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【連載小説】「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです(第13話)


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「コワレモノ預かりカウンター」は跡形もなく消え失せ、辺りには波打ち際に静かに打ち寄せる波の音だけが響いていた。


「…カップ、直って良かった」


私は心から言ったけれど、風未は自分のだけ戻って来たので申し訳なさそうに言った。

「同時に出そうなんて私が言ったからかな…もしそうだったらどうしよう…ごめん…ごめんね、春琉ちゃん」


「でも必ず修理してお返しします、って言ってたから、後から違う形で返ってくると思います。ビーチグラス、戻ってこなかったし」


「そっか…きっとそうだよね。大丈夫だよね」



小箱の中をよく調べたけれど、次の人への伝言は無かった。


私たちは砂の道を引き返した。
身体をとろりと覆う甘く心地よい空気は、向こう岸に近づくにつれ軽くなった。
ぼうっとして、夢の中を歩いているような、どこか心が違う場所に行っているような感覚だった。
砂の道の両側から打ち寄せる静かな水音を聞きながら、私たちはこの空間を出るのが惜しくて、ゆっくりと歩いた。

やがて元いた場所に戻ると、スッと空気が変わった。振り返ると今歩いて来たはずの砂の道が、完全に海の下に沈んでいた。
ざわめきが聞こえ、見ると周囲に観光客が戻っていて、高野くんと佐山さんも、さっきのままの場所にいた。


「間に合ったと思ったんだけどなぁ…。あっ!でももしかしたらエンジェルロード渡んなくてもカウンター、出るかもしれないですよね?
あれっ?もう五時半…?え?今ちょうど五時じゃなかったっけ?時計進んだ?壊れた?」


高野くんが一人で慌てていたので私も腕時計を見てみると、五時半になっていた。


「ということは…お二人とも、カウンターを見つけられたのかな?」


佐山さんが言った。


「はい。お陰様で…」


「えーーーっ?!うそっ!!何で?いつ?どこ?僕見てませんよ!…あっ!!僕たち今、もしかして……消えてたってこと?!スゲェー!!!」


私たちは今起きたことを二人に話した。


「いいなーー!エンジェルロード、僕、今回も渡れなかった…。ここ、大切な人と手ぇ繋いで渡ると願いが叶うんですよぉ。彼女欲しーーっ!」


高野くんは両手を広げ、波打ち際に走って行った。
それを見て、あの不思議な場所から現実が自分の足元に戻って来たような気がして、なんだか少しホッとした。
私の木箱だけ返ってこなかったことを話すと、二人とも驚いていた。


「ええっ?!そういうこともあるんですね…修理にちょっと時間掛かんのかな?」


高野くんが、町の修理屋さんに依頼したみたいに言っているのがおかしかった。


福田港から出る最終便のフェリーは、十九時半発だ。調べるとエンジェルロードから二十八キロもある。風未は、


「車の場合、フェリーの出航時間三十分前までに来てって書いてあったから…いまもう五時四十五分だから…。うわっ、あんまり余裕ないや。
どこかでゆっくり夕飯食べたかったんだけどなぁ。海鮮とか食べ損ねたーっ!」


と、悔しそうに頭を抱えた。


「フェリーで食べるとかは?あっ、でも遅い便だと中の売店とかはやってないかも…。来るとき食べたうどん、めっちゃ美味かったんだよなぁ」


高野くんが言った。


「途中で買い物する時間くらいはありそうだから、お弁当とかフェリーに持ち込むのはどうですか?」


佐山さんが近くのスーパーを教えてくれたので、そこで買っていくことにした。


「佐山さん、本当にありがとうございました!今度絶対にカフェ、行きますね」


風未が頭を下げ、私もお礼を伝えた。


「是非。まだまだ観光できなかったところもあったでしょう?」


「そーなんですよ!私、小豆島二回目なんですけど、二十四の瞳の映画村とかも行かれなかったし、渓谷も…」


「旅の目的って、何か叶わないものがあった方がその土地にまた来られるって言いますからね。今度はうちに泊まって下さい。妻と子供も喜びます。圭太もまた来いよ」


心残りがあったほうがまた来られる。小豆島には心残りが沢山あるのが嬉しかった。
佐山さんは白い軽自動車に乗り込むと、小さくクラクションを鳴らして走り去った。


「僕は土庄とのしょう港から帰るんで、ここでお別れですね…」


高野くんが残念そうな様子で言った。


「高野くんのお陰でカウンター見つけられたよ。わざわざこのために小豆島まで来てくれて、いっぱい協力してくれて…本当にありがとう」


私は心から伝えた。



「ほんと!感謝してもし足りないくらいだよ。あっ、最初不審者扱いしてごめん!」


風未が拝むように手を合わせたので、高野くんは笑った。


「もーー。ショックでしたよー。…でも、お二人ともコワレモノ預けられて良かったです。春琉さんの箱も、預かってもらえたってことはきっと近いうちに戻ってきますよ。
僕の方こそ、小豆島に来るきっかけもらえて楽しかったです。ありがとうございました!」


「本当にありがとう!必ず連絡するね」


少しずつ日が翳ってきた。
高野くんはバイクに跨り、大きく手を振ってから走り去った。その姿が見えなくなり、バイクのエンジン音も聞こえなくなってから、私たちは車に乗り込み、出発した。




十九時半、もうすっかり暗くなった小豆島の福田港を、フェリーのデッキの上から眺める。
行きと同じで、帰りも時間ぴったりにスロープが跳ね上がり、赤い鳥居のように見える鉄骨のゲートから出航した。
行きと違うのは、隣に風未がいることだ。
二人とも無言で、島影をまっすぐじっと見つめている。すっかり日の落ちた小豆島は暗く、港の部分だけパッと明るく輝いていた。

なんて濃い一日だったのだろう。今朝、姫路のホテルを出たはずだったけれど、何日も前のことのような気がする。思えば笑ってばかりの旅だった。目的とは真逆だったのがおかしい。
来るときは心細くて、小さな木箱以外何も持ってなかったのに、帰りは抱えきれないくらいのものを持っている。
私の外側は何も変わっていないのに、中身だけ入れ替わっているような気がした。

風未も私もずっと無言で、どんどん遠ざかっていく島影を眺めていた。
フェリーが通った軌跡は、思ったより長い時間そのまま残る。港からカーブを描く白い道が、暗闇の中、小豆島と私たちの乗るフェリーを繋いでいた。
福田港のシンボルのやぐらがまだ見えるうちはデッキにいようと思ったけれど、日が落ちると三月の海上はやはり寒く、私たちは早々に船内に引き揚げた。

窓際にテーブル付きの向かい合わせの席が並んでいたので、その中の一つに荷物を置いた。
中央には寝転がれる絨毯敷きのスペースや、進行方向に向けた長椅子やテーブルなどが並んでいる。テレビがついていたが、乗船客はまばらで、見ている人はほぼ居なかった。

私たちは途中のスーパーで買ったお弁当を広げた。外はは真っ暗で、海が見たくて窓に顔を近づけたけれど、ほとんど何も見えなかった。

私はオムライスだったけれど、風未は割とサラッとしたカレーライスだったので、少しこぼして慌てて拭いたりして、そんなことでも私たちは笑った。
黙ってしまえば淋しい気持ちが勝ってしまいそうで、私はおかしなことを見つけては笑った。風未も同じだったのかもしれない。
時々電波が悪くなり映らなくなるテレビを観たりしているうちに、あっという間に時間が過ぎた。

フェリーは定刻通り二十一時十分頃、姫路港に到着した。風未は近くの友達の家に泊めてもらうそうで、少し大回りして私の泊まるホテルの前まで送ってくれた。

私たちはありきたりのお礼の言葉だけ言って、あっさりと別れた。
また会えるという、どこか確信のようなものがあったし、「コワレモノ」が直って返ってきたその先に何があるのか、と心のどこかで緊張していたからかもしれなかった。


***


東京に帰り日常に戻ったけれど、恭平からの連絡はなく、リスの置物も返ってこなかった。
小豆島でのことも、風未や高野くん、佐山さんも全て私の妄想だったのかもしれない、とヒヤリとするたびに、スマホで撮った写真を見て、本当にあったことだと確認せずには居られなかった。

職場の幼稚園でも特に変わらない日々を送っていたが、ある時、園に手紙が届いた。去年卒園した園児の親からだった。
その母親、渡辺さんはあまり社交的なタイプではなく、保護者からも浮いているような感じがしたので、私がいつも気に掛けていた人だった。

手紙には、はる先生は会えば必ず親の私にも何か話しかけてくれる、それがとても嬉しかった。なのにどう話して良いか分からなくて、いつもそっけない態度をとってしまっていた、というようなことが書かれていた。

【はる先生のおかげで、私も息子も幼稚園の思い出は楽しかったことでいっぱいです。先生が担任で本当に良かったです。お礼が遅くなり申し訳ありません。ありがとうございました。
(ちなみに息子の初恋の相手は、はる先生です。)】

手紙はこう締め括られていた。
当時は話しかけてもあまり返事が無く、頑張ったけど結局信頼されないまま卒園しちゃったな…と思ってたので驚いた。
だから余計嬉しくて、手紙を胸に当て「こちらこそありがとうございました」と呟いた。

保護者から教員宛にきた手紙は、園長先生に報告するルールなので、夕方職員室で読んでもらった。
園長先生は五十代の女性で、ベテランの保育者でもあり職員から信頼されている。


「はる先生は頼りないように見えることもあるけれど、きめ細やかに子供たちの性格や保護者のことを見てるわよね。渡辺さんにもそれが伝わって嬉しいわ。
そういえばこの間、ひよこ組のあおい先生が話してくれたんだけど、クラスのたぁくんが癇癪起こしちゃってどうにもならなかった時、さりげなくはる先生がフォローしてくれたって。先輩は自分が不安なときはすぐに気付いて声かけてくれるって言ってたわよ」


「でも…でも私、主任なのにテキパキというか…できなくて…あおい先生の方がサッと気付いて色々動いてくれて、いつも申し訳なく思ってて…」


「確かにオタオタしちゃって時間掛かってることもあるわねぇ。年長さんとのドッヂボールでも負けてるし」


園長先生はハハハと笑った。



「まあでもテキパキは補助の先生に任せて…でもはる先生は気を遣いすぎて、周りの人に頼るのが苦手よね。そこは頑張って頼りなさいね。
それで、あなたは丁寧担当、ってことで良いんじゃない?丁寧、ってなかなかできることじゃないのよ」


これからも頼むわね、と園長先生は私の肩を叩き、職員室を出て行った。
以前の私だったら褒められても本当かな…と考えてしまっていたけれど、見てくれてたんだ、と認められたような気がして、胸が苦しくなるくらい嬉しかった。



小豆島旅行から四ヶ月近く経った頃。
夜、お風呂から出てドライヤーをかけていたとき、スマホに着信があった。

恭平からだった。



【第14話に続く】

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