#せりふ三題噺|【お題】「はい、忘れ物」、エビフライ、三輪車、つらら
ショートショート:記憶
すこしずつ春の気配を含んだ空気が
軒下のつららを溶かし始めている。
この変わり映えしない毎日も
溶けてしまえばいいのに。
そんなことを考えて、ため息をついた。
そのとき、玄関のインターホンが鳴った。
画面には、配達人らしき姿が映っている。
思い当たるふしは無かったが、とりあえず応答した。
「はい、忘れ物のお届けです。」
忘れもの?
妙なことを言うなとは思いながら、ドアを開けた。
「お忘れになった三輪車です。
こちらに受け取りのサインをお願いします。
言われるままサインをして、受け取った。
玄関先に置かれた三輪車。
しばらく見つめていた僕は
薄くなって消えかけた名前に気づいた。
それは、ひらかなで書かれた
幼いころの僕の三輪車だった。
そっとサドルに触れてみた、そのときだ。
走馬灯のように、様々な場面がよみがえってきた。
子どものころ過ごした田舎の、広がる空と青い海。
どこまでも行ける気がした、三輪車での冒険。
家に帰ったときの、夕飯のにおい。
仕事が忙しいことをいい訳にして、
しばらく実家から足が遠ざかっていた。
急に、母の作るエビフライが食べたくなった。
近いうちに休みを取って、実家に帰ろう。
そう心に決めた。
家の中に戻ろうと、立ち上がったとき、
先ほどの配達人が目の前に立っていた。
「思い出されましたか?
それならもう、三輪車は忘れ物でなくなりました。
回収いたしますね。」
軒下のつららが、ぽとりと落ちた。
おわり。
はらとけいさんの企画に参加させていただきました。
お題は、以下の通りです。
■セリフ
「はい、忘れ物」
■三題
・エビフライ
・三輪車
・つらら
よろしくお願いします。
#せりふ三題噺 #エビフライ三輪車つらら #ショートショート
では、また。
ごきげんよう。
