「天使が棺を捨てる日に」第十二話
戦場の主役がネイスとなってから、戦火の広がりはつまるところ汚染地域の拡大と同義であった。人間が生きてゆくための食料はその多くが工業的に生産されており、土や水から育まれる食料は、戦場とは程遠い非汚染地域の屋内で僅かながらに収穫されるのみである。
C国はそうした土に根差す一次産業を主体とした、非常に稀な非汚染国家である。とはいえマクスウェルと全く無縁というわけではなく盛んに研究は行われているのだが、どの屋内にもフィルターが設置されている上に、国内でのマクスウェルの使用に対しては研究目的の実験であれ役所の許可が必要なため、国際的には非汚染国家という扱いを受けている。
C国は小国であり、A国やB国を始めとした汚染の影響の及ばない上空に浮かぶ国土を持つような富んだ国ではなかったが、近年の戦争による需要の急増に伴って、二次産業の発展にも力を入れてきた。その最たる成果として挙げられるのが、国境沿いの大河に沿って並ぶ医療資源の製造プラントだ。製造された製品の多くが輸出用だが、その甲斐もあり大国の庇護を受けながら平和に経済を回すことができている。
プラント付近にはC国の軍基地があるものの、C国は非汚染国家のため当然ながらネイスは配備されておらず、他国に比べ軍事力は劣弱と言わざるを得ない。有事の際には国内に駐留するB国の軍と協力し対応するのが通例だが、世論の風当たりを受け駐留するB国の軍においてもネイスの配備数は最小限となっており、国防上の問題を抱え続けてきた。
一方B国は、現在に至ってもA国と戦争中である。中でも最前線の一つであるマクスウェルの鉱山都市においては、部隊の損耗率が非常に高く、問題視されている。多くの部隊を送り込めば済む話ではあるが、B国も鉱山都市だけに戦力を割くわけにはいかないのが実情であった。しかし国力として劣るA国にここまで振り回されているのは、B国の首が回らなくなりつつある兆候なのではないかと目されていた。
とはいえ、B国のネイスはC国にとっても降りかかる火の粉を払うために必要な力だった。例え少ない部隊であれ、彼らに協力を取り付けられるうちは利用しない手はない。彼らがやがて破滅の道を辿り始める前に軍事的に自立するのがC国にとって望ましい未来ではあるが、それまでB国の軍に依存するしかない現状を、C国の軍人が面白く思わないのは道理だった。
よく晴れた白昼のことである。プラント沿いの基地内に、大袈裟な警報が響き渡った。管制室から緊張を煽る放送が流れる中、格納庫の戦闘機周りを人が行き交っている。
『防空管制より緊急発進命令。繰り返す。緊急発進命令。所属不明のネイスと思しき機影が一機、西南西より我が基地へ接近中――』
プラントから立ち上る白煙が雲に届くかどうかのところで風に希釈され、絵具を塗ったような水色の空が薄青に霞んでいる。待機所に詰めていたパイロットの一人は緊急発進の準備をしながらも、いつもと変わらぬ長閑な空気を窓の外に見ていた。
「なあ。お前、棺背負いって知ってるか?」
上官らしきパイロットが、まだ準備にもたついているパイロットに尋ねた。
「はい? 棺背負い、ですか? いえ、聞いたこともありません」
二人のパイロットは装備を装着しつつ、雑談に興じている。どうせネイスの相手はネイスにしか務まらない。駐屯するB国の部隊が来るまでの時間稼ぎをさせられ続けた結果、兵士たちは自国の国防に携わっているという当たり前の認識を欠くようになった。
「棺背負いってのは、名前の通り妙な棺桶を背負った骨董品のネイスのことさ。お尋ね者でな、最近だとお隣のD国に出たってよ」
「はあ、そんな旧型で、でありますか」
戦争の長期化は虐げられる者たちの苦痛を餌に軍需産業の成長を促した。兵器分野――特にネイスにおいては発展が目覚ましく、新型や改良型が次々と開発され、それらが旧型を駆逐するのが当然のことであった。故にお尋ね者がそう称されるまで逃げ続けられるのは、俄かに信じがたいことだった。
「それが随分と腕のいい野郎らしい。駐屯してるネイスがスクランブルしたが、全員叩きのめされてな。ただし死人はゼロだ。意図的にやってるなら、相当な手練れだろうよ」
格納庫へ向かいながら、手慣れた方のパイロットは語り続ける。
「だが、話はここからでな。なんでもそいつはプラントに出ては、食料やらフィルターやらを奪っていくらしいんだが、被害の殆どは医療資源……特に人工臓器ばっかりなんだってよ。そいつの棺桶の中には、内臓がたっぷりって話だ」
「……少佐。何故、今そんな話を?」
「何故ってお前、聞いてなかったのか? 今どき所属不明のネイスなんざ、そうそうお目にかかるもんじゃねえ。つまり、このスクランブルは例の棺背負いの可能性が高いってこった。うちの横には丁度、医療資源のプラントもある。何作ってるかまでは知らねえが、富裕層向けの人工臓器くらいあるだろうしな」
格納庫には二機の戦闘機が待機している。二人は戦闘機に乗り込み手際よくチェックを済ませると、通信回線を開いた。
「言い忘れたから発信前に一応言っておくが、向こうさんがもし棺背負いだった場合、誘導しようとか、従わなかったからって撃墜しようとは思うな。あと変に回避しようとも思うな。腕利きだ。俺たちがちゃんと脱出できるように、撃墜してくれるだろうよ」
二人のパイロットが誘導員に合図を送り、二機の戦闘機が基地を緊急離陸した。国境沿いを優雅に流れる河の向こうには、どこまでも続く山の背が南北に伸びている。木々が生い茂り青々とした山の向こうから、ネイスが一機、姿を現した。その機体は元の塗装が何色だったのか分からないほどに年季が入り、合金の色――銀と灰の中間の色が剥き出しになっている。装甲はやたらと分厚く、武装は有り合わせの物で見繕っているようだ。そして何よりも特徴的なのは、その背に棺を背負っていることだった。
戦闘機はネイスに接近した。緊急発進後の手順にはマニュアルがある。まずは通信による警告を行い、次に威嚇射撃、強制着陸を促し、それでも指示に従わなければ武力行使に出ることになる。二機の戦闘機の、より扱いに長けた方のパイロットが、ネイスに向けて通信を試みた。
『警告。貴機は我々の領空を侵犯している。速やかに退去せよ』
回答はない。威嚇射撃後に強制着陸を促すも、従う素振りは見られず、終始無言が貫かれた。当然ながら軍人は軍規を守らねばならない。マニュアルに則り、武力行使を開始した。
次の瞬間、二機の戦闘機は爆散し、二人分のパラシュートが空に咲いた。
戦闘機の破片が降り注ぐ中、プラントの敷地にネイス――棺背負いが降り立った。棺背負いはこのプラントで作られる製品に用があった。目的の物があり、正規の手段で手に入れることができないので、強奪に来たのだった。
棺背負いは輸送用のコンテナを一つ一つ開けて回った。プラントを歩き回り、幾つものコンテナの扉を抉じ開け、そして立ち止まった。正面のコンテナの隙間からは、丁寧に梱包された人工臓器が見えた。棺背負いのパイロットが、回収しようとコックピットハッチを開きかけた瞬間、日に照らされていたコンテナが、影に覆われた。その影が何なのか、歴戦のパイロットならばすぐに気が付くことだろう。そして棺背負いもまた、歴戦のパイロットであった。開きかけたハッチを一瞬にして閉じ、肩部のスラスターを吹かし、地に足をつけたまま器用に反転した。カメラアイが目標を捉えるより前に、澄み切った空へ銃口を向ける。
太陽を背に、不気味なまでに白く塗装された細身のネイスが、棺背負いを見下ろしていた。B国の天使の機体であることは明白だった。棺背負いから見て、敵機は三機。背後のコンテナを傷つけたくはない。棺背負いは天使の機体事情に精通していたが、最後に相まみえてから五年は経つ。見たことのない装備ばかりだった。武装どころか機体のフレームまでもが、如何にも新型といった風情を醸し出していた。
「これは、少し厳しい戦いになりそうだ」
棺背負いは飛翔した。弾丸の雨が降り注ぐも、怯みもしなければ、竦みもしなかった。ただあの日よりもっと手狭になったコックピットの中で、操縦桿を強く、強く握り締めた。
