ヌクス•モイナク/ウズベキスタン(カラカルパクスタン共和国)/20251108-1110/01

20251108
朝起きると同じ部屋にいたはずの日本人が、なぜか廊下のソファで寝ていた。昨晩は嘔吐と下痢が止まらず、トイレから離れられなかったらしい。
そういえば前日、私は「ウズベキスタンの水道水は意外と飲めるから、ペットボトルに入れて飲んでるヨ。海外で液体に金はかけないのさ⭐︎」というクソ貧乏ライフハックを得意げに披露し、ついでにトイレにある手洗い場の蛇口から水を飲んで見せていた。彼がそれを実行したのかは怖くて聞けなかったが、多分、いや絶対に私のせいだ。ほんとごめん。
でも本当に金がないときはおすすめです。責任は負いませんが。少なくとも中央アジアとコーカサス地方と東欧各国の水道水は飲めた。トルコもいける。
消化に良さそうなものと清潔な水を枕元にそっと置き、昼過ぎにヒヴァを発った。宿の人のご好意でツアー用のバンに片道だけ乗せてもらい、ウズベキスタン内の自治共和国、カラカルパクスタン共和国の首都であるヌクスへ向かう。送ってくれて本当にありがとうございます。



ヌクスの栄えているエリアで降ろしてもらうと、あたりは薄暗くなっていた。宿までは距離があったが、1時間くらいかけて歩いた。寒い。
情報収集も兼ねて宿の人と話していると、それぞれの名前をお互いの言葉で書いてみよう、というノリになって盛り上がった。このノリになると日本語には表記が3つあるのでいつも盛り上がる。楽しかった。
どこに行ったことがあるとか(宿の人は香港とジョージアに行ったことがあるらしい)、とりとめのないことを話していると突然、「アメリカは好きか」と聞かれて戸惑った。アトミックボムの話なのか、シンプルに政治の話なのか、結局どう答えたらいいかわからなかったので「いやー、アメリカの言いなりなので、好き勝手言えないっすよー」みたいなことを言ったらウケた。これでよかったのだろうか。因みに、ウズベキスタンはシボレー車が多い。国内だったか周辺国だったかに、シボレーの工場があるから、らしい。
20251109
この日は早起きした。モイナクにある、「船の墓場」に行くためだ。
「船の墓場」とは、かつて世界第4位の大きさを誇ったアラル海の縮小によって取り残された漁船群のことである。旧ソ連時代に行われた無計画な大規模灌漑政策による流入河川(アムダリヤ川・シルダリヤ川)の取水が海岸線を数十キロ後退させ、船だけが砂漠の中に残された。その景観は、「20世紀最大の環境破壊」の象徴として知られている。
モイナク周辺の宿が結構高そうだったのと、宿の人の話では、なんか頑張ったら日帰りでも行けるっぽかったので、ポケットにモバイルバッテリーや文庫本を忍ばせ、手ぶらで行くことにした。

手ぶらでふらっと行く距離ではなさそう。
料金だけ見ると日本での通学より全然安い。
モイナク行きのバスは始発が9時、ヌクスへの終発が15時だった。モイナク-ヌクス間は3時間半ほどかかるので、2時間半くらいしか滞在できない。まあ、「船の墓場」が少しでも見れたら充分だし、移動は好きなので良しとした。

時間になると、小ぶりなマイクロバスがやってきた。平日の朝にも関わらず、車内は女性や子供でごった返している。おばあさんに席を譲ったが、私がモイナクまで行くことを知っていた運転手が、気を利かせて席を空けてくれた。隣には2人の子供を抱き抱える女性が来て、ボブルくん(5さい)を膝の上に乗せることになった。

膝の上で眠る5歳児で暖をとりながら、つられて私もうつらうつらした。しばらくすると、その暖かくて小さな生き物がむくりと顔をもたげる。彼は知らねえ東洋人の膝に乗せられている異常事態に目もくれず、私の持つスマホやデジカメに興味津々だった。


手前に映るのが、おもちゃと化した私のスマホ。
SIMカードもゲームも入ってないので写真を熱心に見ていた。
ボブルくんのお母さんや、周りの乗客の方と世間話をした。こんなに何にもないところに3時間半もかけて行くのが信じられない様子だった。ボブルくんと遊んだり、世間話をしているとあっという間に3時間半経ってしまった。

モイナクに到着して、私物を回収するのに手こずった。デジカメはもはや、知らない子の手にまで渡っていたし、携帯の充電はほとんどなかった。ボールペンとかインドのメトロカードとか、あげられそうなものは全部あげてしまうことにして、なんとか電子機器の回収には成功した。
ボブルくん一家が「船の墓場」の近くに住んでいるというので、彼らの家まで送ってもらうことになった。本当は食事にも誘われたのだが、時間がなかったのでお断りした。ありがとうございました。

野良牛とすれ違うのはやっぱりまだ緊張する。
昼食代わりの果物を食べながら目的地へ向かう。かつて漁村だったモイナクは、「船の墓場」を前面に押し出した観光地というより、砂漠の中にぽつんと存在する地方都市だった。映画で見たことしかないが、アメリカ中西部やオーストラリア西部の小さな町も、こんな雰囲気なのかもしれないと思った。
Yandex Maps(ロシア版GoogleMap)にダウンロードした地図を頼りに進んでいくと、だんだん建物が減ってきた。

砂漠の真ん中に廃船だけがぽつんと佇んでいる。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』でこんなシーンあった気がする。


船の落書きも、よく見るとインスタやTikTokの IDが書かれている。

ヌクスからタクシーをチャーターするのが主流らしい。
道理でバスに地元民しかいなかったわけだ。

もともと海だったことを思い出させる。





「船の墓場」を一通り堪能すると、もう帰らないといけない時間になっていた。帰りは徒歩なので時間がかかる。ひょっとしたら間に合わないかもしれないと思い、ショートカットを試みて脇道に入ると、そこには舗装すらされていない、頼りない道があった。


Yandex Mapsと誰かの足跡を頼りに進んでいくと、ようやく市街地らしきところに戻ってきた。


バス停に着くと終発のバスが出発するところで、間一髪、乗り込むことができた。帰りはずっと立ちっぱなしだったので長く感じたが、しんどくはなかった。宿に戻る途中で食堂に入ると、英語のわかる店員の方が一人もおらず、困らせてしまった。

食事を済ませると、店の宣伝用動画を撮りたいとのことで、そこそこ本格的な撮影機材の前に立たされ、料理の感想を話すことになった。その場の勢いで引き受けてしまったものの、自分の顔と拙いコメントがどこかで公開されているかもしれないと思うと落ち着かない。その店のGoogle Mapのページは、いまだに怖くて開けていない。店を後にし、帰路に着く。この日は移動しすぎて流石に疲れた。


