【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです (第2話)
「えっ?!これって……」
何で?!どうしてこの人のバッグに…?!
私は自分のショルダーバッグを探り、厚手の布で大切に包んであるものを取り出して、中身を確認した。
「あ…ある」
もう一度、女性のトートから覗いているものをよく見ようとしたとき、
「カバンありがとう!!」
と言いながら女性が戻ってきて、サッと隣に座った。だからそれ以上、中身をジロジロ見る訳にはいかなくなってしまった。
「いえ、ど、どういたしまして…」
そう言いながらも、私の心臓は自分の中が揺れるくらいに大きく打っていた。
どうして?彼女も私と同じ目的…?
いろいろ聞きたいことはあったけれど、すぐには言葉が出てこなかった。
何か思っても色々考え過ぎて、口に出すまでにいつも時間が掛かってしまう。瞬発力で人と喋れる人が羨ましい。
女性は私と同じくらいの年代に見える。髪は栗色で、大きな瞳のとても綺麗な女性だった。口角は普通にしていても少しクルッと上にあがっていて、それが愛嬌のある表情を作っていた。
化粧もナチュラルで無地のパーカーにデニム、というシンプルな服装なのにも関わらず、洗練された雰囲気に見える。
スタイルから顔の造りから私とはまるで逆だけれど、ふとした表情はどこか懐かしいような感じがした。
小さい頃私は「寝てんの?起きてんの?」とからかわれたりするような一重の細い目で、今よりむちっとしていた。
二十歳過ぎに恋愛をした頃ほっそりとして、その影響なのか瞼に薄い無数のシワができた。
ようやく二重のようになったときは嬉しかった。昔からの知人はもしや整形したのかと疑っていたような節があったけれど、注射も怖いのに整形なんてできるわけないし、よく見れば違うのわかるじゃん何言ってんの?と心の中で毒づいていた。
周りの人は私が『心の中で毒づいている』だなんて夢にも思うまい。
穏やかで真面目、面倒なことをいつだって引き受けてくれる、優しくて大人しい子。それが私だ。
そんなことを考えながらつい女性の顔をじっと見つめてしまい、普段にはない自分の行動に赤面した。
「私の顔、なんか付いてます?」
女性が笑いながら言った。
「あっ、いえ、ごめんなさい、つ、付いてません!」
「そっか~」
「ただ、綺麗な方だなあ、って思って…」
初対面の人と話すのはただでさえ苦手なのに…!普段なら絶対に言わないようなこと言っちゃった!何で?!と、私は更に赤面した。
「わー!嬉しい!ありがとう!!」
女性はちょっと驚いたような顔をしてから、にっこり笑った。その他意のない感じの喜び方がなんだか嬉しくて、私も笑った。
すっかり彼女のペースだった。
「これ、コーンが沈殿しちゃうから回しながら飲むと良いですよ。私ね、缶のコーンスープ、最後の一粒まで飲むの特技なんだ」
女性はプルタブに手を掛けながら言った。
「えっ、私、必ず最後残っちゃって諦めてます…」
「えーっ、もったいないよ!教えてあげるからやってみて!まずは、四分の一になるくらいまで飲んで…」
彼女は熱そうにスープを飲み、しばらくしたら缶を水平にくるくる回し始め、そのまま結構な勢いでグイ、と飲んだ。
「んっ!!アッツ!!んーーーっ!!!まだちょっと熱かったっ!!」
悶絶しながらも、彼女は缶の口をこちらに向けてきた。
「ほらね!」
「…ほんとだ」
コーンが綺麗に無くなっていた。
「やってみて!」
私もやってみたが、缶を傾け過ぎたのか、勢い余ってスープを少しこぼしてしまった。
「あはははは!大丈夫?!」
缶の中を覗いてみると、コーンは一粒も無くなっていた。
「わぁ!私、全部食べれたの初めて…」
「おー!おめでとー!!記念日だ!コーンを缶に残さなかった記念日?」
彼女は笑って、それから急に自己紹介をした。
「私、藤沢 風未って言います。三十二歳です」
「あ…えっと、私は柚木 春琉です。三十歳です」
自己紹介で名前の後にいきなり年齢まで言うなんて、なんかのオーディションみたいだなと思って可笑しかった。
「ゆずき、って、果物の柚子?」
「はい、柚子の木に、季節の春に琉球の琉です」
「わぁ、すっごく綺麗な名前だね」
「え…ありがとう」
私は褒められて素直に嬉しかった。
「春琉ちゃんね!私は吹く風に未来の未、で、かざみ。風未って呼んでね。あっ、そういえば引き留めちゃったけど、もしかしてご家族と一緒?船内にいるの?」
「あ、ううん。ひとりです」
「そっか、なら良かった!私もひとりです」
私は、さっきトートバックから見えてしまったものがずっと気になっていたけれど、なかなか言い出せずにいた。
「あの…私は東京から来たんですけど…藤沢さ…あ、風未さんは観光ですか?それとも小豆島の方ですか?」
風未は驚いたような顔をした。
「私も東京から!春琉ちゃん、てっきり小豆島の人かなって」
「いえ、全然…初めてで…」
「私は実は二回目なんだ。前んときは見つけらんなくて…」
「…見つける、って?」
「あ!えっと…」
風未は言いよどんだ。私は思い切って聞いてみることにした。
「あの…もしかして、あっ、違ったら全然、聞き流してもらいたいって言うか…あの、忘れて欲しいんですけど…」
風未は不思議そうな顔をした。
「あの…えっと……カ、カウンター、探してます?えっと…コワレモノ預か…」
「預かりカウンター?!」
風未は被せるように、
「えーっ?!うそっ?!それなんで知ってんの?!」
と叫んだ。
風未はトートバッグを引き寄せてしばらくゴソゴソ探していたけれど、やがて私がさっき見たものを取り出した。
「ほら、これ!」
それは木製の美しい小箱だった。表面には光沢があり、蓋には留め金がついている。デザインはシンプルで、前面に金槌とレンチが交差した柄の小さなマークが金色で刻印されていた。
「ごめんなさい、さっきバッグが開いてこの箱がちょっと見えてしまって…ずっと、いつ言おうかと…」
私もショルダーバッグの中から包みを出して開いて見せた。中からそっくりな小箱が現れた。
「えーーーーっ!!一緒だぁ!!早く言ってくれれば良かったのに!…ねね、この箱、どうやって手に入れたの?」
「突然、部屋に現れて…」
「一緒いっしょ!!」
「フタ開けたてみたら声が聞こえて…」
「うんうん!壊れたものがぴったり入る型?みたいなの、入ってた?」
「あ!そう!そうです!」
*
三週間ほど前だった。
「え、なにこれ…」
仕事から帰ってきたら、見覚えのない木箱がダイニングテーブルの上に置かれていた。周りを見たけれど人の気配は無い。
箱を手に取り眺めてみる。自分で置いた覚えはもちろんないし、ここ最近誰も部屋を訪れていないはずだ。
二年付き合っていた恭平とは、二か月ほど前から連絡が取れなくなっていた。心配になり一人暮らしの部屋に行ってみたけれど、すでに引き払った後だった。
数日後書留が届き、中には私のアパートの合鍵と「別れて欲しい、元気だから探さないで」という薄い内容の手紙が入っていた。
普通郵便にしないところが恭平らしい。ショックで呆然としている中でもそんなことを思った。
正直、いつかこんな日が来ることを、私は心のどこかで分かっていたような気がする。
部屋にいきなり知らない小箱が出現するなんて気味が悪いはずなのに、不思議と怖くなかった。まるでそうすることが当たり前かのように、私はそっと止金を外し、蓋を開けた。
(第3話に続く)
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