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【#24】連載小説 『美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第5章5話「そっちからみたら」コウタソウタのソウタの場合③)


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猫は倉庫から出て、すぐ横にあるヨアケの開け放したドアから入って行った。
ソウタは猫を見るとびくっとした。最近、ひょっとしたら見えてるのは俺だけなのかも…と思い始めていたので、新城も反応したときは少しほっとした。


猫は『ヨアケ』の半地下になっているフロントスペースに降りていくと、ソウタの前に来て、じっと目を見つめた。
それからソファーの背もたれの上にトン、とジャンプして乗ると、前足でソウタの頭をちょんちょん、と二回ほど軽く突ついた。
それから猫はソウタにだけ見えるように目を細め、なにやら合図をしたかのように見えた。

猫はそのまま、ドアから出て行ってしまった。
あっという間に倉庫に戻って来た猫に、末継が

「えっ?もう?さすが仕事が早いね。上手くいった?」

と聞くと、猫は軽くうなずいてからチェストに飛び乗り、再び丸くなって寝てしまった。


「た、大変申し訳ございません!!お怪我はないですか?!」

新城の声で、ソウタは我に返った。最初は訳が分からなかったが、猫に見つめられたときハッとした。

ソウタは小学生時代は少年野球チームに所属していて、ずっと坊主頭だった。
一週間ほど前に相方のコウタとケンカした理由も、坊主にまつわることだった。
テレビ番組の企画でどちらかが番組内で坊主にする、という案がでた。内容上、ソウタが坊主にする方が良さそうだったのだが、ソウタが拒否し、結局、ほかのコンビが坊主にした。
別に坊主が嫌なわけではなかった。ヨアケにカットに行かれなくなってしまう、と思ったからだった。

「いつもなら面白い事なら率先してやるのにさ…最近なんか変じゃね?上の空のことも多いし…大丈夫か?」

とコウタが言うと、

「あ?何言ってんだよ!だったらコウタが坊主にしろよ!彼女がいるから嫌なのか?ネタ書いてんの俺なんだから、いちいちケチつけんなよ!」

と、ついイライラして返してしまった。コウタが心配してくれているのが分かるだけに、自分の不甲斐なさに余計に腹が立った。
ソウタは意を決して、新城に坊主にしてくれるように頼んだ。結局、それでも新城は気付かなかったが、何か思うところがあるような表情をしていた。

もしかしたら気付いてくれるかもしれない。
そう感じたソウタは、それをずっと願っていたはずなのにむしろ怖くなり、その日からヨアケに足が向かなくなってしまった。


***


「ソウタ、お前、休め」


ある日。テレビ局からの移動中の車内でコウタが言った。
外は激しい雨が降っていて、ワイパーが何時にない速さで動く音が響いていた。


「あ?また言ってんのかよ。今、一番の頑張りどころだろ?休まねーよ」


ソウタは椅子を倒して寝ていたが、目も開けずに言った。


「いや、休め。俺がその間は何とか頑張るから。この頃、何でもないときでも涙が出てきたりするんだろ?目もうつろなことが多いし。寝れてないんだろ?」


「お前、俺がちゃんと仕事してないって言うのかよ?!」


「そんなこと言ってないだろ!むしろ逆だよ、しすぎなんだよ。何度も言ってるだろ?」


「だからこっちだって何度も言ってるだろ?!大丈夫だって。大体、誰がネタ書くんだ?」


「休んでる間はピンで頑張るから」


「お、俺はもういらないってのか?」


「だからっ!そんなこと言ってないだろ!!」


コウタはソウタの胸ぐらをつかんだ。運転していたマネージャーの笠原が息を飲んだ。ソウタはそれでも目を開けず、面倒くさそうにされるがままになっていた。
ちょうど信号で停車し、水滴のついた窓から赤くゆらいだ光が差し込み、二人を照らしていた。

コウタはそのまま、低い声で言った。


「同じような感じでそのまま頑張り続けて、一年以上も家から出られなくなった人のこと、俺は知ってるんだ」


ソウタは目を開けた。


「コウタがそうなる前に…俺は……俺は、お前とずっと漫才してたいんだよ!!」


コウタはソウタから乱暴に手を離すと前を向き、かぶっていたキャップで顔を覆うとそのまま寝てしまった。

コウタがここまで言うのは初めてだった。
ソウタはしばらくコウタを見つめていたが、再び目を閉じた。
そしてしばらくすると、押し殺したような嗚咽をもらした。

結局、ソウタは笠原に引きずられるようにして心療内科に行き、カウンセリングを受け、しばらく休業することになった。


***


休業当初は、テレビが見られなかった。
自分がいなくても回っている世の中。相方だけが売れて、俺はもう用済みになるのかもしれない。そう思うと苦しくて目を背けたくなる。

ベッドから起き上がれなくて、ただダラダラしている自分に焦り、何かしなければと思う。医者にはのんびりしろと言われたが、どうのんびりしていいのかが分からない。
日々「のんびりすること」を頑張ろうとしている自分に気付き、少し笑った。
しかし、コウタが強引に医者に連れて行ったお陰で、重症になる前に休むことができたようだった。

(自分では大丈夫と思ってたけど…気付けないもんだな)

だいぶ良くなってから、ソウタは思った。
心配した母親がしばらくの間、泊まり込んで身の回りの世話をしてくれた。久しぶりに手作りのおかずを食べながら涙が出てきたが、母親は見て見ぬふりをしてくれ、普段どおりに接してくれたのも有り難かった。


「すごい!!すごいわ、そうちゃんっ!!こんな景色、なかなか見られないわよ~!!頑張ったのねぇ!!」


高層マンションの眺めに嫌気がさしていたが、母親が手を叩いて喜ぶ姿を見て、少しは親孝行できてるのかもな、と思えるようになった。


半年ほど経って医者の許可も降り、仕事に復帰することが決まった頃、マネージャーの笠原が様子を見がてら、家にやってきた。

「ソウタさーん、これ、今めっちゃ話題なんですよ!それからこれはコウタさんから。今日の夕飯用にデパ地下うなぎ弁当!」


笠原はチョコレートが掛かったラスクの箱と、弁当を差し出した。


「おっ、美味そうじゃん、ありがとう。うなぎかぁ、豪華だなあ。コウタにも後でラインしとくわ。俺、コーヒー淹れるよ」



ソウタは湯を沸かし、その間に豆を挽いた。時間をかけてドリップしたコーヒーとラスクを出し、ダイニングテーブルに二人で座る。


「いつもならペットボトル、ドーンって置いて、はいこれ飲んで!だったじゃないですか!丁寧な暮らしってヤツですか?」


笠原がラスクに手を伸ばしながら言った。


「ははは、休んでてすることなかったからさ、なんかコーヒとかオシャレな道具そろえて淹れたらモテんじゃね?ってさ」


「復帰したらまた忙しくなるんで、ペットボトルドーン!になりますよ」


「そうはならなかったりして」


ソウタは笑って言ったが、自分の戻る場所はあるんだろうか、と毎日、毎時間考えてしまうのも事実だった。


「ソウタさん」

笠原が、いつになく真面目な顔で言った。


「コウタさんがこの半年間、『コウタソウタ』を守ってきました。ソウタさんの場所、まんま残ってます。けど、今までみたいに自分を削んないで下さい。何かあったら俺のことも頼って下さい。頼りないかもだけど、全力で一緒に走ることはできます。もちろん、歩いてもいいです。止まったっていいです」


「………」



ソウタがうつむいて、しばらくそのまま何も言わなかったので、笠原は慌てて言った。



「あっ!なんか俺、余計なお世話だった!上から目線だったかも?!すみませんっ!」



「いや、違う。…そんなこと…」



ソウタは下を向いたまま小さな声で「ありがとう」と言った。
笠原の顔が少し歪んだが、すぐに元気な調子で、


「ほら、ソウタさんも食べて下さいよ!」


と言うとラスクの袋を開け、大きく頬張った。


「うまっ!ほらやっぱりここの…ムハッ!グホッ!!」


笠原はむせてしまい、急いでコーヒーを流し込んだ。


「アッチ!!アチッ!!」


コーヒーは淹れたてで熱く、慌てている笠原を見てソウタは涙を流して笑った。
笠原も涙目で、一緒に笑っていた。


笠原が帰ると、ソウタは寝室の棚に置いていた、新城が最近送って来たハガキを手に取った。
ソウタは休業中もヨアケのことを考えていて、復帰する前に、ボサボサに伸びた髪を切ってもらおうと決めていた。


(今度こそ、逃げないで向き合おう)


ソウタは、DMに印刷されていた、新城のラインのQRコードを読み取った。

 

***


「本当にありがとな。ったく何年掛かってんだろうな…でもお陰でちゃんと言えたよ。許してもらおうなんて思わないけどさ…でも謝れたよ」


久しぶりに新城に髪を切ってもらい見送られた後、建物の隙間に佇むシルバーグレーの猫を見つけ、ソウタは声を掛けた。


「ほんと、世話が焼けるやつ…って思ってんだろ?でもさ、世話ってときどきは焼かせちゃっても良いのかもな、って最近思えるようになったよ。助けて、っていって良いんだ、ってね」


猫は深い海のような瞳で、ソウタをじっと見つめていた。



「あの…ソウタさん!」


後ろから声を掛けられ、ソウタは驚いて振り返った。

「あ?!あれ、新城さん、なにかありましたか?」


「あの…えっと、単独ライブって…」

「えっ」


「もし良かったら、行きたいなって思って…」

新城が言った。


ソウタはチケットを贈る約束をし、新城に深く頭を下げた。

猫はいつの間にか、いなくなっていた。


***


「お、ソウタくん復帰だって。良かったな」


「ヨアケ」の地下倉庫の奥で、末継はスマホのニュースを見ながら言った。


「ああいう優しい子も病気なんかにならないで活躍できるような世界であってほしいけど、そう願うのは現実的じゃないのかもしれないね」


スタイリングチェアーに寝そべって聞いていた猫は座りなおして、「ニャー」と、非難めいた声を出した。


「そうだね…うん。少しずつ…。ひょっとしたら、ひょっとするのかもしれないね」


猫は「そう思わないと、やってられないでしょ」と言っているように見えた。


「そろそろ指名のお客さん来るな。遅れたらまた坂本に怒られる…あいつ、怖いからな~」


末継は猫に軽く手をあげると、倉庫を後にした。
猫もすぐにチェストに入って行ったので、倉庫には再び静寂が訪れた。


(『コウタソウタのソウタの場合』おわり・『吉祥寺の場合』に続く)


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