お腹を叩く双子、奇跡の絆に感謝(2/2)
(前編のあらすじ:1,300gという低体重で生まれ、NICUの保育器に入った双子の娘たち。なぜかパパが面会に行くと必ずパチッと目を覚ますという、不思議な現象が続いていました。)
💡 生まれる前から始まっていた、パパとの秘密の通信
なぜ、あんなに小さな赤ちゃんが、私の気配を察して目を覚ますのか。その理由を考えているとき、妻がある愛おしい思い出話を教えてくれました。
それは、彼女たちがお腹の中にいたときのこと。私は毎朝、仕事へ出かける前に、妻の大きなお腹に向かって「いってきます」と声をかけるのを日課にしていました。
妻が言うには、私が毎朝その声をかけると、お腹の中の双子はまるで「いってらっしゃい!」と返事をしているかのように、決まって内側からトントン!とお腹を叩き返していたそうなのです。
その話を聞いたとき、すべての点と線が繋がったような衝撃を受けました。彼女たちは、お腹の中にいるときから、私の声を、私の愛情を、ちゃんと聴いて分かってくれていた。だからこそ、保育器の中でも私の声を察した瞬間に、小さな目を一生懸命に開けてくれていたのではないか――。
あの暗い治療室の中で、小さな我が子と確かに心が通じ合っていたあの瞬間の感動は、私にとって生涯忘れることのできない、本物の奇跡でした。
💡 命がけで奇跡を繋いでくれた、妻への消えない感謝
子どもたちのこうした強い生命力に感動すると同時に、私はあの過酷な出産を乗り越えてくれた妻への感謝を、絶対に忘れてはならないと改めて強く思っています。
そもそも、出産というものはそれ自体が命がけの営みですが、「双子の出産」となるとリスクは跳ね上がります。我が家の双子は一卵性で、お腹の中のひとつの部屋(胎盤)を2人で分け合うタイプ(MD双胎)でした。これはお互いへの栄養バランスや成長管理が極めて難しく、特にリスクが高い状況だと言われています。
常にハラハラと隣り合わせだった妊娠期間。そんな過酷な状況だったにもかかわらず、2人が無事に成長してくれたこと、そして何より、命がけで産んでくれた妻の母体にも大きな悪影響が残らなかったこと。
そのすべてを振り返ったとき、私たちは本当に恵まれているのだと、心の底から感謝の気持ちが湧き上がってくるのです。
💡 大きくなった今も、地続きのままで
小学校に上がった今も、あのとき両手サイズだった娘たちは、道を歩くときは自然とぎゅっと手を繋いでくれたり、たくさん話しかけてくれたりします。
お腹の中にいたときも、NICUの保育器の中にいたときも、そして今も。彼女たちはいつだって、まっすぐに「パパ」に向き合い続けてくれている。
あの両手の上の温もりを思い出すたび、私は妻へのリスペクトと子どもたちへの愛おしさを胸に、今日も家族と過ごす何気ない日常を、全力で大切にしていこうと心に誓うのです。
おわり。
