【ASD青年の成長物語】第1章・第7話👦陽樹「小学3年生・1学期~夏休み」🕊️
「それでも、春はやってくる──新しい校歌と、足の痛みと」
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🕊️はじめに|前話の回想および本話への導入
陽樹さんが3年生に進級した年、彼の生活に大きな変化が訪れました。
それは、新しい学校の開校という外的な環境の変化と、
身体に起こった突発的な病という内的な出来事の両面からでした。
前回の第6話では、2年生の終わりと春休みの期待が描かれました。
今回の第7話では、春から夏にかけての激動の数ヶ月
──心を揺さぶられる再会、予期せぬ入院とその後の日々、
そして彼の内面に生じた微細な揺れを、
彼の語りからひもといてまいります。
正直に申し上げると、
ここまで細やかに過去の心情と場面を記憶している陽樹さんに、
私は毎回驚かされます。
それは、「記憶力がいい」という単純な話ではありません。
彼にとってその一つひとつが、
現在の自分を形作る「大切な記憶」だからこそ、なのだと思います。
[1]🧺春休みに覚えた新しい校歌と、母の台所の音
「台所から聞こえる音と、新しい歌──それが春休みの僕の風景でした」
陽樹さんがそう語ったとき、
私はその情景を目の前に描くような気持ちで聞いていました。
母親の智恵子さんが料理をする音。
野菜を刻む音、お湯が沸く音、味噌汁の匂い──
その傍らで、小さな声で何度も新しい校歌を繰り返し練習する少年。
発達特性をもつ子どもたちのなかには、音やリズムに敏感で、
それを「身体の中に取り込む」ように学ぶ子がいます。
陽樹さんのように、
言葉や音楽を「内的な秩序」の一部として記憶しようとする子は、
その背景に「安心できる音」と「自己肯定感を伴う場所」が必要です。
このときの台所は、まさにその「基地」だったのでしょう。
そして彼が自主的に校歌を覚えようとしていた点も重要です。
それは周囲からのプレッシャーではなく、
自分自身の内発的な関心と、変化への準備だったのです。
[2]🌼妹が入学する日を、心待ちにしていた僕
「僕、妹が学校に入ってくるのを、すごく楽しみにしてたんです」
語る陽樹さんの表情は、どこか懐かしげで、少し照れくさそうでした。
妹・実里さんが小学1年生になる──それは家庭内の変化でもあり、
彼にとっては「誇らしさ」と「特別感」をもたらすものでした。
ASD傾向をもつ子どもたちは、予期せぬ変化に弱い一方で、
「予定された変化」にはむしろ強く、
事前の情報があることでむしろ期待に胸をふくらませます。
妹の入学というイベントも、「決まった未来」として、
彼の中でポジティブな意味を持っていたのでしょう。
また、この「妹を迎える兄」というポジションには、
彼なりの「役割意識」もにじんでいたように思います。
誰かの手本になろうとする気持ち、同じ場所を共有する喜び。
そういった「人とつながる希望」は、彼のなかに確かにあったのです。
[3]😢期待と不満が入り混じる、新しい学校生活の始まり
4月の最初の週、新しい学校の門をくぐったときのことを、
陽樹さんはこう語りました。
「ぜんぶ新品の校舎で、木のにおいがして……
でも、音が響くのが気になってました」
新築の鉄筋校舎。
子どもたちがわくわくするような開放感と清潔さがある一方で、
陽樹さんのように聴覚が敏感な子にとっては「
音の反響」がストレスになります。
コンクリートとガラスで囲まれた空間に、
大勢の足音、笑い声、チャイムの音──
それらが交差する教室は、彼にとって「聴覚の嵐」だったのです。
また、旧校舎の「慣れ親しんだ音」から切り離されたことで、
心の落ち着きどころを失っていた彼は、
どこか居心地の悪さを感じていました。
新しい机、新しいかばん、新しい担任──
すべてがピカピカで整っていても、
彼の中では「ちょっとちがう」と思う要素が、たくさんあったようです。
「それでも、入学式の日を前にして、
妹の教室をのぞきに行って、それだけは嬉しかったんです」
彼が笑顔でそう語ったとき、私は安心しました。
自分の違和感や不満を言葉にした後で、
「でも、嬉しかった」と口にすること。
それは、彼が「その日」を丸ごと記憶し、認めている証拠です。
[4]🤝「覚えてる?」──2年生の遠足で出会った友達との再会
新しい学校での生活が始まった初日。
開校式の体育館で座った席にいた陽樹さんに、
声をかけてきた子がいました。
「……ねえ、覚えてる? 去年の遠足で、隣だった陽樹くんだよね」
その言葉を聞いた瞬間、
彼の中で記憶の糸がピンと張ったように感じたといいます。
そう──それは2年生のとき、町の遠足で偶然同じ班になった子。
クラスも学校も違ったため、そのとき限りの関わりだったのですが、
陽樹さんはずっと心に残っていたのです。
「その子が、僕のことを『覚えてた』って言ったとき……信じられなくて、
でも、すごくうれしかった」
「自分という存在を、誰かが覚えていてくれた」という体験。
それは、ASDの子どもたちにとっては、
ときに自己肯定感を一気に押し上げる出来事になります。
孤独を感じる時間が多い子ほど、その「つながりの証」に敏感です。
「それから何回か話すようになって。
でも、仲良くなりすぎないようにって、思ってました」
その言葉の裏には、
「また離れてしまうかもしれない」
という不安が見え隠れしていました。
だからこそ、彼はその子との距離を、
無意識のうちに調整していたのでしょう。
つながりを求めながらも、傷つくことを避けたいという、繊細なバランス。
その姿は、あまりにも人間らしく、そして痛ましくもありました。
[5]🏥開校式・始業式・入学式…と続いた時に、突然の激痛
新しい学校生活が始まって3日目の朝
──つまり、妹・実里さんの入学式の日、
陽樹さんは、右足の付け根に激しい痛みを覚えました。
「起き上がろうとしたり、立とうとしても、
ズキンって電気が走るみたいに痛くて……
でも、学校には行かなきゃって思ったんです」
家族は最初、「成長痛かもしれないね」と言っていましたが、
時間が追うごとに痛みは増していきました。
この日、陽樹さんは学校に行かず、町の診療所で診察を受け、
母の智恵子さんは、実里さんの入学式へ出席。
父の正雄さんは、日雇いの仕事をしていたため、休めませんでした。
実里さんの入学式を終えた智恵子さんは、
親戚の叔父さんに車を出してもらい、
陽樹さんを乗せて、隣の市にある県立病院へ行きました。
診察の時点で、痛みの原因が分からず、
その上に39度近くの発熱があったことから、
陽樹さんは即日入院となってしまったのです。
「『入院する』って言われたとき、
びっくりしすぎて何も言えませんでした」
──彼はそのとき、「学校に行けない」ことと、
「同級生たちに置いて行かれるような気がした」こと、
そして、「妹の入学式を見られなかった」ことを残念がったと語りました。
それだけ、
彼の中で「家族と学校」が同時に大切な世界として存在していた証です。
その後、1ヶ月ほどの入院。
陽樹さんにとっては、
それが初めて「学校から切り離された時間」でもありました。
[6]🚪はじめての入院と、寝たきりの日々に感じた「世界の外」
「初めての入院、初めての点滴、初めての病室。
ずっとカーテンの外が気になってました」
陽樹さんは、入院生活をそんなふうに振り返ってくれました。
彼の病室は6人部屋でしたが、隣の患者とも話すことなく、
終始ベッドの上で天井を見つめていたそうです。
退屈というよりも、
「外の世界がどんどん遠くなるような感覚」が怖かった、といいます。
学校のチャイムも、クラスメイトの声も、妹のただいまも、
いまはもう届かない──。
「隣の患者と、お医者さんと、看護婦さんの声だけが、
外とつながってるみたいでした」
病室での彼の世界は、白いカーテンと無音の天井、
そして母が買ってきてくれた「算数のドリル本」で構成されていました。
退屈しのぎというより、
「これがあれば自分がまだ『自分』でいられる」
というお守りのような存在だったのかもしれません。
彼の話を聞きながら、私はこんなことを思いました。
──「学び」が彼にとっての居場所だったのだ、と。
[7]🦯松葉杖とともに通学を再開した5月──名前だけが先に広まっていた僕
ゴールデンウィーク明け、ようやく退院して登校できるようになったとき、
彼は右足をかばうために、松葉杖を使っていました。
「そのときには、もう『名前』が広まってたみたいで……
『あ、あの松葉杖の子が陽樹くん?』って、みんなが見てきました」
これは、ASDの子どもたちがとくに敏感に感じる場面です。
名前だけが先にクラスの中に流れていて、本人はその内容を知らない。
にもかかわらず、クラスメイトはすでに自分を「知っている」顔で見る。
「なんか、もう『決まってる』感じがして、話しかけにくかった」
陽樹さんの語ったこの一言に、私は深く頷きました。
どんな人も、自分自身を『説明できる余地』がほしいのです。
「はじめまして」の瞬間から、
「ああ、あの子ね」という目線で見られるのは、
自分という人間の「前書き」が、
誰かの手で勝手に書かれているようなもの。
── その「距離」の取りづらさが、彼をさらに孤立させてしまいました。
[8]📏「それ、僕のだからさわらないで」──こだわりと誤解のあいだで
ある日、給食当番の配膳が終わり、陽樹さんが机に戻ると、
自分の机の上に誰かがフォークを置いていたそうです。
それを見た彼は、とっさにこう言いました。
「それ、僕のだからさわらないで」
クラスの子はびっくりして黙り込み、
周囲も気まずい空気になったといいます。
「でも、ほんとうに嫌だったんです。
自分の机に、自分のじゃないものを置かれるのが」
ASDの特性として、
物の配置や空間の「自分ルール」に強いこだわりをもつことがあります。
それはルールや秩序への信頼であり、安心感の源でもあるのです。
しかしそれは、周囲の子どもたちにとっては理解されにくく、
「怒ってる」
「わがままだ」
と誤解される原因にもなります。
その日以来、「陽樹くんは怒りっぽい」という印象がついてしまい、
彼はますます口数が減っていきました。
── 自分を守るための言葉が、自分を傷つける壁になってしまう。
彼はそんな矛盾の中で、孤独に立ち尽くしていたのです。
[9]🧮夏休み初旬のそろばん検定──「自分の時間」がやっと戻ってきた日
そんななかでも、彼が心から楽しみにしていたのが、
放課後の「そろばん教室」でした。
「教室に入った瞬間、なんか、呼吸がラクになるんです」
彼は3年生の夏、地域の商工会が主催するそろばん検定を受けるため、
家でも集中して練習していました。
数字の並び、指のリズム、玉をはじく音
──どれもが彼の感覚にフィットしていたのです。
「学校では『ぼーっとしてる』って言われたけど、
算数とそろばんのときだけは、
『集中してるね』って褒められたのを覚えてます」
── 彼はその言葉を、ずっと忘れられなかったといいます。
数か月ぶりに、自分が「できる」と実感できた日。
誰からも責められず、説明しなくても理解される時間。
そして、検定当日
──彼は見事に合格し、母から“「好きなスイカをまるごと一玉「買ってもらったそうです。
「そのときは、ちょっとだけ『生きててもいいかも』って思いました」
静かにそう語る彼の表情は、どこか晴れやかで、どこか切なくて。
私はその日、一度だけ、泣きそうになりました。
🕊️おわりに|次回予告:小学3年生・2学期
次回・第8話では、小学3年生・2学期の回想をお届けします。
楽しかった運動会、文化祭の合唱、そろばんの練習。
そして11月末、突然の痛みで再び入院することになった彼は、
ベッドの上で、寂しさに打ちひしがされてしまいます──。
小さな体で抱えた「できなさ」と「気づき」の2学期。
どうぞ見届けてください。
第1章・第8話へ続く
💡 お知らせ
第10話から、有料版に移行いたします
これまで無料でお読みくださった皆さま、本当にありがとうございます。
物語は第10話以降、主人公・陽樹の「小学校4年生」以降の成長を、
より深く丁寧に描いてまいります。
第10話からは、
有料記事(580円)としての配信に切り替えさせていただきます。
1話あたりのボリューム・質ともに、
これまでと同等以上でお届けいたします。
涙も、微笑みも、あなたの心に寄り添う物語を──
どうか、これからもご一緒に見届けていただけたら嬉しいです🕊️
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🕊️ASD青年の成長物語(セルフケア特別編)
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