【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(第11話)
それから五分もしないうちに、白い軽自動車が駐車場に入って来た。
降りてきたのは背が高く、がっしりとした体つきの三、四十代くらいの男性で、きりっとした三角の細い目に、太いまっすぐな眉毛が印象的だった。
「こちら佐山さんです。僕の高校の友達のお兄ちゃんで、何年か前に小豆島に移住して、ご夫婦でカフェやってるんです。三歳の息子さん、めーっちゃ可愛いんですよ!」
「こんにちは、初めまして」
佐山さんは、日に焼けた顔で優しげに笑った。とても深みのある良い声をしていた。
「初めまして。柚木春琉と言います。わざわざ来て頂いてありがとうございます」
「私は藤沢風未です。よろしくお願いします!」
「本当にお二人とここで会えましたね。箱に入ってたメモの通りなんですけど、やっぱり驚きました」
佐山さんは白い歯を見せて笑った。
「ここに来たのは、『コワレモノ預かりカウンター』のメモに指示されたからなんです。今日のこの日、この時間にここで…って」
「でも、佐山さんも前にカウンター、見つけたんですよね!すげえ偶然…!でも、なんで僕も知ってるの分かったんですか?今までそんな話、したことなかったのに…」
「いやあ、俺もさっきまで全然…。圭太が出発するとき、今回島に来たのは女性二人組に伝言があったからで、彼女たちの探し物を手伝ってる…って言ってたでしょ?それ聞いて、あれ?もしかして…って思ったんだよ。
だから『かすみジェラート』に行く前に、念の為電話したんだよね。そしたらあの箱のこと知ってたから、マジでびっくりしたよ」
佐山さんの持ってきたメモには、今日の日付、場所の他に、私たち二人の特徴、そしてその下には、
ホンライノスガタモドルヨウイノレ
と書かれていた。
「ホ・ン・ラ・イ・ノ・ス・ガ・タ…元々の姿ってことでしょうか…?モ・ド・ル…戻る…ヨウイノレ…」
私が言うと、高野くんが、
「ヨウイノレ…戻るよう、イノレ…。お祈りの『祈れ』かな?」
と言った。
「本来の姿、戻るよう、祈れ…」
風未が、噛み締めるように繰り返した。
「あ!佐山さん!僕まだ木箱、持ってますよ!」
高野くんは背中からリュックを下ろし、ガサゴソ探っていたけれど、やっと見つけ出して小さな木箱を取り出した。
「中に入れてた物は、今回は持ってきて無いんですけど…」
高野くんは留め金を外し、蓋を開けた。
ここにぴったりはまるのは腕時計…とすぐわかるような、ウレタンの型が入っていた。
「ほら!僕のはこんな感じです。佐山さんのはどんな…あれ?蓋の裏に何かついてる?えー?こんなのあったっけなぁ?」
それは小さく折りたたんだ紙だった。屋形崎で見せてもらったときは、確かに無かったはずだった。高野くんがそっと開いてみた。
「なんか、長っ」
風未が見るなり言った。紙には、
カミサマノイワニマイリテンシノミチワタレ五ジマデニ
と書かれていた。
「カミサマ…ノイワニ…?神様…の…」
私が呟くと、風未が、
「神様の岩に、じゃない?」
と言った。
「マイリテンシ…?なんだそれ?」
高野くんが首を傾げた。
「圭太、マイリテンシってなんだよ」
佐山さんが笑った。
「神様の岩にマイリ…お参りするって意味じゃない?」
風未が言うと、佐山さんが、
「ああ、それなら重岩のことかもしれません」
と言った。
「かさねいわ…?そういえばガイドブックで見たような…」
私はバッグを探った。
「重岩不動です。落ちそうで落ちない巨大な岩で、大切に祀られているんです。途中までは車でも行けますよ」
佐山さんが言った。
「神様の岩、参り…テンシノミチ…あっ!天使の道!これエンジェルロードじゃない?」
風未が叫んだ。
「じゃあ、神様の岩にお参りしてから、天使の道を五時までに渡るようにってことでしょうか…?」
私が言うと、佐山さんが考え込んだ。
「ここから重岩不動までは三十分以上かかるから…歩いて登って…エンジェルロードまではそこから…確か十五分くらいか…。圭太、今何時?」
「えっと…十五時半です!」
「岩のところまで登る時間も掛かるから、けっこうギリギリかもしれないよ。二人とも急いだほうがいい。山道は細いし駐車場もかなり狭いから、案内したいけど俺はやめておくよ。バイクのほうが邪魔にならないから。圭太、場所わかるよね?」
「はい!僕案内します、すぐ出発しましょう!佐山さん、いろいろありがとうございました!」
「おう、気をつけてな。またいつでも来いよ」
「来て頂いてありがとうございました!」
風未が言って、私も一緒に頭を下げた。
「お礼は良いから早く乗って!今度島に来たら俺のカフェ、来てくださいね」
「はい!!必ず行きます!!」
私たちは車に乗り込んだ。エンジンを掛けるのを見届けると、高野くんが走り出し、私たちもそれに続いた。
*
これぞ四国、という細い山道に差し掛かった。
「あっちから車、来ませんように…!」
風未はそう言った後、無言になった。運転に集中していたのもあったとは思うけれど、そうでなくても話さなかったのではないかと思う。
すぐ横はガードレールもない崖になっている。細い山道をカーブしながら登り、思っていたよりは早く到着した。狭い駐車場には一台だけレンタカーが停まっていた。
後ろを気にしながら走っていた高野くんは、先にバイクを停めると「オーライオーライ!」と大きな声で駐車場の中を誘導してくれた。
「重岩」は長い階段を上った先にある、重なり合った巨大な岩だ。近くには採石場があったらしく、自然の物か人工的なものかはよく分かっていないという。
山の頂上にあり落ちそうなのに落ちない岩として、パワースポットと言われているようだった。
「ここからしばらく階段です。祠が途中にあって、その先は険しい岩を登るような感じで…。僕前に行ったんですけどチェーンをつかんで登んなきゃなんなくて、そんな距離は無いんですけど女性には結構厳しいかもです」
実はさっき車で、ガイドブックとスマホでも調べていて知っていた。
私はすごく怖がりで慎重、しかも運動神経が壊滅的に悪い。少しの山道でも、ちょっとした丘の斜面ですら絶対に行きたくない、特に降りるなんて怖くて絶対にできない。
マラソンではいつもビリで、拍手で迎えられる(これは最悪、放っておいて欲しかった)、修学旅行のスキー教室では、動けなくなってインストラクターに背負われて降りたという黒歴史がある。
チェーンを掴んで岩を登るなんてとんでもない。未知の領域だ。怖くて動けなくなるか、滑り落ちる自信しかない。本当は絶対に嫌だった。
高野くんが持ってきた伝言、
「イツモトマルソノサキニアル」
は、私にあてたメッセージだ。その頃には確信していた。
他の人が軽々と登ったり降りたりできる少しの斜面でも、恐怖で足がすくんでしまう。いつもの私だったら、車で待ってるよ、と絶対にチャレンジしない。
「いつも止まる、その先にある」
この先にあるんだ。私が登って、降りた先に。
「僕、ここで待ってます。きっと二人だけの方がいいと思うんで…気を付けて行ってきて下さい」
どういう風に育てればこんないい子になるんだろう。高野くんの優しさが嬉しかった。
幼稚園の私のクラスの子供たちも、こんなふうにまっすぐ育ってくれたらいい。そのために私にできることは何なんだろう。
今まで卒園していった子や、今のクラスの子供たちの顔が浮かんだ。どの子もとても大切で、時々、全員まとめてぎゅっと抱きしめたくなる衝動にかられる。
「高野くん本当にありがとね。行ってくるね」
私たちは階段に向った。すぐ横にはとんがり屋根の小屋があり、カフェがオープンしていた。小豆島はおしゃれな場所がこんなところにもあるんだと驚いた。
参道の入り口中央には小さな祠があり、左右の足元に埋め込まれた石には『出迎え道』と『帰り道』と彫られていて、私たちは『出迎え道』のほうを選んで歩いて行った。
「本殿までの階段は352段です、だって…!えーーっ!?」
風未が貼り紙をみて大きな声を上げた。
階段ではすぐに息切れをしてしまう。幼稚園教諭は体力勝負だからそういう意味でも本当に向いてないんだよな…と思う。
風未は運動神経が良いらしく、軽々と登って行った。
最後のほうは手すりに縋るようにして登った。
けれど時間を気にして頑張ったからか、思っていたよりはすぐに重岩の手前の祠にたどりついた。
「わあ…!景色綺麗…」
小豆島で数えきれないくらい口にした言葉が、ここでも口をついて出た。語彙力…!と思ったが、本当に綺麗なのだから仕方がない。
どこに登っても海が望める絶景が広がっている。
本殿は木の引き戸が閉められていた。貼り紙がしてあり本当は開けてお参りしても良いようだけれど、何となく勝手に触るのも気が引けて向かい側にある祠にお賽銭を入れ、手を合わせた。
目の前には当たり前のように美しい瀬戸内海の景色が広がり、気持ちの良い風が吹き抜けていた。
「よしっ!…じゃあ、あまり時間ないし登ろっか…春琉ちゃん手、震えてるよ」
風未にはしっかり見透かされていた。
恭平と旅行に行ったときはこういうところは絶対に避けてきたので、辞めたい気持ちが大きかった。
「登るってことは、降りなきゃいけないから…それが…怖い」
友達の前では、こういう時は平気なフリをすることが多かったけれど、今日知り合ったばかりの風未の前では、なぜか素直になれた。
「ただの観光だったら絶対に怖くて行かないです…」
「春琉ちゃんどうする?無理しなくていいよ。さっき佐山さんが持ってきてくれた伝言の『ホンライノスガタモドルヨウイノレ』って、きっと私宛だと思うから」
「ううん、大丈夫。行きます」
私は、『重岩 この先80メートル』と書かれた矢印の看板の前に進んだ。『道が狭く両脇は急な崖となっております。注意してお登りください』と書いてあるのを読んで、足がすくんだ。
「じゃあ先に行くよ。引っ張ったげるから安心して!帰りもしっかりサポートするからね!」
そのルートはもはや「道」ではなかった。岩登りだ。登山経験者には「道」に見えるのかもしれないけれど。
(こ、これはどうやって登れば…足、どこに掛けるの?!)
(なにこれっ!道じゃないじゃん!!)
(ここでちょっと、横に落ちたら…)
そう心の中で言いつつ、私は必死に登った。このチェーン、大丈夫だよね…?!と、全体重を掛けながらつい考えてしまう。
登山ではなく、普通の観光客も行くところなので、他の人からみたら私の怖がり方は『は?意味不明。あの程度で…?』と思われそうだ。
でもこの岩登りは、私にとっては大きなチャレンジだった。
「春琉ちゃん、もう少しだよ!」
風未は怖がる私のことを決してバカにしなかった。それが嬉しくて、勇気を出すことができた。
私は差し出された風未の手を取って、身体を持ち上げた。
(第12話へ続く)
まとめ読みはコチラです。
