【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(第9話)
「そっか、四国だからお遍路さんね!確か小豆島独自の八十八ヶ所があるって聞いたことあるかも」
塔の前に『御杖立』と刻まれた石の箱があり、灰色になった木の杖が数本入っていて、それを見た風未が言った。
綺麗に晴れた空の下、朱塗りの三重塔を見上げる。遠くには緑の山が広がっていて、振り向くと街並みの向こうに入江が広がっていた。
小豆島で登った先は、どこもはっとするほど美しい。そしてどこに行ってもご褒美のように、惜しみなくその美しさを見せてくれる。
階段を踏みしめるその一歩一歩が、祈りになっているのかもしれない。
私たちは、お賽銭をあげ、手を合わせた。
「誓願の塔」は、今まで何人の人の願いに耳を傾けてきたのだろう。
祈り終わって顔を上げると、風未はまだ手を合わせていた。
そして少ししてからパッと顔を上げ、
「たっぷり祈っちゃった!誓願の塔だし、お言葉に甘えて!」
と笑った。
しばらく景色を眺めてから、私たちは再び階段を降り、迷路のまちを散策した。
朝は道端の草の陰や、塀なんかもよく見て探していたけれど、今はもうしていない。
そんなふうには現れないことが分かったし、今は単純に、風未との旅行が楽しかった。
「縁が戻るってさ、どういうことなんだろうね…。壊れる前に戻るのかな。で、やり直すとか?でも上手くいかなかったら同じことになっちゃいそうだけど…」
これから壊れてしまう、という事実を知らない私に戻ったら、やっぱり繰り返してしまうだろう。
でもそれなら、「コワレモノ預かりカウンター」の意味が無い気がした。
「だけど、普通あり得ないようなカウンターを探し当てて、でもまた前と一緒だなんて、そんなこと無いような気がします…」
「うん、そうだよね。探させてる意味、無いもんね。そういえば高野くん、時計が直ったって言ってたけど、その後どうなったんだろう」
明るく、周りの人に可愛がられるようなタイプだと、今日出会ったばかりでも分かる。
そんな高野くんがどうしても直したかった縁って何だったんだろう…。
彼は聞いてないことでも話してくれそうなのに、それには触れなかった。
「うー、イツモトマルソノサキニアル…どういう意味なんだろ…」
「なんだか、あんまり複雑に考えないほうが良いような感じがします」
「私もそんな気がしてきた。最初から暗号とかじゃなかったんだね、きっと。
いつも止まる…何かそこから動けないことが、いつもあって…」
「その先に『コワレモノ預かりカウンター』がある…」
いつも止まる その先にある
「…心情的なもの?…あっ!それとも止まれの道路標識とか?」
「でもそれ、あちこちにありますよね…」
「あーーーもうわかんないっ!」
風未が大きな声で言ったとき、たまたま観光客らしいカップルが通り掛かったので、ビクッと驚かせてしてしまった。
私たちは「すみませーん」とペコペコしながらその場から逃げ、二人で笑った。
さすが『迷路のまち』と呼ばれているだけあって道は入り組んでいたが、私たちはあまり目的もなく歩いていたので気にならなかった。
昔ながらの瓦屋根の街並みや石垣が珍しく、いかにもカウンターが出そうな場所ばかりだね~と言いながら、二人で楽しく散策した。
「何これ?川じゃないの?」
風未が指差す先の川には、薄緑色の鉄のアーチが何本も連なって掛かっていた。
橋桁には
『世界一狭い土渕海峡 ギネスブック認定』
と大きく書かれていた。
ガイドブックを見てみると、川のように見えるのは実は海峡で、一番狭いところは9.93メートルとのことだった。
「へー!小豆島って、いろんなスポットがあり過ぎるくらいだよねぇ。周りきれないや。探し物する私たちにとっては、ほんっと大変!」
車に戻るまで、結局手がかりになるようなものは何一つ見つからなかった。
「春琉ちゃん、他に行ってみたいところある?」
「さっきから思ってたんですけど…ここどうですか?」
私はガイドブックのページを開いて見せた。
「ん…?道の駅小豆島オリーブ公園……あ!風車の!よく見るヤツ!なんかオシャレっぽいところだよね?そんなに遠くなさそうだし、私も行ってみたい!」
風未は、私たち島を満喫し過ぎだよねー、と言いながら、エンジンをかけた。
*
「わーー!めっちゃかわいーーい!!」
『道の駅小豆島オリーブ公園』は、瀬戸内海を望むなだらかな斜面に広がり、オリーブの木がたくさん植えられている、おしゃれな公園だった。
中央には広場があり、その周りには散策できる小道がある。人気スポットなので、かなり賑わっていた。
ガイドブックにも大きく取り上げられているのは、グレーのとんがり屋根のついたヨーロッパ調の白い風車だった。その周りの芝生では何人もの観光客が、リボンのついた可愛いホウキに跨り、ピョンピョンとジャンプしていた。
「ほら!魔女みたいに飛んでるっぽい写真撮ってるよ!私たちもやろうよ!」
風未は近くにいた中年の女性三人組に、
「すみませーん、そのホウキ、どこにあるんですか?」
と聞いた。こういうときの行動力は私にはない。素直にいいなあ、と思った。
「ああ、これ、あのオリーブ記念館っていう建物で借りたんですけど、私たちもう写真撮れたんで、良かったらどうぞー」
「えー!良いんですか?ありがとうございます!」
「結構難しいですよ~上手に撮れるといいですね!」
「はい!がんばります!!」
女性たちが行ってしまうと、風未はすぐに、はい、と私にホウキを渡してきた。
「え?」
「春琉ちゃん、撮ったげるから飛んで」
「でも風未さんが借りたのに…」
「春琉ちゃんに先に飛ばせて上手くいくやり方探すんだ。私、ずるいヤツなんで!」
「あはは!なるほど~」
私はホウキに跨った。
「春琉ちゃんいくよ!せーのっ!……うーーん。えーーーと、あっ、もっと後ろに足上げて…下向かないで、少し顎を上げて…」
撮ったものを見せてもらうと、自分のイメージよりだいぶジャンプが低く、
「なにこれ、全然跳べてないじゃん!」
と笑ってしまった。
スマホのカメラを連写モードにしても、空を飛んでいるようにはなかなかうまく撮れなかった。もう、こんな感じで良いんじゃない?と言っても、風未は妥協しなかった。
「わぁ!これ良い感じ!!」
見てみると、ガイドブックのように風車をバックに飛んでいる私の姿が映っていた。白いTシャツと黒いロングスカートが魔女のように翻っている。
それから今度は、風未が理想的な写真が撮れるまでジャンプし続けた。私たちは十代のようにきゃあきゃあ笑っていたが、周りをみると色々な年代の人が童心に帰ってはしゃいでいた。
ホウキを返しに行ってから、映画のセットとして建てられ、今は雑貨屋さんになっているという建物を見に行った。
薄いグレーの温室のような外観もオシャレだったけれど、緑色の壁紙が貼られた店内は、狭いけれどうっとりするような可愛らしい造りだった。
壁には魔女のホウキやリースが飾られ、作り付けの棚には薬草の入った瓶や琺瑯のポット、古い黒電話などが置かれていた。
「ねねね、これ、可愛くない?」
風未が指さしたのは、ガラス玉のイヤリングだった。
透き通った中にはきれいな模様が入っていて、一つとして同じ柄は無かった。
「ほんとだ…!めちゃくちゃ可愛い…」
「私、これ買う!ねえ、春琉ちゃんは?」
「私も欲しいです!」
「じゃ、おそろだ!嬉しい!何色が良い?せーので指差さない?」
私たちは真剣に悩んでから「せーの!…これっ!」と指さした。
私は薄いピンク、風未は山吹色だった。
「やっぱ分かれたねー」
「風未さん、黄色好きなんですね」
「うん。元気が出るから好きなんだ!」
買ってすぐ、風未は袋を開けてイヤリングを耳に付けた。黄色は風未にとてもよく似合うなと思った。
「私、こういうのすぐ開けちゃうんだよね。靴とかも店員さんにタグ取ってもらって、履いて帰っちゃう。だって人生の時間って有限なんだから、手に入れたんなら少しでも早く使った方が良くない?その方が長く使えるし、楽しいし」
私は普段は買ったものはすぐ開けたりしないで、帰ってからじっくり、いつから使おうかな、と考えるタイプだった。
早く、長く楽しむ…。それもなんか良いなと思った。私も袋を開け、ピンクのイヤリングを着けた。
建物の周りはイングリッシュガーデンになっていてあちらこちらに可愛いオブジェがあり、撮影スポットになっていた。
魔女が魔法を掛けたような、ベンチに腰掛けている街灯があったり、おしゃれな「どこでもドア」みたいなものもあった。
巨大な開いた本のオブジェもあり、大人は腰を屈めなければ通れないような小さなドアが付いていた。
「小人のドアだ!」
私は、はしゃいで言った。
ひととおり園内を散策した後、二人で中央にある広場のステージを囲む丸い石段に座って、写真を見せあった。
美しい瀬戸内海の景色を見ていると、ふと恭平もここへ連れてきたかった、下らないことをしたり言ったりして、一緒に笑いたかったな…と思ってしまった。
昨日までの私ならここで涙を浮かべることろだったけれど、私は泣かなかった。
広場のステージには円盤のような大きなモニュメントがあった。看板には『古代ギリシャの投票制度「オストラキシモス」に使用された投票片をモチーフにしている』と書かれていた。罪のない、平和の小豆島を表しているそうだ。
私の罪はなんなのだろう。
恭平のことを理解して無かった罪?何かで追い詰めてしまった?私のどこがいけなかったんだろう、どんな嫌なこと、許せないことをしてしまったのだろう…。
昨日までの私だったら、こうして自分を追い詰めていただろう。けれど小豆島に来て、島の空気を感じている今、罪なんてどこにも無かったんだと思えた。
風未もしばらく黙っていたので横顔をそっと見ると、遠くに臨む海をまっすぐに見つめていた。
春休みなので観光客は多かったけれど、のどかだった。ひんやりとした気持ちの良い風に当たりながら、私たちはしばらくそれぞれの思いに耽っていた。
ピンポン!
その時、のどかな景色に馴染まない音で、二人のスマホのラインが同時に鳴った。
(第10話に続く)
まとめ読みはコチラです。
