降りたんだし!と自分に言い聞かせながらチェーンを握りしめた。
スカートが汚れるなんてとっくにあきらめた私は、ボコボコした岩場に座るようにして降りた。
次はここに左足をかけて、手はここ、右足はこっち、と風未が指示してくれ、差し伸べてくれる手をありがたく借りて、勇気を振り絞って一歩一歩降りて行った。

私は集中していたはずなのに、母方のおばあちゃんが昔、押し入れの前で言っていたことの続きを、ふいに思い出した。
箱のことを「後悔」と言っていたおばあちゃんだけれど、カウンターを見つけられなかったのではなく、探さなかった、と言っていた。

「でもね、探さなかった人生も良かったわよ。そのお陰で、あなたのおじいちゃんに出会えたし、あなた達も生まれたんだから。おばあちゃんはね、探さない、っていう選択をしたの」


生きることは、選択し続けるということだ。些細なことから大きなことまで、迷路の分かれ道のように選び、進んでいく。そして、少しずつ答え合わせをしながら生きていくのだろう。

ほんの短い距離なのに長く感じた岩場をようやく降り、駐車場にたどり着いた。手を挙げて天を仰ぎたくなるほどの達成感だった。


「あっ!!来たっ!!おかえりなさい!大丈夫でした?険しかったでしょ?」


高野くんが駆け寄って来た。



「お待たせ。ほんとありがとね、ちゃんとお祈りしてきたよ」


風未はすっきりしたような顔をして笑った。高野くんはバイクの方に急ぎながら、



「いやぁ、さっき降りてきた家族連れの女の子のヒールが折れちゃってて…やっぱりついて行った方が良かったかなって心配してたんですよ。大丈夫で良かったです!」


と言った。



それから高野くんのバイクに付いて二十分ほど車で走り、私たちはエンジェルロードの駐車場に到着した。
潮の満ち引きで現れる美しい砂の道は、聞いただけでも何ともロマンチックだ。
ガイドブックの表紙になる人気スポットなだけに、道路脇に並んだ駐車場は結構混雑していて、ようやく一台空いているところが見つかった。

先に停めていた高野くんと、さっきかすみジェラートで別れたはずの佐山さんが、観光案内所の小さな建物の前で待っていた。


「佐山さーん!来てくれたんですね!!ありがとうございます!」


風未が手を大きく振りながら駆け寄った。


「やっぱり間に合うか心配で…。風未さん、お礼は良いから早く早く!あと五分で五時ですよ!」


佐山さんが叫んだ。


エンジェルロードは駐車場からは見えない位置にあるようだった。私たちは足洗い場の横を通りすぎ、砂浜の方へ走った。走り慣れていない私は少し遅れをとってしまった。
崖の下の角を曲がったところで、皆が一斉に止まった。


「…あれ、どうしたんですか…?」


ようやく追いついて、荒い息を整えながらみんなの見ている方に目を向けた。


「あ………」



想像していたよりすぐ近くに砂浜があった。



「エンジェルロード……」


高野くんが呟いた。


「………ない」


海の向こうに、クリーム色の崖の上にこんもりとした緑の木々が生えている、小さな島が見えた。そこに繋がるはずの砂の道は、もうほとんど海の下になっていて、とても渡れそうにはなかつた。



テンシノミチワタレ………五ジマデニ



みんな無言だった。
辺りにはたくさんの観光客がいたけれど、砂浜を見てがっかりして帰って行く人も多かった。


「ま、仕方ないか!そーいうこともあるよねっ!」


風未が沈黙を破り、元気に言った。私は波打ち際ぎりぎりまで歩いて行って、すぐ近くに見える小島を眺めた。

砂の道、渡れなかったな。あと少しだったのに…。もう、恭平との「縁」が戻ることは無いのかもしれない。
それは望んでも仕方ないけれど、恭平が何を抱えていて、私にできたはずのことは何だったんだろう、それだけは知りたかったと思った。

風未は、お母さんとの縁を元に戻すために島に来たはずだ。さっきも重岩で一心に祈っていた。私がもっと早く岩を降りられれば…。申し訳ない気持ちで振り返ったときだった。

ふと、風が止んだ。

「え…」

後ろにいたはずの高野くんや佐山さんが消えていた。気付くと周りに沢山いた観光客も、一人もいなくなっていた。
振り返ったとき目に入ったのは、驚いたような顔をした風未だけだった。


「……は、春琉ちゃん…。あれ…」


風未が海を指さした。



「あっ…!」



海の方に目を向けると、たった今まで無かったはずの砂の道が、緩いカーブを描きながら小島まで繋がっていた。
海は凪いでキラキラと輝き、砂浜なのにどこからかオリーブの香りがしていた。空気は甘く、とろりと全身を覆った。


「…春琉ちゃん、渡ろう」


風未が震える声で言った。


「…うん」


風未が手を差し出した。私たちは子供のように手をつないで、砂の道を渡った。
ここはさっきまで海の底だったんだ。人間が本当は歩けるはずのない場所を、海が気まぐれで少しだけ見せてくれている。
もしかしたらここはこの世からちょっとだけ離れた場所で、私たちはこの刹那、迷い込んでいるのかもしれない。そのくらい、透明な美しさだった。

そのときふいに、風未が止まった。


「私、島で何も拾ってない…。春琉ちゃんはさっきビーチグラス、拾ったよね」


「確かに…」


「私、伝言の意味考えてたんだけど…『本来の姿戻るよう祈れ』って。それ、私のお母さんのことだって思ったの。怖いくらいおかしくなってて、ほんと何するか分かんなかったんだ。
だとしたら、高野くんが持ってきた伝言は春琉ちゃん宛で、ビーチグラスは春琉ちゃんがカウンターに出す物で…」


しばらく探してもこれといった物は見つからなかった。五時までに…という言葉がよぎったけれど、砂の道は未だそのまま足元にあった。
ここにいると、「時間」という概念があまり感じられない気がした。


「これかな…うーん、色はきれいだけど…なんか、違うような気もする…」


風未は綺麗なピンク色の貝殻を拾った。


「一応、拾っとこうかな…」


「あっ…!!あれ…なんか光ってない?」


私は少し先の砂浜を指さした。青白い、小さな光が見えた。
急いで行ってみると、白く輝く小さな貝殻が落ちていた。
それは遠くからでも何故か目立ち、風未に拾われるのを待っているかのようだった。


「これだ…」


風未はそれをジーンズのポケットに入れた。


私たちは砂の道を再び手をつないで歩いた。途中からは我慢できず、どちらからともなく走り出した。
すぐに息切れしてしまうはずの私も、身体が羽根のように軽く、このままいつまででも走れるような気がした。


そしてついに、小島の崖の下に到着した。
私たちがそれぞれのカバンから木箱を取り出すのを待っていたかのように、目の前の岩肌に、木製の小窓のような小さなカウンターが現れた。

大きさは三十センチ四方くらいしかなく、上のところはアーチ状になっている。小箱と同じ木材のようで、色も同じ薄い茶色だった。
小箱はツヤツヤと綺麗なのに対し、カウンターは台のところに無数の擦れた跡がある。あちこち傷もあって、まるで古い建物の作り付けの窓口のようだった。中は白く光っていてよく見えなかった。
すぐに、機械的な女性の声が聞こえてきた。


『こちら、コワレモノ預かりカウンターです。型に合うコワレモノを入れた箱をお出し下さい』



「は、春琉ちゃん…先に…」

かすれた声で風未が言った。


「か、風未さんこそ…」


カウンターは空間の揺らぎに漂うように、ゆっくり揺れていた。


「早くしないと消えちゃうかも…一緒に出そう」


風未が言った。私は無言で頷いた。
私たちは二人で同時に、カウンターの台に箱を置いた。
そしてしばらく待ってみたけれど、何も起こらなかった。


「あっ!貝殻っ…!!」


「あ!そうだ!ビーチグラスも…」



私たちはそれぞれの箱の上に、それらをそっと置いた。
その途端ぶわっと風が吹いて、カウンターも大きく揺らいだ。そして箱は二つ同時に中に引き込まれ、一呼吸おいてから、一つだけ吐き出されてきた。
貝殻とビーチグラスは消えていた。


「え…?ひとつ…?!」


驚いていると、女性の機械的な声が再び聞こえた。


『中のお品物をご確認下さい。お預かりしたものと、その物がつなぐ「ご縁」は必ず修理し、お返しすることをお約束いたします』


「これ…私のだよね?春ちゃんのは…」


「と、とにかく、開けてみて」


風未は震える手で留め金を外し、蓋を開けた。中には白地に山吹色で描かれた太陽柄の、デミタスカップとソーサーのセットが入っていた。風未は取り出して、取っ手の部分を確かめた。


「………直ってる」


確認したと同時に、カウンターはふっと消えた。



(第13話に続く)

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