【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(第7話)
イツモトマルソノサキニアル
高野くんが開いたメモには、こう書かれていた。
「うわぁ…暗号?!」
風未が言った。
「それだけですか?」
「はい、それだけです。その日以来カウンターは見てないし、箱を開けても何も起こりません。…すみません…」
人が良さそうな高野くんはすまなそうに謝った。
「私たちに伝言なんですよね?どういう意味でしょうか…イツモトマルソノサキニアル…いつも泊る旅館?ストップする方の止まるかな?そのさきにある、って…」
「でもこれどこで切るの?イツモトマルっぽいけど違う可能性もあるよね…。イツ、モトマル、ソノサキ…地名とか?あ、ガイドブックとか見ながら考える?春琉ちゃん持ってる?」
「あ、はい、カバンに入れてます」
「僕、検索してみます!」
高野くんはスマホを取り出した。
三人で色々考えてみたが、むしろいろんな意味に取れ過ぎて、暗号のような文章の意味は分からなかった。
「ここでずっと考えてても見つかんなそうな気がしてきた…。ちょっと早いけどどこかでお昼、食べません?」
風未が言った。
えっ今会ったばかりの若い男の子と?状況だけみたらナンパじゃん、って思ったけれど、もうこの旅は普通じゃないし大体普通って何?もうよく分かんないしいいや!と、私は腹をくくった。
「いいですね!腹減りました!僕、直島行った後に小豆島も行ったんです。そんとき食べた手延べそうめんがめっちゃ美味くて…その店でよかったらそんな遠くないんで案内します!」
「小豆島名物だよね!去年来た時はコンビニのパンとおにぎりだったから、そうめん食べたい!!」
ウッドデッキからの景色があまりにも綺麗で、車に戻る前に写真を撮っていると、
「あ!春琉ちゃん、背中にいっぱい草が付いてる!」
と風未が笑った。
「え?!」
肩のところをつまんで引っ張って見てみると、さっきハンモックから落ちた時に付いた枯れ草が、白いセーターに絡まるように沢山付いていた。
風未はクスクス笑いながら、丁寧に取り除いてくれた。
*
しばらくは海から離れ、県道を走った。高野くんは私たちを気遣うように、ときどき振り返りながらゆっくりと走ってゆく。
散歩のときに飼い主をちょこちょこ振り返るワンちゃんみたいだな、と思ってしまった。
島の田舎道は私には新鮮で、カウンターを探す目的はもちろんあるけれど、それ以上にあちこち目をやってしまう。
古い看板や農作業用の小屋など、地元の人にはなんてことないようなものが気になり、カメラを向けたりしていた。
十分ほど走ったところで街並みはだいぶ開けた感じになって、商店や家が増えてきた。島の玄関口「土庄港」に近付いてきたからのようだった。
高野くんは落ち着きない様子でキョロキョロとしていたが、くるりと振り返ると手で合図をし、突然Uターンして車のところに来て、ヘルメットのシールドを上げた。
風未が窓を開けると、
「確かこの辺だと思うんですけど…ちょっとここで待ってて下さい!」
と言って、再びバシッとシールドを降ろして走り去った。
…と思ったら、すぐまた違う方向から現れたりして、結局一回路肩に停まり、焦った様子でスマホで調べ始めた。
「なんか、迷ってるみたい…」
「うん…大丈夫かな?」
私達を待たせているので余計焦ってしまったらしい。パタパタした動きはやっぱりコミカルでワンちゃんっぽい。
私がさっき、ちょこちょこ振り返る高野くんを見て思ったことを風未に伝えると、
「めっちゃわかる~!!」
と笑い転げた。
結局すぐ横の道に入れば良かったらしく、こっちで〜す!!と高野くんが嬉しそうに合図をして、私達はようやくそうめん屋さんにたどり着いた。
「いやぁ、すみません!前にも来たのに迷っちゃって…」
ヘルメットを取った高野くんは汗だくだった。
「この辺りって『迷路のまち』って言われてるみたいですよ。海賊とか海風とかから生活を守るために、入り組んだ路地になったんですって」
私はさっきガイドブックで読んだことを話した。
「そういえば聞いたことある!だーから迷ったのかぁ!」
高野くんは迷路のせいにできて、ちょっぴり嬉しそうだった。
そうめん屋さん「小麦」は小さい店舗だったけれど明るい色調の木が使われ、センスよく飾られていた。まだお昼には早かったので、客は私達だけだった。
「春琉ちゃんなんにする?私、ぶっかけ素麺食べて見たい!」
「初めて見たし、私もこれ食べたいかも」
「これ!さっぱりして美味かったですよ!僕は大サイズにして、おにぎりも付けちゃおう」
ぶっかけとは、炒り卵やネギ、揚げ玉に海苔が載った、汁に浸かった素麺のことだ。温かいのか冷たいのかを選べるようになっていて、私は温かいの、二人は冷たいのを選んだ。
「春琉ちゃんいいの?私も大っきいのにしておにぎり頼むけど…」
風未はよく食べる方らしい。私は昔から少食で食べるのも遅い。昔からそれがコンプレックスだった。
二十歳そこそこのときは、男性も同席している会で少食だとかわい子ぶってると思われることもあった。実際、嫌味っぽく言ってくる女子もいたりして、そんなつもりは無いのに…と悲しくなった。
さすがに最近はかわい子ぶってるとは言われなくなったけれど、周りの人が食べるペースに合わせなきゃ迷惑掛かっちゃう…と必要以上に気になってしまう。
だからレストランで食事を頼んで、それが思ったより量が多かったりすると「美味しそう!」より「残しちゃうかも…」と食べる前からげんなりしてしまう自分がいた。
気にしすぎ、と言われればそれまでだけれど、気になるのだから仕方がない。
「わ、私、元々あんまり量、食べれなくて…」
私は素直に言った。
「そっか~了解!じゃ、もし残したら食べたげるから、気にしないで好きなもの食べなよ!」
さっき会ったばかりの人のセリフとは思えない。そんなことを言われるなんて予想もしなかったので驚いたけれど、風未の屈託のない感じが心地よく、私は嬉しかった。
「ありがとう…ほんとはおにぎりも美味しそうで気になってたんです。でも食べきれるかなって思って…」
「じゃあ、頼んじゃいなよ…あっ!!」
風未が叫んだ。
「そういえばお昼、春琉ちゃんのおごりってことになってたんだった!頼んじゃいなよって何言ってんの?って感じだよね、ごめんなさい!やっぱり割り勘にしない?私、お腹ペコペコで大サイズにしたいしおにぎりも…」
「ううん大丈夫、奢らせて下さい。風未さんのお陰で楽しいし…」
「うーん、でも」
「このお店、安いし気にしないで下さい!その方が私も気兼ねなく車に乗せてもらえるし。
高野くんも一緒に奢ります。わざわざ島に前乗りまでして今日来てくれたんだよね。
本当はランチだけじゃ足りないくらいだけれど」
「えーーー僕まで?!いいんですか?!」
「もちろん!」
「春琉ちゃん、ありがとう!高野くんの分は私にも半分出させてくれると嬉しい!」
ようやく注文した後、私たちのやり取りを見ていた高野くんが聞いた。
「お二人は仲が良いですね。同じ職場とかですか?」
私達は顔を見合わせてから笑った。高野くんは、何がおかしかったのかと戸惑っていた。
「いえ、すみません、そう見えました?」
「あ、はい…違うんですか?じゃあ姉妹とか?」
「あははは!!春琉ちゃんみたいな妹欲しい!…あのね私たち、さっきフェリーで初めて会ったんだ」
「えーーーっ?初対面だったんですか?めっちゃ仲良しじゃないですか!!」
私だって驚いてるよ、と、笑いながら思った。
出会いのいきさつを話すと、
「すごく良い出会いだったんですね。運命?!羨ましいなあ」
と高野くんは目を丸くしていた。
島に来るまではどん底だったのに、沢山笑っている自分がいる。
たとえカウンターを見つけられなくても、これだけでも来た意味があると思った。
ガラス張りの明るい店内には美味しそうな出汁の匂いが漂っていて、さっき会ったばかりだけれど気のいい旅の仲間たちがいる。
全てが奇跡のようだった。
「お待たせしましたー」
三人分ほぼ同時に、そうめんが運ばれてきた。
「わあ、美味しそう…!春琉ちゃんありがとう!頂きまーす」
そうめんってどんなの食べても普通に美味しいんじゃない?…と心のどこかで思っていた。
でもこれ…全然違うじゃん!と一口目から驚いた。
小豆島の胡麻油を練り込んだという手延べの生そうめんは、細いのにコシがあり、小麦の風味がいつも食べているものとは全然違った。
透明で薄茶色の汁はダシが効いていて、さっぱりとしたそうめんにぴったりだ。
具はあくまでもそうめんの引き立て役という感じでバランスが良く、みんなスルスルと、あっという間に完食してしまった。私も無理なく完食できたのが嬉しかった。
おにぎりも素朴な感じでとても美味しかった。
私たちが「美味しい!」と口々に絶賛すると、高野くんはまるで自分が作ったかのように「そうでしょ?やっぱり全然違いますよね~」と嬉しそうに笑った。
お店の店主らしき男性もオシャレで感じが良く、旅先で出会う人次第で土地の印象が全然変わるものだなぁと実感した。
半日も経っていないのに、私はもう小豆島を好きになっていた。
「そういえば…高野くんは小豆島に前に来たとき、誰かに伝言は聞いたの?『コワレモノ預かりカウンター』からの…」
風未が言った。
「はい!僕は美術館にいたとき、メモを渡されたんです。小さな女の子でした」
(第8話に続く)
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