【#22】連載小説 『美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第5章3話・最終章「そっちからみたら」コウタソウタのソウタの場合①)
※こちらの話は、第二章「サスペンス小学生」を読まれてからの方が楽しめると思います。
とは言いつつ、この章だけでも大丈夫です!
美容室「ヨアケ」の地下倉庫の奥。
「ああ、来たね、いつもご苦労さん」
末継はシルバーグレイの猫に声をかけると、アンティークのチェストの、二段目の引出しを開けた。
中から取り出したのは分厚い本だった。しっかりとした革張りの装丁で、かなりの年代物に見える。長年大切にされてきたようで、深みのある茶色い革は、親しみのこもった色になっていた。
末継はそれをチェストの上に置くと、ページをめくった。
第五章 三話
コウタソウタのソウタの場合
「えーと…今回は「村上聡太」さんっていう男性に手紙を頼むよ。へー、お笑い芸人だって!そういえば最近よく名前聞くよな、コウタソウタって」
「ん?…えーと、うん、一人暮らし。マンションの十階だよ」
猫は何も言わずにじっと耳を傾けているだけで、末継はさっきからひとりで話しているように見えた。
末継はチェストの三段目の引き出しから木製の文箱を取り出した。
文箱には便箋と封筒、万年筆などが入っている。末続は便箋にサラサラと何かを書いてそれを封筒に入れると、封蝋用のロウソクとライターを取り出し、火をつけた。
慣れた手つきで蝋を垂らすと、Yの飾り文字が刻まれた真鍮製の印を押し付けて封をし、冷めるのを待ってから猫に渡す。
猫は手紙をそっと口にくわえた。
「この手紙を読んだら、きっと来てくれるんじゃないかと思う。彼もずっと気持ちのどこかで探してたみたいだから…。よろしく頼むよ」
末継は、文箱をチェストの引き出しに仕舞いながら言った。
猫は末継の目をじっと見つめていたが、やがて小さく頷くと、倉庫から出で行った。
***
「東京の夜景、めちゃめちゃきれいだな。毎日家から見れるって夢だったよなー。俺、まじスゲーな!」
今日も一人、つぶやく。
昨日もつぶやいた。その前の日も。まるで自分に言い聞かせているみたいに。
お笑いコンビ「コウタソウタ」のソウタこと村上聡太は、自宅のリビングで一人、カップ麺をすすっていた。
良くしてもらっている先輩芸人と一緒に飲みに行き、さっきタクシーで帰ってきたところだった。
急いで麺をすすることで何かの隙間を埋められるような気がして、咽せつつもあっという間に完食する。
ソウタは空っぽの容器と割り箸をシンクに放り投げると、まるでテレビを消すかのようにキラキラとした夜景の映る窓のブラインドを閉めた。
それから大きなソファーにドサッと横になる。
天井には、機能もよく分からないまま憧れていた、クルクルまわる羽のついた照明がぶら下がっていた。その羽を見ながら、
(俺がトンボなら、あれで目、回っちまうかも…)
などと、どうでも良いことを考える。
いつもなら、何でもとりあえず思いついたことをネタ帳に書くのだが、今日は頭にモヤがかかっているようで、どうにも身体が動かなかった。
スマホに手を伸ばし、インスタを立ち上げる。
疲れているときは動物の動画を眺めることが多く、タイムラインに犬だの猫だの鳥だのが、山のように流れてきた。
ぼんやりとスクロールしていると、セキセイインコが「カァワイイ!カワイーネー」などどおしゃべりしている動画が再生された。その声は広いリビングにうつろに響き、ソウタはスマホを閉じた。
そのまま、ウトウトしかけたときだった。突然、ソウタの顔を見知らぬシルバーグレーの毛皮の猫が覗き込んだ。
「!!??う、う、うゎーぁっ!?」
猫は深い海を思わせる瞳で、至近距離からじっと見つめていたので、ソウタは跳ね起き、床に尻もちをついた。とっさの時でもリアクションが大きくなってしまうのは、若手お笑い芸人の性のようだ。
猫は優雅な身のこなしで、素早く見事に避けた。
「なんで?!なんで猫が…?!」
ドッキリか?!と一瞬思いキョロキョロしてしまったが、このマンションに引っ越してからはさすがに自宅はNGにしていた。
「か、帰ってきた時ついてきたとか…?!」
それ以外考えられないが、気配は感じられなかった。ちなみに付き合っている人は今いないので、彼女が勝手に連れてきた、ということもない。
猫はソファの上からテーブルに前足を延ばし、そこに置かれた手紙をトントン、と叩いた。
「なんだ…?」
恐る恐る手紙を手にとってみる。古風な封筒に蝋で封がされていて、差出人は「美容室ヨアケ 末継 暁」と書かれていた。
ソウタ宛に届くファンレターなどは何が入っているのか分からないので、全て事務所がチェックしている。慎重なソウタは普段なら警戒し、不審な郵便物は開けないはずだった。
しかしトークのネタを集めなければ、という常につきまとう不安のためなのか、封を開け、中身を取り出した。
『村上聡太様』
田中拓海くんに、あなたの思いを今からでも伝えるためのご提案です。
彼は現在、新城拓海という名で美容室ヨアケのスタイリストをしています。
私(オーナーの末継)を指名の上予約して頂き、不在のため新城に代わってもらうという形で、ヨアケにお越し頂ければと思います。
その後は、新城をご指名の上、定期的にお越しください。
(カットのお代は、その都度猫が全額お返し致します)
ただし、新城自身が気付くまでは、ご自分からは一切名乗らないようにお願いします。
これらをすべてお守り頂ければ、お時間は掛かるかもしれませんが、田中拓海くんと向き合い、今のあなたの思いを伝えられることをお約束致します。
『美容室ヨアケオーナー 末継暁』
ソウタは驚いて顔を上げた。
(どうして…どうして田中くんとのこと知ってるんだろう…?!俺は…俺がずっと…)
ソウタは猫がいつの間にか居なくなっていることにも気付かず、ソファに座ったまま手紙を見つめていた。
*
「コウタソウタ」は、ここ最近ぐんと売れてきたお笑いコンビだ。知的な漫才や鋭いコメントが面白く、かといってそれほど尖っているわけではない。親しみやすい雰囲気に、幅広い年齢層に人気だった。
ソウタは中学に入るころからずっとお笑い芸人を目指していて、親の反対を押し切って芸人養成所に入学した。
中学受験までさせたのに…というのが母親の口癖になり、ことあるごとに嫌味を言われたが、売れてからはむしろ近所に自慢して歩いているようだった。
先日もラインで母親にサイン色紙を頼まれ、既読スルーしていたら色紙の束と、返送用の段ボールが送られてきた。引っ越したばかりだったので、ソウタは新しい住所を知らせたことを後悔した。
ソウタは数か月前に、念願かなって高層マンションに引っ越してきた。芸人がいつまでも家賃の安いところに暮らしていたら売れない、と先輩にも言われていて、少し背伸びをして借りた部屋だった。
そのタイミングで、売れる前から付き合っていた彼女とも別れ、今はフリーだった。
「コウタソウタ」は今、うねりのような勢いがあり、その勢いには良いものも、もちろん悪いものも引き寄せられる。
近寄って来る人が皆、何かしらの下心を持っているような気がしてしまい、ソウタは最近人間不信に陥っていた。
*
ソウタはいつの間にかソファで寝てしまい、気が付いたら昼過ぎだった。その日の仕事は夕方からだった。
二日酔いで痛むこめかみを抑えながら、ブラインドを開ける。東京の空は良く晴れていた。
窓の外の景色、と言うより、都会の写真がプリントされた壁紙を見ているようだな、とソウタは思った。
ふと足元に目をやると、昨日猫が持ってきた手紙が落ちていた。
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